イン・ザ・フライングポット
航宙コルベット『フブキ』はとある任務のため、日本上空の静止軌道にいた。五人の士官と十数人下士官・兵からで構成されるフブキ乗員たちの任務とは?
国連宇宙軍が創設されて、だいたい二十年ぐらい。
当初は参加国の寄り合い所帯で、通信系統の統一にも一苦労したらしいが。今は、地球上で最大の航空宇宙勢力に育っている。
あたしたちは、ケープカナディラルの士官学校を卒業して、現場に配属された初期のメンバーであたしと艦長は同期。
ついでに同室。
創設時のメンバーのほとんどは、榊原大佐みたいに各国の空軍や宇宙軍から転籍して来ている。
何を隠そう、この『フブキ』も自衛隊から国連軍に移籍している。
この時の参加各国の供出の貢献度により、月をはじめとする宇宙資源の開発・採掘権が決まっている。
二十年ごとに宇宙開発条約の見直しを行い、その時点の貢献度で開発権の再分配を行なっている。
フブキが移籍した時は、新造同然のピカピカだったんだけど。艦歴も二十年をこえると、流石にあちこち古くなって不便になっている。
とは言え、センサー類や電装系は近代化改装を受けているので新造艦に負けない……はず。
特にセンサー系は、艦首側に光学系や赤外線・電磁波それに重力波センサーとモリモリに増設されている。
とは言え、それだけセンサーをモリモリにすると兵装の方が貧弱になっちゃっう。
まず爆雷が四つ。使い切りなので艦首に固定されたのを使うと、貧弱なレーザー砲二機で抵抗するしかない。
もっとも、フブキが活動する空域や高度は爆雷のようなデブリが大量に出る航路の安全性に影響の出る兵器は利用できない。
「まあ、目はいいから後は逃げ足の問題じゃ無い?」
とは艦長は言うけど。
フブキの様な旧式航宙艦船は取っ手のないツボの様なずんぐりした形をしている。
空飛ぶ壷、フブキが新造だった時代につけられたあだ名。
今は、おんぼろの代名詞みたいになってるけど・・・・・・。
空飛ぶ壷のツボのおしりーー船尾にメインの推進器が四つ、そして胴体部には電力と推進力を得るための原子炉と居住区がある。
船尾から動力炉、寝室、リビングそして艦橋となっている。
今は壷の『口』の部分を地球に向けて、任務を遂行中。
ドーナツ型の艦橋は、上下の二重になっていて。上が各セクションの長、下がサブと言う構成。
あたし達はドーナツの輪に向かって、真ん中に向いて並んでいる。
あたし、つまり航海長の左隣が艦長の席。
もぞもぞ、と体の位置をずらしながらベストポジションを探っているようだ。
猫か!
心の中で思わず突っ込んでしまう。
猫みたいシートのあちこちにお尻を動かしながら、ここ数時間の機関その他の艦の最新情報をようやく見始める。
「機関長さ、三番の主機の調子。また悪いの?」「定格の七割ですよ、フルでも動かせますが長くやると止まるかもしれません」
艦長の左隣に座る、初老の機関長が弱ったように答えた。
主推進器のうち、一機の調子が悪いとバランスを取る為に他の推進器も出力を併せてやる必要がある。
「当面は加速の必要が無いので問題ないですが、帰りは気を付けないと・・・・・・」
フブキは現在、日本の静止軌道上に居るので今は加速の必要が無い。
ただし、ラグランジェポイント1、通称L1にある基地に帰投するためには当然加速が必要になる。
「了解、帰りはななわりっと」
自分の端末にメモを取りながら、艦長はその他の数値を目で追っている。
「酸素、電池は問題なし、原子炉も絶好調だね!」
古いと言っても、フブキのメンテナンスはしっかり行われているので、無理をさせなければ問題ない。
はず。
「甲板長、目標の動きは?」
「特にありません、全くありません」
機関長の隣、あたしの向かい側に座る甲板長がおどけたように両手をひらひらと振る。三十を少し超えたぐらいの甲板長は、受動的な観測、特に光学観測を中心とした観測の統括と生命維持を含む艦内環境の一切を受け持つ。
「観測員は現状を維持、アクティブセンサーの類からの探知波照射を厳重に観測して」
艦長も一応、大佐から言われた事を気にしてはいるようで。各国の宇宙軍から探知されていないか用心はするようだ。
もっとも用心といっても、地上からの光学観測で十分見つけられる高度には居るわけだが。
できる事であれば、思い切り地球から離れた軌道に遷移したい所なんだけど……。今回の任務は、日本海周辺の監視なのでこれ以上は高度を上げる事も遷移する事はできない。
「砲術長、兵装・センサー類の異常は?」
「特に問題はありません、艦長」
艦長の向かい側に座る砲術長が、端末の数値を読み取りながらセンサー類のチェック結果を報告する。
今の所は戦闘がないので、砲術長の仕事はもっぱら能動的なセンサー類のチェックになってしまっている。四十半ばの砲術長は、戦闘時になるとレーザー砲の管制はもちろん爆雷や戦闘システム全般を担っている。
「レーダー最低限で、こちらの位置はなるべく知らせないで」
「了解しました」
真面目な砲術長が、硬い表情のまま答える。
砲術長は昇進こそあたしより遅いけど、軍歴は長くて本当に頼りになる。
「航海長、外の様子は?」
「航法支援サービスの全天スキャニングによれば、今後八時間に軌道交差する物体はありません。レンジを二十四時間に広げてもカタログに登録された物体との交差は考えられません」
「観測報告とカタログの照会をしっかりやって」
「了解しました。それと艦内の消耗品は半月分程度しか持ちません」
後半は、先任士官として艦内庶務一般を取り仕切る立場からの報告になる。
「うー、早いとこお客さんを捕まえないとー」
艦長が頭を抱えながら端末に向かう。
大佐が急ぐように怒っていたが、あたし達も内心焦っている。
日本海に出現する、不法艦船。国連のカタログデータに未登録の軍艦が出没している、と言う通報を受けてあたし達は2ヶ月前から、この場所で日本海を監視している。
本来は一度戻らないとならないのだけど、強化されているフブキの観測機能と同等の艦船に空きがないため異例の長期監視任務になっている。
さすがに二ヶ月にわたる長期の任務は、みんな疲れはじめている。
「早く終わらせないとねえ」
艦長が、みんなの気持ちを代弁するように呟いた。