総員戦闘配置
「センター照会、軌道変更の通達はまだ来てないです」
あたしは、国連宇宙軍の全天スキンセンターに通知された情報を確認する。
「光学センサー照会、日本国航空宇宙自衛隊のヘッジホッグです、以降対象をαと呼称」
砲術長が戦術センサーを確認して、対象を同定する。
「了解、総員戦闘配置。気密服着用」
意外な事に、艦長は戦闘態勢を宣言した。
「戦闘・・・・・・配置ですか?」
あたしは先任士官として、艦長の命令を確認する。
確認と言うか、ここって戦闘を想定する場面なの? と半分は疑問だ。
「αはフブキとランデブーする軌道に乗ってるじゃない?」
艦長は全員の端末に、αの軌道を転送する。
「ここ二ヶ月、あたし達は急に軌道を変えるような衛星とは遭遇していない」
艦長は続けてαの軌道に重ねるように今まですれ違った人工物の軌道と、センターに提出さえた軌道を標示する。端末に表示されたどの人工物も、事前に提出された軌道から外れていない。
「あたし達を牽制するなら、地上の大佐を突いた方が楽じゃん?」
「そっちだって、別に楽ってワケじゃないですよ」
あたしは思わず、大佐の仏頂面を思い出す。
「つまり、αは向こうから無警告でやって来て。大佐を脅すより物騒な事をするつもりだ……艦長はそうお考えで?」
「うん、そう。先任はどう思う?」
艦長が急に質問するので、あたしはちょっと慌てる。
「あたしは……あたしも、驚異レベルとしては低いと思いますが用心に越した事はないと思います」
そう言いながらあたしは、手元の端末に目を落とす。
この付近には商用衛星も多い、無闇に攻撃すると他の衛星に被害が出る恐れがある。それに日本は国連軍参加国なので、いくら鬱陶しいからと言ってもそれだけであたし達を攻撃する理由にはならないはずだ。
とは言え、牽制目的でも用心に越した事はない。あたしはなるべく有利な位置を占めるため、αの上方軌道に移動するコースを艦長の端末に転送する。
「この軌道であれば、任務にも支障が出ません」
「気密服着用後に移動開始する、見つからない様にスラスタだけで移動するよ。機関長、原子炉停止。放熱板解放をお願い」
「電源のバッテリーへの切り替え完了しました、原子炉停止手順に移行、放熱板解放します」
機関長が探知される原因になる熱源……原子炉の停止を開始する。それと同時に原子炉からの熱を放出してフブキ全体を冷やし、外の受動センサーから見えにくくする。
「観測員は現任務を続行、監視対象から目を離さないで」
「了解、観測体制を維持します」
甲板長が短く答える。
すでに艦橋要員のほとんどが、気密服を着用している。
あたしも手早く気密服に着替えると、艦長の方に向き直った。
案の定、彼女は気密服相手にジタバタしている。
「艦長しっかりしてくださいよ、もう艦長だけですよ」
「えー、先任手伝ってよー」
艦長が、子供みたいな駄々をこねる。
「とりあえず、どっかに捕まって下さい」
あたしは回転しかけている艦長を捕まえると、気密服の着用を手伝う。
こうやって甘やかすから、ダメなんだよなあ。
なかなか口に出せないが、艦長を甘やかすからいつまでもぐーたらしてるんだろう。
艦長は。
「はい、終わりましたよ。チェックh自分でやって下さい」
「はーい」
そう言いながら、各セクションからの報告にざっと目を通す。思った通り、艦長の着用だけ遅れている。
端末の中で、一人だけ「未着用」のサインがついていた艦長からようやくそれが消える。
「艦長、総員気密服着用しました」
「りょーかい、各ブロック閉鎖」
「各ブロック閉鎖します」
先頭でダメージを受けた他の区画からの延焼を抑えるため、各ブロックごとのシャッターを下ろす。
「閉鎖完了」
「全艦排気」
戦闘中に気密を失うと、艦内にある空気が冷えて霧になる。それだけで無く、勢いよく吹き出した空気は操艦の妨げになる。そうなる前に、あらかじめ空気を抜いておく。
先頭前の細々とした指示を受けながら同時に、攻撃された場合の軌道や緊急離脱の場合の軌道をいくつか部下に検討させておく。
戦闘となるとやる事が多くて、目が回りそうになる。
「移動開始!」
「了解、移動開始します」
エンジン全開の勇壮な出撃とは言えないけど、そろそろとフブキは移動を開始した。