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フブキの戦争  作者: nasuda(植木原 裕司)
1/7

マウイ島の朝

 ハワイ オワフ島 午前八時五十分


 どこまでも青い空、白い雲。

 そして涼やかな波の音。

 ハワイの美しい風景を背に、男は車から降りた。

 一見すると、ワイシャツ姿のサラリーマンに見える。

 だが、きびきびとした動作と片手に持った上着の星が軍人であることを示していた。

 ハワイでは珍しくない、東洋系の顔はサングラスに半分覆われて表情が見えない。

 男は立哨の兵士に答礼すると、この区画で一番大きな建物に入った。

 軍事基地と言うより、洒落た企業のようなオフィスに仏頂面をした兵士が机に向かっている。

「おはよう軍曹」

 東洋系の男は気安く声をかける。

「おはようございます大佐、お客様がお待ちです」

 軍曹と呼ばれた男は、勢いよく立ち上がると挨拶を返した。

 軍曹の二メートル近くはある巨躯と鍛えられた体が、ただ者でない事を物語っている。

「応接にお通ししております」

「約束は無いはずだが?」

「日本国航空宇宙自衛隊、榊原一等空佐殿です」

「空自?」

 大佐と呼ばれた男は、小首を傾げる」

「知らない人だな、軍曹お茶をお出ししろ」

 軍曹は、言われるままにオフィスの奥に消える。

 大佐はその場で上着を着ると、軽く裾を引っ張り身だしなみを整える。

「失礼します」

 オフィスに隣接した応接スペースに、鋭い目をした男が佇んでいる。

「国連宇宙軍、アジア太平洋地区東アジア担当マネージャーの漆原大佐です」

「日本人か? 以前は空自に?」

 同胞と知って、榊原は日本語で尋ねた。

「ええ、創設時に移籍しました」

 漆原も日本語で答える。

「早速だが、我が国上空。静止軌道上にいる君の部下だが」

「部下?」

 椅子に腰かけながら、榊原は大仰に首をひねる。

「トボケないでもらおう、小型鑑が一隻居るはずだが」

「おや? 居ましたか?」

 下手な芝居には、つきあわない。漆原の眼光に押されるように榊原は携帯端末を操作した。

「DE020・・・・・・フブキ、コルベット鑑ですね」

 端末を覗きこみながら、榊原はトボケたふりを続行する。

「それくらいは、こちらでも調べてある」

「でしたら、今日は何のご用で?」

「ふざけるのも大概にしたまえ!」

 ダン、と応接テーブルを拳で殴りつけながら漆原は立ち上がる。

「2ヶ月、DE020Jは二ヶ月以上静止軌道を維持している。通常であれば交代している期間だ」

「日本上空は通常二艦体制ですが、一隻メンテナンス入った関係で帰還が遅れているようですね」

「トボケるな! 大佐、君も日本人なら・・・・・・!」

「失礼します、お茶をお持ちしました」

 まるで謀ったようなタイミングで、大男の軍曹が応接室に現れる。

「ご苦労軍曹、そこに置いてくれ」

「は!」

 馬鹿丁寧な所作で、軍曹はコーヒーをテーブルに置く。

 じらされる格好となった漆原は、いらただしげにぬるいコーヒーを一口飲んだ。

「軍曹、悪いがお茶菓子も頼む」

「は! 了解いたしました!」

 軍曹がゆっくりと、扉の向こうに消える。

「小官の愛国心に訴えられるのは、あまり賢いやり方とは思えませんね。一佐」

 榊原は英語で言った。

「むろん、小官とて愛国心はありますが。なにせ仕事ですので」

 再び立ち上がろうとする漆原を手で制すと、榊原は続ける。

「ご懸念はごもっともです。がフブキは後二週間もすれば交代します・・・・・・」

 榊原はそう言うと、漆原の顔をじっと見つめた。

「特段、気にする必要はありません」

 榊原は日本語で言った。

「大佐、君を信じない訳ではないが」

「もちろん文書でご連絡いたします」

 やり手のセールスマンみたいな顔で、榊原は手を振る。

 うさんくさげな顔で漆原は立ち上がると、無言でドアを開ける。

 そこには皿に載ったホールのバームクーヘンを、仏頂面で捧げ持つ軍曹が立っていた。

「バームクーヘンです」

「ホールで出しちゃまずいだろ、軍曹何か切り分ける物を」

 榊原が、暢気な声で指示を出す。

「結構! 大佐近日中に抗議文を出すので、対応をお願いする!」

 明らかにいらだった顔で漆原は、立ち去って行く。

「茶菓子、どうします?」

 取り残された格好の軍曹が、所在なさげに立ち尽くしている。

「皆で食っちゃってくれ、それどころじゃないよ」

 一転して焦った顔になった榊原は小走りに自分のデスクに向かう。

「フブキは暗号通信可能な位置かね?」

「あと一〇分でしたら、直通で通信可能です」

 バームクーヘンを持ったまま、軍曹が続く。

「分かった、君は早急にフブキの任務に関する回答書を作成してくれ」

 榊原は飛びかかるように自席に座ると、端末に向かった。

「オワフコントロール、UNーDE020Jフブキと直通を頼む」

 ヘッドセットを付けながら、榊原は管制センターを呼び出した。

「おはようございます大佐、フブキとの直通は残り九分になります。レベルはいかがなさいますか?」

 管制AIが、通信の秘匿度を音声で確認する。

「機密A、機密Aで直通だ」

「承知いたしました、生体認証をどうぞ」

 榊原は、キーボードの端にある認証センサーに触れる。

「認証しました、お繋ぎします。些事ですがキーボードの掃除をされることをお勧めします」

「なんだって管制AIに、小言を言わせる機能なんかつけたんだ?」

 榊原が小声で毒づく。

「なんだ?」

 端末に浮かんだ呼び出し中の標示を見ながら、そばに控えて動こうとしない軍曹にイラついたように聞く。

「バームクーヘン、どうしましょう?」

 軍曹は皿を捧げ持ったまま、聞いた。

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