十六話 未熟な新瑞清十朗
「あれが兵たちが赴き戦のきっかけになったという砦だろう」
と膝をついて岩陰から砦を覗き見る四季右衛門が言った。戦のきっかけになった砦とはテューマー王の命によって中に招き入れられた武士の首が刎ねられたという砦のことだ。このように今回の任務に関する知識の豊富な彼に清十朗が、
「あれが……。四季右衛門どの。王都とやらに行くにはやはりあそこを?」
と聞いた。
「越えたが早く着くであろうな」
「では越えようかい。変装している今の我々ならば楽に抜けられるだろう」
と猛蔵が言った。
「待て。砦の前の兵たちだが、やけに多い。もしかすると荷の検めでもやっておるのかもしれん」
四季右衛門の言うとおり、砦の門の前には四脚の見える背の高いテントなども張って十人ほどの兵たちが詰めていた。たしかにこれはただの見張りにしては数が多い。おそらく結界付近の前線に送る物資を荷車に積み込んだり、それに何か不備がないか確認したり、また前線から送られてくるゴミなどを調べて何が足りなくなるだろうか把握する仕事のためだろう。
「となればこれをどうする? 置いていくわけにもゆかぬぞ」
と四季右衛門が軽く掲げたのは先端に結ばれた布が膨らんだ棒状の物であった。四人全員――とはいえ四季右衛門だけは本当にただの杖のような見た目だが――が持っているこれはソーラコア兵に変装する前に元々彼らが来ていた着物を巻いて特徴的である鍔と柄を隠し、さらにその中に荷物を入れた刀であった。むろんこれは明らかにソーラコアの物ではないから検められたらまず間違いなく疑われるであろう。
「ならば忍び込むしかないか? ……」
と猛蔵が言うと、すぐに柔膳が、
「たしかに、あそこで何か仕事をするならともかく通り抜けるだけならばさほど難しくはないだろう。だがそれは俺たちなればだ。果たして魔法という奇怪な技を使う奴らの砦を清十朗が抜けられるか?」
と、こう言って清十朗にチラと目を向けた。
柔膳の別に責める気もない視線をしかし刺されたが如く感じて清十朗は難しく沈んだ顔をした。彼はもちろん身を隠す場所の選び方や身の隠し方、息のひそめ方など侵入のための様々な教えを受け、いくつもの技術を習得している。だが、忍法秘奥に通じるほどではない彼ではたしかに魔法と言う端倪を許さぬ能力を持つ者たちを相手に忍び入って、はたしていざ見つかりそうになったというときなどの対処ができるか不安ではある。魔法によって何が起こるかわからない以上、それはあとの三人も同じのようだが、清十朗では尚更だという話だ。見つかり捕らえられるなどして、もし幕府側の人間が結界の中に入り込んでいることが分かったとしたら、その情報は瞬く間に王都へと届けられ、たとえその場は逃げ出せたとしても今回の任務の達成は限りなく難しくなる。魔法使いの巣である王都で仕事をしなければならない四人の最大のアドバンテージは結界の中には誰も入れない、誰も入っていないとソーラコア側が思っていることなのである。王都につけば四人は王城に忍び込むという似たようなことをやらなければならないが、そこでの仕事がここの砦に忍び入ることよりも遥かに難しいことである以上、せめてそのアドバンテージを事前に失うわけにはいかない。そのことを重々承知して清十朗が、
「申し訳ありませぬ。拙者そう言われるとお三方に迷惑をかけぬ自信がない」
としおれたように言った。四季右衛門は首を振った。
「いや、よい。気に病むな清十朗。たとえ私たち三人だけであったとしても、やはりあそこに踏み入るのは危険だ。他の道を行こう」
この言葉に猛蔵が、
「おっ、他の道を行くか? まあ、それが賢明だろうなぁ。何しろ、あの砦の者たちは交渉のため中に入った武士たちの首を刎ねた挙句、その首を門前で待つ者たちに向かって放り落としたと聞いたぞ」
とニンガリと苦笑した。
これに清十朗は「ううむ」と慄きのうなり声を上げ、柔膳は「ほぉ、やるの」と何故か感心した。
「そういうこともあって、実はわしとしてもあそこへ踏み入るのはちと気後れしていたところだ。しかし四季右衛門、他の道を行くと言って、どこを行くのだ?」
「山道だ。ただ山道とは言っても砦付近の山道を行けば見張りや罠があるかもしれぬ。少し砦とは離れた山を抜けよう」