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GRAYHEATHIA*グラィエーシア  作者: 瀬川月菜
第3章
14/193

3−3

 白く細い姿とそれを守る親衛隊の者を見送って、ユメは言った。

「あまり不安にさせるようなことを申し上げぬ方がよいのではありませぬか?」

 リリス族にも婚姻に反対する一派があること。

 モルグ族でも戦争を行う主流派が、リリス族とヒト族の同盟を阻止せんとすべく襲撃を企んだ可能性があること。

 花嫁となる少女は戦う力を持たない人だと聞いていたから、襲撃者が誰なのかと尋ねてきたのは意外だった。そしてそれに答えを返したのも、ユメにとっては驚くべきことだった。捕縛した襲撃者が自白させるまでもなく速やかに死を選んだことは、さすがに黙ることにしたようだったけれど。

 ユメを一瞥した彼は言う。

「正体を見据えようとする心意気を買ったまでだ」

「勇敢なところがある方なのだと、確かに印象は変わりましたが……怪我人がいるのなら手当を手伝いたいと申し出てくださったそうです」

「道半ばとなったが医師見習いとして学んでいたそうだ。それゆえのことだろう」

「得心いたしました。ならばこちらで是非とも学びを続けていただきたいものです」

 夜の帳はすっかり降りて、馬車の修理もとうに終わり、行列の者たちのほとんどは休息に入っている。花嫁は無事に天幕へ戻っただろうか。

「親衛の者の様子はどうか?」

 その質問には、心から笑みを浮かべることができる。

「喜んでいる様子にございます。真様のご尊顔を思いがけず拝見できたこともさることながら、先ほどの手当の話が広まったらしく。……可憐で愛らしい方で、守りがいがあると」

 まったく緊張も警戒も解けていない様子だが、しっかりした人物のように見受けられた、将来が楽しみな若さの女人である。

 さて彼はどういう印象を持ったのだろうとユメは相手の様子を密かに窺った。多少なりとも彼のこれまでの女性遍歴を小耳に挟んでいるのだが、彼女はその好みに当てはまるのか。それとも。

 だが彼は「ならばよい」とだけ言って緩やかに野営地に戻って行く。その背中を見つつ、そういえば彼の心情や感情を読み取るのは至難の技だったことを、ユメは思い出していた。



       *



 夜が明ける頃、花嫁行列が再開された。

 厳粛に歩みを進めていることに気付いたのは馬車の中だった。アマーリエはいつの間にか馬車の中でクッションや毛布に包まれており、いったいいつどうやってここに運び込まれたのかをまったく覚えていなかった。

(誰が運んで……っていうか、馬鹿な寝顔見せてないよね?)

 思い浮かんだのは黒い瞳の彼だったので、かーっと顔が熱くなった。恥ずかしい。胸がざわざわする。

 馬車が停まった、かと思えば動き出す。

 なんとなく窓の覆いをめくってみて、驚いた。

「わ……!」

 外には建物が見える。平たく、大きくて二階建てくらいの家々が道なりに密集していた。都市では珍しい黒瓦に、漆喰の壁。軒先の色取り取りの暖簾が街の光景を生き生きと見せている。

 徐行する馬車を目撃した人々が、次々に立ち止まって頭を下げる。中には膝を突く人もいて、お年寄りばかりのようだった。その服装は、写真で見たことがある旧暦東洋の着物や漢服のようで、アマーリエにとっては古い時代の民族衣装として見える。

 道行く子どもたちが手を振り、近くに大人に慌てて制止されている。

 ちょっと悪戯心がもたげて軽く手を振ってみた。

 その途端、馬車が揺れるのではないかと思うほど外が湧いたのでぎょっとした。急いで覆いを閉ざし、ばくばくと騒ぐ心臓を抑える。

(軽はずみだった! 気をつけなくちゃ……)

 これがリリス族の街だ。天を覆うビルの群れもなく、風を巻き起こす速度で走る車もない。都市とは別物の、まるで時代劇の一風景のような街並みだ。少しだけ懐かしさを覚えるのは旧暦を描いた創作物に触れた経験のせいだろう。

 馬車は坂を登り、大きく迂回するように動いて、やがて停まった。

 長い間があった。

 扉が開けられる。

 側に立った護衛二人が一礼するのに合わせて、アマーリエは恐る恐る外に出た。

 今度は風にさらわれないようしっかりベールを押さえる。

(これが、王宮……?)

 目前に巨大な建物が見える。太陽によって朱色と金を輝かせるそれは、まさしく王宮と呼ばれるにふさわしい威厳ある建築物だ。高い位置に下界を見渡せる広大なバルコニーめいた回廊があり、奥にも屋根が五枚重なった塔があるようだ。

 その荘厳さもさることながら、アマーリエがその場に立ち尽くしってしまったのは、その建物の足元にある玉砂利の広場を埋め尽くす大勢の人々の姿を目にしたからだった。

 みんな一様に仮面らしきものや、迎えの人々と同じ覆面、あるいはベールのような薄布を被っており、じっとアマーリエを見ている。

 いや、見ているのはアマーリエではない。

 漆黒の瞳の男がアマーリエの前にやってくる。微動だにしない人々は、唯一こちらに向かってくる彼の一挙一動を見守っているのだ。

「対顔の儀を行う」

 低く静かだがよく通る声で告げると、一斉に人々が跪き、自らを覆っていた覆面や仮面を剥ぎ取った。

 その瞬間、何か違和感を覚えたが理由がわからない。

 アマーリエは何が起こっているのかわからないまま、目の前の彼を見上げた。彼の覆面とアマーリエのベールだけが、素顔を隠す最後の二枚として残っている。

 アマーリエのそれが、伸ばされた彼の手によって捕らえられた。

 するりとそれが外されると同時に、彼はもう一方の手で自らの覆面を取る。

 長い黒髪が肩を打ったかと思うと、アマーリエは愕然と目を見開いた。

 そこにあったのは息を飲むほど美しい顔だった。

 虹彩の模様が切り出したばかりの鉱石のように薊の花のような形できらめいているのがわかる。切れ長の瞳に、きめ細やかな白い肌に真っ直ぐな鼻筋は、凛々しく爽やかな印象を与えていた。薄い唇に尖った顎。ひとつひとつは繊細で女性的にすら思えるのに、すべてが合わさると、整いすぎて作り物めいた、冷たい美貌の男性となる。

 くらりと目眩がした。この世ならざるものを見てしまったような気がした。

「……だれ……?」

 声に出したのかはわからないけれど、子どものようなたどたどしい声で目の前に立つ人が何者なのかを尋ねていた。

 そして、彼は、答えた。

「……リリス族長、キヨツグ・シェン」

 アマーリエの内側にその声と名前が反響する。

 世界からこの人以外のすべてを奪ったような、名乗りだった。

「長旅ご苦労だった。そらの神と我が名の下に、婚礼の儀をもってお前をリリス族の花嫁、真夫人として迎える」

 響き渡る声を受けた人々が一層深く頭を垂れた。

(この人が、私の……)

 嬉しいとか恐れ多いなどという感情の前に、ひたすらショックだった。こんなに美しい男性がこの世に存在して、生きていることが信じられなかった。

 呆然とするアマーリエから身を翻して、彼は去っていく。刀を佩いた男性を筆頭に、きらびやかな身なりの男女、赤い衣装の女性たちが続く。次にアマーリエの前に現れたのは赤い衣装の女性たちで、深々と礼をして手を取ることの許しを請うてくる。

「どうぞ、こちらへ。ご案内いたします」

 王宮の正面に当たる階段を登り、浮つく歩き方でアマーリエは王宮へと入っていった。

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