真夏の想い
残酷な描写があるので、ご注意ください。
あとを引くような作品になっていますので、お気をつけ下さい。
創作文部門で大会に提出した作品です。
選外だと思っていたのですが、佳作を取っていました!
蝉の声が響く木漏れ日の中、私達はいた。とても暑い夏の日のことだった。青く晴れた空に、じっとりとした熱を帯びた風。お世辞にも過ごしやすい日とはいえなかった。あの時、なんと答えたら良かったのだろう。私は、何も言うことが出来なかった。言いたいことが後になって出てきてしまった。もう、言うことは出来ないそれを、私は抱えて生きていくしかなくなってしまった。――罪を抱えて生きていくしかなくなってしまった。
蝉の大合唱をBGMに私達は出会った。
私達はお互いに、夏休みだからと親戚の家に遊びに来ていた。私は、遊ぶ場所もなく退屈で、歩き回っていた。そのとき、同じように退屈そうに歩く彼女に出会った。
「君も退屈なの?」
あまりに退屈そうに歩く彼女に、私は思わず声を掛けてしまった。彼女は、声を掛けられたことにとても驚いていた。自分でもこの行動に驚いてしまった。私は人見知りだからだ。自分から声をかけるなんて生まれて初めてのことだった。二人して驚いていることが面白く感じたのか、彼女は笑ってこう答えた。
「うん、退屈なの」
「同じだね。じゃあ、一緒に遊ばない?」
また私は驚いた。私から声をかけるだけでなく、遊びに誘ってしまった。驚きと、断られるかもしれないという不安を抱え、オロオロしていた私。彼女はそんな私を見て、笑いながら応えてくれた。
それから私達は、あてもなく歩いたり、山に登ってみたり、落ち着きなく動き回った。その間、不思議なくらい言葉が止まらなくて、二人で笑いあっていた。
その次の年から、夏になると夏休みがさらに待ち遠しくなり、初日から親戚の家に行きたいと私から言うようになっていた。
初めて会った日から何年か経ち、私達は高校生になった。中学に入った時同様に、制服の見せ合いをした。中学はお互いにセーラーだったけれど、高校は違った。私はブレザーで、彼女はセーラーだった。聞いてみると、中高一貫校だったらしい。私は正直羨ましかった。だから、彼女にこう言った。
「内部受験って、あってない様なものなんでしょ?羨ましいな」
その言葉に彼女はいつものように笑ってこう言った。
「受験自体はそうだけど、普段の態度とか成績で決まるから、気は抜けなかったよ」
「それでもやっぱり、羨ましいよ。中学の友達とそのまま一緒にいられるんだもん」
心から出てきた言葉だった。私は中学の友達と高校が別になってしまった。いまだに新しい友達を作れず、不安が募っていた。そんな私の心情を見透かして、彼女は励ましてくれた。
「大丈夫。どうしようもなくなったその時は、私がいるよ」
今にして思えば、なにが大丈夫なのか疑問だが、その時の私は救われたような気がした。彼女の言葉がとても嬉しかった。
その日は制服を見せ合ったり、学校の話をしたりして一日が終わった。翌日はいつもの動きやすい格好で辺りを歩いていた。
いつものように、中身のない話をして、笑いあって、日暮れまでずっと二人で遊んでいた。
そうやって何日も過ぎ、とうとう帰る日が近づいた日。いつものように話をしていた時、彼女は急に静かになり、山に行こうと言い出した。私は今まで見たことがない彼女の様子に戸惑いながら頷いた。暫く歩いて、山の大きな一本の木に着いた。ずっと前を歩いて、背中を向けていた彼女。何度か深呼吸をした後、振り返って私を見る。
「私ね、君が好きだよ。ほかの誰よりも」
じっとりとした熱を帯びた風が吹く。少しして私の口から出たのは、吐息にしか聞こえないような、か細い声だった。
戸惑いが強く顔に出てしまっているのが自分でもわかった。今まで友達だと思っていたのに、彼女は違ったというショックから、少し怖いと感じた。恐怖心が彼女に伝わったのだろう。彼女はとても悲しそうな顔をして、ごめんと呟いた。私はその言葉に、何も返すことが出来なかった。
それから日暮れまで、無言の時間が続いた。蝉の声がうるさく響く。夏の暑さで汗が滴り落ちる。空は綺麗な青空で、今の私達には似つかわしくなかった。
彼女から告白されて数日。私が帰るその日まで、私と彼女は会うことがなかった。しかしその日、彼女は見送りに来てくれた。いつもより寂しそうな顔で。いつものように笑おうとしてくれているのが伝わった。けれど、私は笑いかえせなかった。
