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第1章 第5話

 突き出した右手に、青白い光がうっすらと浮かぶ。体内に発現したエネルギーが腕を駆け抜け、炸裂する。


「出て行くのは俺じゃなくて、お前だよセブンス。ここは俺の城だ。ようやく手に入れた、俺だけの――理想の生活。絶対に、誰にも邪魔させない」


 濃密な暗雲が立ち込め、城壁の如くレージの前に出現する。雷鳴が轟き、火花にも似た雷の渦がセブンスの体躯を縛り付ける。


 一点集中で振り注ぐ、横殴りの豪雨。雷渦に拘束され身動きのとれぬセブンスに、針のように鋭利な水が容赦なく突き刺さっていく。

 暴風に押され勢いのついた雨は、徐々に凶悪さを増していく。雷の糸と雨の針に縫いとめられたセブンスは、黒雲から噴出する人工の鉄砲水に押され、反対側の壁まで吹っ飛ばされた。


 知覚不能な速度で壁に激突し、ドサリと倒れ込むセブンス。

 先ほどは不意を突かれ、大切なホムンクルスたちを傷つけることになってしまったが。

 あのような、得意げにカウンターを決めて悦に浸るような奴は大抵不意打ちに弱いのだ。


「……死んだかな」


 生命を奪ってしまったかもしれないという現実に、一瞬だけゾクリとしたものが背筋を這い上がる。

 だが何となく、あの程度の攻撃で失命するほど軟な輩ではないだろうなと、そんな確信めいたものもあった。


 レージの予想通りと言うべきか。倒れ込んだセブンスはゆらりと立ち上がると、そのまま姿勢良く直立し、背筋を伸ばしたまま悠然とこちらに向かって歩を進めてきた。


「レージ殿……。貴方がそのつもりでしたら、ワタシも強硬手段に出なければなりませんね」


 邪神に酷似した怜悧な双眸を凛然と瞬かせ、セブンスがゆっくりと近づいてくる。

 レージの禁術の前では、些細な援護射撃はむしろ邪魔にしかならないと悟ったのか、意識を取り戻したメイドや人狼たちは、黙ったままセブンスとレージを交互に見やっていた。


 一歩、また一歩とセブンスが接近する。ある程度近寄ったところで、レージは緩めていた口元を堅く結び顔を強張らせた。


「……無傷、だと」


 どうせボロボロだろう――と高を括っていたレージは、目の当たりにした現状に困惑する。

 セブンスの身体には、欠損どころかかすり傷の一つすら刻まれていない。

 倒れていた隙に治癒の魔導を使ったのか、それとも――。


 レージの中に、一つの仮説が浮かぶ。彼は、邪神の遣いだ。――ということは、邪神に施された禁術は、彼に効かないのではないか。

 フグが自身の毒では死なぬように、邪神の遣いとして長年(どの程度仕えていたのかは知らないが)努めてきたセブンスは、邪神の能力ちからでは傷つかぬ身体へと昇華しているのではないだろうか。


「驚かせやがって。禁術が効かぬなら、魔導を――この世界の人間が一般的に使用する魔導を使えば良いだけのことだ」


 魔王として転生した際、膨大な魔力をその身に宿したレージ。体内の魔力を活性化させ、レージは再度右手を突き出しセブンスを捉えた。

 寝室で火炎を使うなど非常識かつ危険な所作だが――水が効かぬのなら、仕方ない。


「火の魔導――上級・火炎の竜巻(ヴォード・ツイスター)!」


 歩みを止めぬセブンスに向けて、炎の渦を打ち放つ。上級と言わず、神級の魔導を発動しても良かったが。あまり強大な魔導を使うと、現況を傍観しているメイドたちに被害が及んでしまう可能性も拭いきれない。


 セブンスを包み暴れ狂う、火炎の旋風。並の人間であれば、炎に飲み込まれた途端総身を焼く熱に耐え切れず、そのままバタリと倒れてしまうだろう。

 上級の攻撃魔術を、人間(・・)に向けて発動すること倫理に反しているのだから。


 冷ややかな目を向けながら、炎のカーテンを払い除けるセブンス。頭の天辺から爪先に至るまで、火の粉どころか焦げ跡すら残っていない。


 決して駆け出すことなく――黙したまま、悠々と歩き続ける。その感情を悟らせぬ所作に、ゾッとするものが胸の中に込み上げてきた。


 ホラー映画の一幕を思い起こす、異常な状況。銃弾を受けても、鋭利なナイフで切られても、臆することなく迫る殺人者かゾンビのような。理解を超えた恐怖がレージをさいなみ、吐き気を催してしまう。


