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フブキの戦争  作者: nasuda(植木原 裕司)
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エピローグ

地上に戻ったフブキクルーに今回の事件の全貌が明かされる。

 「華奈、可愛い」

 沙奈は長いキスの後に制服姿の、あたしを見て言う。

 何度も見ていているはずなのに、何度見ても同じ様に言う。

「華奈可愛い」

 あたしは、なんの抵抗もせずにそれを受け入れてしまう。彼女が求める通りに、彼女を受け入れてしまう。

 惚れた弱みとは言え、微笑を浮かべた沙奈に、耳元で囁かれると首を縦にふってしまう。

 たとえ沙奈の片手に膨らんだ浮き輪を握って、完全にバカンスモード全開でも。

「だからね、見逃して」

 そう言うと、彼女は頬にキスをする。地上では何にもまして、薬で欲望を抑えている宇宙と違い彼女のお願いを受け入れてしまう。

「うん、外で待ってて」

 完全に蕩けた声で、あたしは承諾する。

「華奈」

「うん」

 もう一度長いキスをする、離れたくない。あたし連れって。

 そう、ワガママを言いそうになる。

「いい加減気がつきたまえ」

 どこかから声がする。

「あと、お小遣いちょうだい」

「うん、いくら……」

 と華奈の求めに応じて、財布を開き掛ける。

 ひょい、と財布が手から取り上げられ、その向こうに漆原大佐の顔があった。

「たい……さ?」

 すごい不機嫌そうな顔で、大佐が答える。

「何をしてもいい、君らの自由だ。だがここは私のオフィスだし、部下がみすみす騙されるのを黙って見ていられない」

 じろり、と私の膝にまたがっている北上沙奈少佐を睨む。

「君はそうやって、地上に降りるたびに大井大尉から『おこずかい』をせしてめているようだが、ヒモか何かか?」

「あれ? 大佐いたの?」

 沙奈が、心底驚いた様な顔で答える。

「何度もすまんがね、ここは私のオフィスだ。せめて彼女から降りて椅子に座りたまえ」

 沙奈が、北上少佐が渋々私から離れる。

 沙奈の手練手管で蕩けていた頭が、ようやく動きはじめる。

 空自のヘッジホッグとの戦いから一ヶ月、地上に降りて報告などの任務を一通り終えたあたし達には特別休暇を含む長期の休養期間が与えられた。

 長期間、閉鎖環境で任務を行った将兵に対する一般的な措置だ。

 今は平時なので戦闘行為に対して、一定の査問を行いその正当性を審査するのだが。今回は相手が……空自がすぐに非を認めたので、それを避けられたのはラッキーだった。

 なにせ、基地に半軟禁状態で外部との連絡も禁じられてしまうのだ。

 今日は休暇の前に漆原大佐のオフィスに出頭せよ、との命令があったので、あたし達はこうして出頭した。

 あたしは、制服を着て着たのだけど、沙奈はジーパンとアロハシャツで、完全に休日モードだ。

「とりあえず、その浮き輪をしまいたまえ」

「せっかく膨らませたのに?」

 沙奈が頬を膨らませる。

「せめて、見えない所に置きたまえ」

 そう言われて、沙奈はいそいそと椅子の後ろに浮き輪を置く。

「それで、大佐ご用件は?」

 あたしが完全に取り繕った声で、大佐に問いかける。

 大佐に小言を言われたたくない沙奈が、あたしをたぶらかして逃げ出そうとしていたワケだが。最初は引き止めてたんだけど、ああやって囁かれると、惚れた弱みというか、欲望を抑える各種お薬の反動と言うか、どうもホイホイと沙奈を許してしまう。

 いやまあ、上司のオフィスでイチャつくのが悪いのだけど。

「自衛隊警務隊と情報本部の連名で、報告書が提出された。それと、フブキクルーへの感謝が統幕長から来ている」

「あったりまえだよねえ」

 ドヤ顔で答える沙奈。

「中国のスパイ、だったんでしょ?」

「スパイというか、協力者程度だがね」

 実に遺憾だ、と言った風に大佐は首を振る。

 今回の騒ぎは中国が国連にも日本にも無届けの海洋調査を実施している、と言う情報提供から始まっている。

 あたし達は、その現場を押さえるべく日本海上空から監視を行っていた。

「でも、あのヘッジホッグは榊原一佐の差し金だった?」

「その通り、中国側からの圧力に負けたそうだ」

 あたしの疑問に、大佐は報告書を開く。

「ここ、ここからだ」

 大佐から報告書を受け取ると、該当の場所を読む。

 報告書によれば、航空宇宙自衛隊の監視から海洋調査のエリアが外れる様に細工をしたり、大佐に圧力をかけてあたし達をどかそうとしたり。

「へー、ハニースポット。古典的だね」

 沙奈が、横から報告書を覗き込んで言う。

「お前、お前が言うか普通」

 漆原大佐が呆れ顔で言う。


 榊原一佐は不倫関係にあった女性を通じて、中国側から圧力をかけられたと報告書にはあった。

「女から言われるままに、あたし達まで手にかけようしたんですから、情けないですねえ」

「……はい?」

 あたしの感想に、大佐の目が点になる。

「なんか、おかしな事、言いました?」

「……なんでもない」

 大佐はなぜか首を横に振りながら、話を続けた。

「今回はセキュリティレベルが低かったヘッジホッグが、使われたとの事だ。実際の運用は流石に榊原一佐が行っていたらしいが、とにかく運用体制を見直すと連中大慌てな様だ」

 普段、影で裏切り者呼ばわりされている漆原大佐も、溜飲が下がったのか機嫌よく続ける。

「今回はよくやってくれた、休暇に入ってくれ」

 どうやら大佐は、報告書を見せたかったようだ。

 まあ、殺されそうになったんだからこれくらい見せてもらわないと、安心して休めない。

「んじゃ! あたしたちは休暇に」

「あまりハメを外さない様にな」

 あたしの腕を取りながら、さっさと立ち去ろうとする沙奈に大佐は釘を刺した。

「アイアイサー」

 沙奈は目の覚める様な敬礼をすると、あたしの手を取って休暇への扉を勢いよく開けた。

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