あれだけ楽しみだった夏休みが、憂鬱なものに変わってしまった。彼女に会うのが怖くなってしまった。今までとは違う関係になってしまったのが、怖くてたまらなかった。私は彼女に告白された翌年、親戚の家には行かなかった。
さらに一年が経った頃、私は親戚の家に来ていた。大学受験前の息抜きになるからと、連れてこられた。親戚の家は相変わらず退屈で、外に出た。少し、懐かしく感じた。また彼女に出会うのではないか、そう思った。しかし、会わなかった。だから私は、親戚の家にいる間、彼女と行った場所を巡ってみた。辺りを見回しながらあてもなく歩いて、山に登った。
山では、彼女と歩いた場所全部を同じように歩いた。最後に、あの木の場所に行こうとしたが、行けなかった。
今となっては、早く行けばよかったと、そうしたら間に合ったかもしれないのにと、後悔が募る。
私があの木の場所に行けたのは、帰る一週間前だった。そこで彼女と会った。再会と言うにはとても残酷な状況だった。彼女は木にぶら下がっていた。首には縄がくい込んでいた。
私は状況を理解出来なかった。思わず近づいてしまった。そして、どうしてだか彼女に少し触れた。その時はまだ、少しあたたかかった。しかし、気づいてしまった。彼女が息をしていないことを。彼女の足元に、石の重りをのせた手紙があることを。
手紙は私宛だった。その手紙の内容を見て、私はようやく状況を理解した。それから気づいてしまった。この状況を作ったのは私だと、私が彼女を殺してしまったのだと。手紙の内容はこうだった。
『――へ。
きっと、最初に見つけてくれるのは君だと思ってるの。だから、君宛の手紙をそばに置いておくね。
私、君に初めて会った時、面白い子だなって、遊んだら楽しいだろうなって、そういう印象を持ったの。実際、何をしても楽しくて、面白くて、君といる時間が好きになった。ずっと一緒に遊びたいと思ってたよ。それがいつからか、ずっと一緒にいたいって、離れているのが寂しくなった。そばに、隣にいてほしいって思うようになったの。これが恋だって理解したのは、結構最近なんだよ。驚いた?
二年前に私、君に好きだって言ったよね。すごく勇気を出したんだ。君に会ったら好きが止まらなくて、溢れてどうしようもなくなったの。あの時、拒絶される覚悟はしてたつもりだったんだ。でも、ずっと一緒にいてくれてたから、君に好きって言ってもらえるかもしれないって、少し期待もしてたの。
そしたら、君は私を怖く感じてた。ごめんね、怖がらせるつもりはなかったんだ。本当にごめん。
来年までには気持ちの整理をつけようって、頑張ったよ。でも、変わらなかった。それでもね、また一緒に遊べるって、そう思ってたの。
だけど君は来なかった。毎日毎日、君を見送ったあの場所に行ってたよ。でも、一度も会えなかった。すごく寂しくて、悲しくて、言わなければよかったって、そう思った。すごく後悔した。本当にごめんね。
君はきっと、今年も来ないと思う。“最初に見つけてくれるのは君だと思ってる”なんて書いときながらおかしな話だけどね。
君がもしまた来た時に、私と会うのが怖いと思わないようにしようと思う。
でもその前に、君と歩いたところを全部見ておきたいな。そして最後に、君を見送ったあの場所に行くね。一緒にいて楽しかったのは君も同じだよね? やっぱり大好きだよ。バイバイ。
二〇××年九月 ――』
手紙には涙が落ちたような跡がいくつもあった。後半は滲んで読みにくくなっている所もあった。それを見て私は、どうしようもなく悲しくなった。涙が溢れて止まらなくなった。日が暮れるまで、私は一人彼女のそばで泣いていた。あの時私は、なんて言えば、どんな態度をとっていれば良かったんだろう。どうしていたら彼女は死なずにすんだんだろう。何度も何度も後悔の念がわく。しばらくの間この思考が止まることは無かった。
日が暮れた頃にようやく落ち着いた私は、家に帰って、すぐ親に彼女のことを話した。もちろん、手紙のことは言わなかった。言えなかった。私のせいで彼女が死んだと、誰にも知られたくなかった。
彼女が運ばれるとき、彼女の両親が来ていた。彼女から私の話をよく聞いていたと、彼女の両親は話してくれた。とても楽しそうだったらしい。どうして私なんかとって、どれだけ考えても答えは出てこなかった。