 異常を察したメイドが、槍を脳天に突き刺した。セブンスは動じない。

 大きく振りかぶられたモーニングスターが、セブンスの顔面に炸裂する。意に介さず、虫でも払うような所作で払い除ける。


「……もう、お終いですか」


 ベッドの端に腰かけたレージを、見下すような目で睥睨へいげいするセブンス。

 ロザリオを取り出し、十字架を模したそれを、コツンとレージの額にぶつける。レージはもう、抵抗する気が完全に消失していた。


「神はお怒りです。因果に導かれし至要な厚意を、裏切り蔑ろにするその行為に。天に施された特別な能力ちからを、己のものだと錯覚するその傲慢さに。己の失態を認めることの出来ぬ、その幼稚な強欲さに」


 ロザリオに付属した神具が、玲瓏れいろうに煌めく。金縛りにあったかのように、身体が動かなくなる。


「本来はこのままレージ殿を殺し、神のもとへ連れ戻すべきなのでしょうが。神はそれを望んでおりません。レージ殿の顔すらもう見たくないと、そういう意味かもしれませんがね」


 身体から、力が抜けていくようなそんな錯覚が生じる。

 否――実際に、何かが欠け落ちていくような、確かだったはずのものが滅失していくような。


「ワタシは、神の御意向に従うのみ。神がレージ殿を殺せとお望みなら、今すぐにその生命を天に届ける所存。――慈悲深き神は、一度や二度の失態を強く責めるようなことはしません。神のご命令は、たった三つ。レージ殿から、禁術を半分返還いただくこと。レージ殿から、魔王の職を剥奪すること。そして――ダンジョンの外で、決して目立たず倹しく余生を過ごすこと。それだけでございます」

「半、分……」

「何も持たぬ状態で放り出されても生きてはいけぬであろう――と、そう思われたのでしょう。ご心配なく。神も、レージ殿が作り上げたダンジョンは評価しておりました。護衛も申し分ありません。寝室横で飼育されている魔獣を量産すれば、さらに強固な守備を固めることが出来るでしょう」


 ロザリオをレージの額から離し、セブンスは凛然とした瞳を瞬かせた。


「このダンジョンの管理は、ワタシが引き継ぎますのでご安心を。このまま放置したり、寂れさせるつもりは毛頭ありません故」


 精気の抜けたレージ。さっきまでの気概は、どこへ行ったのか。


「三日後、再度参ります。それまでに、レージ殿は速やかにダンジョンから退出してください」

「…………たら」

「はい?」


 転生前――何をするのも億劫で、一日中パソコンの画面とにらめっこしていた頃を彷彿とさせる、気力の失われた面差し。

 首元で束ねられたプラチナブロンドの長髪を撫でながら、レージは弱々しく言葉を継ぐ。


「もし命令に背いたら、どうなるんだ……?」

「神が決めること故、ワタシには分かりかねますが……。現世に介入出来ぬ神に代わり――ワタシが、強制的にレージ殿を現世と冥界の狭間へと連れ戻すことになるでしょうね」

「連れ戻されるとどうなる? 今より、楽な人生を送ることは出来るか?」


 全てを失っても、楽な暮らしを手にすることが出来るのであれば、救われる――。

 女体に囲まれ、自信に満ちていた生活を奪われた。レージ・クラウディアの負の面が、露骨に滲み出ている。


 もしこのまま何もせず三日間寝ていれば、全てを――人生に幕を閉じることが出来るのなら。それでも良いかと、レージはやる気の無さを露呈させた。


「神のもとへ二度も顔を見せた者は、今まで一人もいなかった故、詳細は存じませんが。命令に従うより楽な道が用意されているとは、思わない方が良いかと」

「そうか……」


 だが現実は、そんな無気力人間の味方にはなってくれなかった。


 もうよろしいですか? と、セブンスはお通夜状態の寝室を見回してから、現れた時と同じように風を纏い、跡形もなく消失した。

 セブンスが消えてから数時間、レージは顔を覆い俯いたまま、現実逃避に勤しんだ。

 だが幾ら逃避しても、現状が好転する道理はない。


 その夜レージは、寝室のメイドを一人残らず乱暴に使い尽くしたのだった。

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