十一話 呼び出される伊賀忍者
これがひとまず砂浜で起こった戦いの経過だ。これを語り終えた伊豆守は、
「人を溶かす火の玉にこちらの攻撃も兵も通さぬ結界……その他にも手より若草色の光を放ち、その光を受けた怪我人の傷を瞬く間に治してから戦いに再度参戦させてしまったという――いずれにせよこの世のものとは思われぬ……。極めつけはたった二人で襲撃を果たしたという敵。殿、幻の如く突如不可思議な大地が現れ、そこに妖怪の如く人間がおり、これを放っておけば魔軍のようであった島原のキリシタンの如く必ずや幕府に祟ることになると案じてこの度の戦を始めましたが、これは触れてはならぬものに手を出したのかもしれませぬぞ。……もしやすると、幕府の存亡にかかわるほどの」
と神妙に言った。
話を聞いた家光は沈黙した。ただ黙り込むだけではなく、そんなことを聞いて、ではそれならどうしよう? と考えた上で判断を絶したのである。伊豆守がいま言った通りそんなことが現実に起こったとは到底思われない。しかし、事実として兵たちに被害が出ているのは確かだ。何のためか、向こうも未だ砂浜から進軍してはいないが、それも時間の問題、いずれ進軍を開始するのは明らかだ。にも関わらず、そのような妖術を操る者たちを相手にどう対処すればいいのか考えなど浮かんでくるはずもない。家光はとりあえず、
「そういえば、向こう方の兵をいくつか捕らえ、ここへと運びこんだのであろう? それは余も聞いておる。して、そやつらからは何か聞き出せたのか?」
と言った。
実はリィン・マクベスたちの襲撃の前に行われたあのおびき寄せの策、それによって陣から飛び出してきたソーラコアの兵たちは斬られて絶命した者も自陣へと馳せ戻れた者もいるが、中には幕府軍に捕らわれた者もおり、この言葉通りその者たちは尋問のため江戸へと送られたのだ。
「その者たちでございますか……その者たちはほとんどが我らの言葉を話すことができなかったのでございますが、中に一人我らの言葉を解し、話すことができる者がおりました」
伊豆守たちは知らないが、それは翻訳の魔法による作用だ。恐ろしい妖術師の一員が来たと人の噂になっていらぬ騒ぎにならぬように、その一人以外はみな首をはねられ、その一人も牢屋敷ではなく、江戸城本丸と西丸の間にある紅葉山――その付近の武器蔵に秘密裏に入れられた。
「ただその者、笞打(鞭打ち)、石抱きなど様々な責めを負わせても口を割りませぬ」
「むう」と家光は小さくうめいた。その者こそ現状ただ一人の情報源なのだから何も吐かぬといって際限なく責めを過酷にするわけにはいかない。よってそれらで無理ならばかえってこちらの方がお手上げだ。二人はそれきり口を紡ぎ、それによる沈黙のなかに家光はじーんとした音を聞いてそれを不快に思っていると、伊豆守がふと、「むっ」と声を漏らして、
「忍者」
と呟いた。
「忍者?」
「左様でございます。人間に関する様々な研究を行い、尋問に関しても多様な技を生みだしたという忍者の責めは通常のものとはちと違うと聞きます。ただの牢問が通ぜぬ以上、いっそのことこの忍者に任せてみてはいかがでございましょう?」
家光は「ううむ」と再びうめいて考え込んだ。忍者の最も活躍した戦国時代でもそうであったが、この天下統一が成された世においては闇を這い回りあまり表立たぬ彼らは一層うろん気な存在だ。家光もまた不審そうに眉をひそめた。しかし他に頼るべき術もない。それに忍者はちょうどこの江戸城にある大奥の警護を務めるという近しい場所にいる。
「よし。では、その捕らえた男への責め、伊賀者にやらせてみよ」