そして、彼女の両親は葬式には呼べないからと、お通夜に参加させてくれた。私がいたほうが彼女も喜ぶだろうからと。彼女が死んだのは私のせいなのに、そういってくれるこの人達への罪悪感でつぶれそうになった。彼女の家族は必死で我慢しているというのに、私は涙がこぼれてとまらなかった。
それからの私は当たり障りなく過ごしていた。大学受験は成功し、新しい友人もできた。笑顔を絶やさないようにしていたけれど、何かが足りないような気がして楽しみきれなかった。そうやって大学生活を終えた。不況の波に少し飲まれかけたものの、なんとか一般企業に就職できた。そこで出会った人と恋に落ち、二十五のときに籍を入れた。子どもにも恵まれ、人に羨ましがられるほど幸せな家庭を築けた。満たされているはずなのに、どこか満たされないまま。私は少しずつ精神に負担が掛かっていった。
私が六十になる頃には、もう施設に入っていた。一日に何度も彼女のことを思い出しては泣き、ひたすら謝り続けるようになっていた。誰がなにを聞いても、私はひたすら謝ることしかしなかった。
はじめは夫も子どもたちも、頻繁に会いに来てくれた。でも、一向に良くならないどころか、悪くなっていく私の様子を見かねたのだろう。あまり来なくなった。月に一度会えればいい方。その事が、さらに私を追い詰めていくことになった。
それからの私は、人が視界に入るだけで泣きながら謝るになった。そのため、食事にもあまり手をつけず、次第にやせ細っていった。栄養が足りず、動くこともままならなくなっていく。いつしか食事ではなく、点滴で栄養を取るようになった。点滴で充分な栄養をとることは難しく、私は段々と弱っていった。
そうして、私はあと数ヶ月でなくなるだろうと施設の人から噂され始めた頃から、不思議なことに精神が安定していった。食事も取れるようになり、人と会話できるところまで回復したものの、弱った身体を動かすことは困難だった。
私が死期を悟ったのは、残り一ヶ月になった頃だった。この頃から今の状況が、人に世話されているこの状況が申し訳ないと思うようになっていた。世話してくれる人に対してではなく、彼女に対して。そしてその思いは、いつしか、彼女のように一人で最期を迎えるべきだという考えに変わっていった。
とうとう残り数日に迫る頃には、家族はまた頻繁に会いに来てくれるようになっていた。家族は複雑な顔をしていた。そんな家族に私はこう言った。
「来てくれてありがとう。でももう来なくて大丈夫よ」
それを聞いて家族はとても驚いていた。夫が何かを言おうとしているのを遮り、私は続けてこう言った。
「これからは弱っていくだけ。また心配をかけたくないの。それに、最期の瞬間は一人で過ごしたいの」
この言葉に、納得していない顔ではあったものの、家族は頷いてくれた。それから一時間ほど一緒に過ごしてから、家族は帰っていった。
それから家族は、施設の人に連絡されるまで会いに来ることはなかった。
私は、家族を遠ざけた後、あの日を思い返していた。彼女に告白されたあのとても暑い夏の日を。
最期の日が一日ずつ確かに迫ってくる。そのことを私は怖いと思うことなく、素直に受け入れていた。むしろ、ようやくその日が来ると、安心すらしていた。私が死ぬことで、彼女に許してもらえるような気がしていた。私が死ぬことで、また彼女に会える気がしていた。
もし本当に彼女に会えたなら、言わなければならないことがある。いや、言わせてほしいことがある。それを言うことで彼女は許してくれるかもしれない。また一緒に過ごしてくれるのかもしれない。そう期待していた。それと同時に、正反対のことも考えていた。何を言おうと、どんなことをしようと、彼女は許すことも、姿を見せることもないだろうと考えていた。
ついにその瞬間が来た。これで彼女のところへいけると、そう安堵した。何故安堵したのかはわからないが、彼女と同じ場所へいけることが嬉しかった。もうそんなに時間が残されていないことを悟り、目を閉じる。目を閉じているはずなのに音から涙が溢れては零れていく。嬉し涙だとそう思った。けれど次の瞬間に恐怖からかもしれないと思った。思考を保つのもやっとな状態になっているというのに、彼女の姿が見えないからだ。そして、声も聞こえない。そうやって認識したとたんに死ぬのが怖くなった。彼女に許してもらえなかったことが悲しかった。全く同じとはいかないまでも、あのときの彼女はこんな気持ちだったかもしれないと、そう思った。受け入れてくれない、かといって拒絶の言葉もない。ただただ憶測しか飛び交わない。どうなるかわからないことから来る、言い知れぬ恐怖。そして、大事なものをなくしたような虚無感が私の思考を埋め尽くした。
