航宙コルベット『フブキ』
航空宇宙自衛隊から突然の抗議を受けた榊原大佐。彼は抗議の原因になった航宙コルベット艦フブキに連絡を取る。
ビー
あたしの席に通信が入ったのは、ハワイ標準時午前九時三十分。ほとんどのクルーが日常業務に忙殺されている時間だった。
一人を除いて。
「オワフコントロール、こちらUNー020Jフブキ、最先任砲術長の大井花菜大尉ですです」
「フブキ、こちらオワフコントロール。榊原大佐より直通が機密Aで発信されています。切り替えますか?」
定時以外の連絡なら、当然上司の榊原大佐しかいない。もし、大佐以外ならとんでもない事態が進行中と言うことになる。
「切り替えて」
とは言え、今はマネージャーの大佐とは顔をあわせたくない。
「北上少佐は、北上少佐はどこだ!」
「おはようございます大佐、ご用ならあたしが承りますが?」
画面いっぱいに、怒り狂った上司の顔とバームクーヘンが一切写っている。
「あ、バームクーヘン。おいしそう」
思わす言ってしまって、口を押さえる。
数秒後に画面の大佐が怒鳴った。
「おいしそうじゃないよ! おいしそうじゃ! 大井大尉! 北上少佐はどこだ! どうせまたその辺に浮いているんだろ?」
「え、ええまあ」
あたしはちらりと上を見る。
航宙コルベット艦フブキの艦長の北上沙奈少佐は、あたしより数十センチ上を漂いながら寝息をたてている。
「いや、ちょっと席を外してまして」
また数秒の間をおいて、大佐が怒鳴る。
「船外活動の予定は聞いてないぞ?」
ハワイの司令部と、静止軌道上のあたし達とはちょっとしたタイムラグがある。
そのせいで、受け答えがちょっと間抜けになる。
「いや、ちょっと、マジちょっとですね・・・・・・」 うう、狭い艦内。ちょっと外してまして、は通用しない。
あたしはしどろもどろになりながら、近くにあった細かいメカニカルスイッチを操作するのに使う棒。たまに艦長をつついたりに使える便利な棒で、艦長を思いっきりつつく。
「うう、なーに?」
「艦長、大佐、榊原大佐からご連絡です」
ようやく、艦長が目を開く。
ふよふよと三つ編みの髪を揺らしながら、ゆっくりと艦長が降りてくる。
逆さまのままで。
「ちょっと、艦長、写る写る」
寝ぼけ眼のまま、艦長はあたしの目の前、つまりあたしの端末のカメラの正面に降りてくる。
「あ、大佐だ、やっほー」
逆さまのまま、艦長はモニターに挨拶する。
うまいことタイムラグを利用して、誤魔化そうと端末に手を伸ばす。しかし、艦長が邪魔で端末が操作できない。
「艦長、艦長」
あたしは、艦長の肩を掴んで、そおっと艦長を回転させる。
いくらなんでも、逆さまのままはまずい。
「北上少佐! 君はいつまでそこに居るつもりだ! 空自から抗議が来たぞ!」
「え、空自!」
大佐があまりに意外な事を言ったので、っ艦長を回す手に力が入る。
「あー、そっちかー。大佐誤魔化してくれました?」
思わず力が入ったせいで、艦長の体はくるくると回転しはじめる。
ゆっくりと回転しながら、彼女は脳天気に続ける。
「あと、一週間もすればカタがつくから、フォローをお願いしますよお」
画面の中で、榊原大佐がゆっくりと顔を回しはじめる。
向こうのモニターでも、艦長が回り始めたらしい。
「一週間! もう八週もそこをグルグル回っとるんだぞ! 少佐! 今に空自だけじゃなく、その辺の航空宇宙軍の苦情で山ができるぞ!」
相変わらず、くるくる回っている艦長をなんとか捕まえて静止させる。
この人の傍若無人な所も、こう捕まえられれば本当に助かるのに。
「ウチの観測員は優秀だよ?」
人の気持ちを知ってか知らずか、艦長は涼しい顔で大佐に答える。
「貴様の、フブキの観測員の優秀さは分かっておる! 俺が問題にしておるのは貴様の・・・・・・」
「レーザー中継器が影に入りました、通常通信に切り替えますか?」
ぶつっと端末がブラックアウトする。
オワフ島の司令部とのレーザー通信を中継する衛星はオワフ島の静止軌道上にいるが、あたし達は日本列島上空にいるので中継衛生が地球の影に入ると通信が途絶する。
普通の電波ならどこからでも衛星を介して通信出きるが、極秘の連絡には傍受の可能性がつきまとう。そのため、この手の任務では頻繁には使わない。
その点、レーザーならさえぎる事は簡単だけど気がつかないように傍受するのは難しい。
それに都合良く通信が切れるし、とっても便利。
「大佐、怒ってましたよ?」
「まあ、しょうがないよねー、見つからないんじゃねー」
艦長は、ぐーっと伸びをするとまた空中で回転をし始める。
ハーネスを着けないで不用意に動くと、あちこち回転してとても危ない。
「とにかく、艦長も仕事してください」
ひねりの入った複雑な回転を続ける艦長を捕まえると、艦長席に座らせる。
「もう、みんな仕事してますよ」
「あーい」
艦長は気の抜けた返事をすると、端末を起動する。
「それじゃ、今日もガンバロー」
ゆるゆるな『ガンバロー』に、耐えきれなくなった他のクルー達が一斉に吹き出す。
もう、みんな暢気なんだから!