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GRAYHEATHIA*グラィエーシア  作者: 瀬川月菜
外伝
169/193

青い春を憶う 5

 ヨシヒトのほか、彼の部下三名がキヨツグに勝負を挑む。実は、他にもセノオの面々がいて、ヤン家の世話になる代わりに仕事を手伝っていたのだが、ヨシヒトが「大事な戦力を削ぐわけにはいかない」と人数を絞ったのだ。なお、キヨツグが「全員でも構わない」と言って「そうなると十割引になるだろうが!」と怒られていたのは、余談である。

 選ばれた三名は、天幕で食事を共にしていた男性たちだ。恐らく、長の近くにいるのが実力のある者の証なのだろう。全員若いが、キヨツグとヨシヒトと比べて少々落ち着きがない。見た目に近い年齢だと思われた。

「真様、こちらにどうぞ!」

 次の試合に控えつつ観戦者になる二人が、椅子とクッションと膝掛けを持ってきてくれていた。特等席を作ってくれたらしい。ありがたく椅子に座り、試合が始まるのを待つ。

「伝説の人のお手並み拝見っすね」

「言って、もう前線に出てないんでしょ。身体は作ってあるみたいだけど……」

「……一合保つか……?」

 ヨシヒトが呟き、若者二人はきょとんとした。そして、それが意味するところに、焦った様子で言い募った。

「そんなに? そんなになんすか!?」

「いや。いやいやいや。まさかそんな……」

 準備完了の合図が来て、審判役のヨシヒトが前に出て行く。残された二人は「えー……?」「冗談か……?」と困惑した顔を見合わせる。キヨツグが強いと認識しているアマーリエでも、さすがにそれは、と思う。だが、ヨシヒトの呟きは妙に気迫が篭っていた。まるで、そうなる目算が高い、とわかっているかのようだった。

(うーん、剣で戦うって、スポーツとはまた違うからなあ……私が教わっているのは護身術だし、キヨツグ様がどのくらい強いのか、全然わからない。わからない方が、実力を見せる機会がない、大怪我するような危険に遭ってないってことだから安心は安心なんだけど……)

 今回の試合は、真剣の使用を禁じられている。セノオ側の武器はそれぞれ得意なものを選んでいいことになったが、キヨツグは木剣一択だ。ヤン家の人間が、子どもに剣術を教えるために使っているもので、キヨツグには少々刀身が短い。「生活かかってんだから条件つけさせろ」とヨシヒトが押し切ったのだが、何も言わずに受け入れたところを見ると、本当に、勝てる、と確信しているのかもしれない。

「始めッ!」

 考え込みかけたところに、鋭い声が聞こえ、はっとする。

 相手は同じ、木剣の使い手だ。お互いに強く踏み込み、接近した――アマーリエがわかったのはここまでだ。

「ぅげェ……ッ」

 重なり合っていた二人のうち、若者が崩れ落ちた。

 キヨツグは涼やかな動作で裾を払い、相手を見下ろす。何事もなかったかのような、完璧な無傷だ。髪ひとすじも乱れていないように思える。

 だが呆然としている場合ではなかった。アマーリエは膝掛けを振り落とし、椅子を蹴飛ばす勢いで彼らのもとに走ると、四つん這いになって呻いている若者に声をかけた。

「痛みますか? 気持ち悪いなら我慢しないで。服、緩めましょうか」

「うぅ……面目ないっす……」

「あー、真様、構わなくていいんで、適当に転がしといてください。慣れてるんで」

 無造作に言ったヨシヒトが、転じて、冷たい声音で若者に問う。

「お前、何が起こったか言ってみろ」

「気付いたら目の前にいて、上から来ると思ったら腹にがつんと来たっす……めっちゃくちゃ速かったっす……」

 キヨツグが一足先に相手の懐に飛び込み、振り下ろすと見せかけて、横薙ぎにするように腹部に一撃を食らわせた。打ち合うことなく、強烈な一撃で試合を終わらせた、という戦いだったらしい。

「瞬発力と動体視力が足りてないな。それに一撃で沈められるってことは筋力が足りてない。出直してこい!」

「うす……」

 若者は這うように退場し、大の字に転がる。仲間たちが、打ち身ができたであろう腹部に雪の塊を乗せた。患部を冷やすのは処置としては正しい。慣れているというのは本当なのだろう。

(後で湿布薬と痛み止めを持って行こう……)

「二試合目、行くぞ!」

「……っす!」

 声が放たれ、アマーリエは慌てて後ろに下がった。

 二人目は、槍使いだ。剣を準備していたが、一試合目を見て武器を変えたらしい。リーチが長い分、向こうが有利だが、やっぱりキヨツグは別の世界にいるかのように静かだ。というより、何も考えていないように見える。

 そして、そのまま、呆気なく勝ってしまった。

「直前に得意武器じゃなく有利武器に変えたことと、それを自分に許した性根の弱さを叩き直してこい」

「……す…………」

 落ち込みすぎて言葉になっていない。流れ作業のように「次!」とヨシヒトが呼ばわり、三人目の対戦者が思いっきり気合いを入れた表情でキヨツグと向かい合った。

 短剣使いで、左に盾を装備している。三人のうちでは、最も体格に恵まれ、武器を構える姿勢も隙がない。呼吸が深く、静かになると、キヨツグの静謐さによく似た空気をまとい始めた。三番手なので、副将、中堅といったところかもしれない。

 しかしそれでも、キヨツグには遠く及ばない。

 一撃は、往なした。しかしその次に対応できなかった。想像以上に速かったのだろう、アマーリエが気付いたときには、短剣使いは吹き飛ばされ、喉元に木の剣の先を突きつけられていた。

「降参です……」

 両手が挙げられたので、キヨツグは剣を引いた。

 これで三勝。でもなんだか、勝負というより曲芸を見ているような気分だ。彼らには悪いが、勝負になっていない。予想していたとはいえ、ヨシヒトも呆れた様子だ。

「お前ら、不甲斐ないなあ。キヨツグも、ちったあ手加減しろ。指導してやろうっていう慈悲の心はないのか」

「余計なことを教えると、技が鈍る」

「まともなこと言うなよ……」

 ため息を吐きつつ、ヨシヒトは、キヨツグと同じ木の剣を部下から受け取り、準備もなく向かい合う。

 ただそれだけで、景色が変わる。

 雪の残る草原は、まるで舞台のように、白い照り返しが照明となって、明るく眩く輝いている。そこは彼らだけの世界であり、何者も不用意に立ち入ることを許さない。アマーリエは観客に甘んじるほかないが、そうすることが絶対的に正しいと直感する。アマーリエには理解できない、高みと呼ばれる場所に近い二人の使い手が、剣を構える。

 音が消える。

 戦闘開始の合図はなかった。お互いが承知した瞬間に、試合が始まった。

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