そして、少し自棄になった。どうせ会えないならと、思っていることを吐き出してしまうことにした。
「ごめんなさい。私、あのときはどうすればいいのかわからなかったの。今までの関係が崩れてしまうことが怖かったの。私は、そのことでいっぱいで、自分の気持ちすらわかっていなかった。ごめんなさい。あなたをここまで苦しめるつもりはなかったの。私だけこんなにも長く生きてしまってごめんなさい。あなたももっと生きたかったはずなのに。私だけ生きていてごめんなさい。私のせいで生きられなくてごめんなさい。遅くなってしまったけど、あのときの返事をさせてほしい。今更過ぎる話だけど、言わせてほしい。私も、あなたが好きだった。今でもあなたが一番だった。ハナ、ごめんなさい。遅くなってごめんなさい」
そうして言いたかったことを全部言った瞬間、世界が真っ白になった。そして声がした。ずっと聞きたかった声が聞こえた。
「遅すぎるよ。待ちくたびれちゃった」
声が聞こえたと思ったら目の前には彼女が――ハナがいた。
「ハナ?どうして…」
会えないと思っていた。それなのに突然現れたハナに、私はそれだけしか言えなかった。
「君がやっと返事してくれたからだよ。ずっと聞きたかったのに一度も言ってくれないから、イジワルしちゃったの。ごめんね」
ハナは少し申し訳なさそうに、それでいて嬉しそうな顔をしていた。それからこう付け加えた。
「私ね、君を迎えにきたんだよ。ずっとまたこうして話せたらいいなって思ってたの」
そう言った彼女は照れ笑いをしていた。その表情を見て、可愛いと反射的に思った。そう思った瞬間、この状況に似合わない感情だと思った。そして苦笑いをこぼす。
「え、いやだった?でもごめん、決まってることだから…」
「違うの!ハナの笑顔が可愛いと思って、この状況に似合わないなって思っただけ…」
ハナの言葉に被せるように言う。そして、ここまで言って私は恥ずかしいことを言っていると自覚して言葉を止める。顔が赤くなっている気がする。
楽しそうに笑いながらハナはこう言った。
「そろそろ行こう。いつまでもここに居ちゃいけないんだよ」
「わ、わかった…あのね?一つお願いしたいことがあるの。手をつないでいてもいい?どこにいくのかわからなくて不安で…」
ハナの言葉を聞いて急に不安が押し寄せる。そんな私を見てハナは笑って手を握ってくれた。ハナと手を繋いだだけなのに、不思議と不安が消えていくような気がした。そして、ハナに手を引かれるまま真っ白な世界を歩く。心なしか真っ白なこの世界が光り始めているような気がする。段々と目を開けているのがつらくなっていく。目を閉じた瞬間何か温かいものに包まれるような感覚に襲われる。
目を開けたときには先程いた世界と異なる世界にいた。先程の真っ白の世界とうって変わり、真っ黒の世界だった。少し先も見えないほどの黒さ。闇というほうが正しいと思うほどの濃い黒だった。そこまで考えてとても恐ろしい世界に来てしまったと思った。怖くなって手を握り締める。そして、ハナはいないことに気がつく。慌てた私は何度もハナの名前を呼ぶ。それでも、反響するどころか、物音一つしない。私は声が出なくなるまでハナの名前を叫び続けた。それでも何一つ返ってくるものはなかった。恐怖で押しつぶされそうになったとき、ようやくハナの声が聞こえた。
「私を殺したのに幸せになっててずるい。生きてたら私だって幸せな家庭を築けていたかもしれないのに。今はもう好きじゃない。そこで永遠に一人でいなよ」
今まできいたことがないような、とても怨みのこもった声だった。その声を聞いて私は震え上がる。そして最後にまた声がした。
「出口はどこかにあるかも知れないから、出たかったら頑張ってさがしなよ。見つけられないだろうけど。せいぜい一人で頑張りなよ」
それから私は狂ったように走り回った。疲れては休み、また走り回る。それの繰り返し。私が死んでからどれほど経ったのだろうか。一向に端にすらたどり着かない。そもそも出口なんて本当に存在するのだろうか。そこまで考えては思考をとめ、ひたすら走り続ける。本当はどこかで気付いていることに目を背けながら。私はいつまで走っていられるのだろうか。