第5章 第33話
尋常ではないサイズの双頭小狐の残骸を前にして泡を吹いていた件の少年は、通りすがりのパーティに救助され、無事にギルドへの帰還を果たした。
受付の職員に詰め寄り、四肢をいっぱいに使って戦況を表現する少年。擬音多めでお送りされるそのド派手なアクションに、経過報告を聞いていた紺色髪の好青年は、楽しげに口元を緩めていた。
背丈が足りないのか、木箱の上で背伸びをしているというのが、実に愛らしい。
興奮のためかぷにぷにほっぺを赤く上気させた少年は、助けてくれた二人組に、是非お礼がしたいのだと熱心に伝えた。
ギルド職員ということで中立的な立場で物事を見ていた青年は、二人組とやらの正体におおよその予測を抱きつつも、それが誰なのかを少年に伝えることは無かった。
「金髪で黒っぽい服の人と、白黒なお洋服を着たお姉さんがいたら、僕のこと話してください!」
ふすーと鼻息を漏らし、子供のように虚空へシュッシュッと腕を突き出す少年。打倒した瞬間を目撃することは、残念ながら叶わなかったが。巨大な魔物を葬ったであろう謎の二人組に、憧れのようなものを抱いているようだった。
昂ぶる心情に背中を押されふらふらギルドをうろついていた少年だったが、騒ぎ過ぎたのか、隅の方で酒盛りをする粗野な輩に睨まれてしまう。
気まずさと恐れに身を焦がされた少年。小さくなってギルドから飛び出そうとして、慌てていたこともあってか、丁度入ってきた冒険者のお腹に真正面からぶつかってしまった。
「――わっふ」
「うわー、ビックリしたー。いきなり飛び出して来たら危ないよー」
大して驚いてなさそうな間延びした声で少年を見下ろすのは、前髪で顔を隠した青年だった。
その後ろには、赤毛の者と緑髪の者も控えていた。どうやら三人パーティのようだ。
ペコペコと頭を下げながら、小さな少年はメカクレの青年に弁明する。
「すっ、すみません! 金髪で黒い服の人と、白黒な服を着たお姉さんのことを考えていたら、前を良く見てなかったんです!」
「あははー。前方不注意と頭の中身は全然関係ないかなー」
動転したのか、焦ったように余計なことを口に出す少年。彼が年少であるということもあったのだろうが、薄紫メカクレの青年は苛立つ様子もなく、にっこりと口元に弧を描いてみせた。
「レージくんはともかく、アリシアちゃんに見惚れるのは分からないでもないよー。君くらいの年齢と身長なら、もしかして、見せて貰えたんじゃない?」
指の毛すら生えていない年少の男の子に、下世話な問いをぶつけるメカクレ青年。緑色の青年から、軽く小突かれていた。
しかし当の幼気少年には、言葉の前半部分しか届いていなかった。
「お兄さん……。その二人のこと、知ってるんですか?」
「うん? レージくんとアリシアちゃんのこと? 勿論知ってるよ、そこにいるお兄さんたちなら、皆知ってるんじゃないかな?」
おーいと手を挙げ、掲示板の前で何やら密談している青年たちの輪に、飛び込んでいくメカクレ青年。
瞬間的にギョッとした顔を見せた密談青年たちだったが。薄紫メカクレの青年――ライと、友好な関係を育んでいた人々だったのか、間もなくライは彼らの中へ自然に溶け込んでいった。
「金髪で黒装束の奴と、モノクロ衣装の女の二人組ってのは俺らも聞こえてたけど……。本当に、レージたちのことか?」
「突然変異してめちゃめちゃでっかくなった双頭小狐を、一撃で葬った化け物らしいぜ。ようやく初心者抜けたばかりのあいつらには無理だろ」
「でも確かに、あんなデカい魔物を一撃で倒せるような奴が、このギルドにいたって話は聞いたことないしな……」
ついさっき運び込まれたばかりの双頭小狐の死骸を直接目撃している彼らは、少年の話が全くのデタラメではないのだろうなと、そう思っているのだろう。
「本当に、すっごく強い人たちでした! ドカーンってすっごい魔導使って、こーんな大きな魔物を一発でバコーンってやっちゃって! すごく、すっごく凄くて格好良かったんです!」
実際はその瞬間を見たわけではないので、彼の発言自体は、嘘と誇張に塗れた絵空事に他ならないのだが。事実その通りなので、荒唐無稽な与太話と切り捨てるわけにもいかないのが辛いところだ。
青年たちと交友関係のあるライを味方に付けた――と錯覚した少年は、ここぞとばかりに件の二人組がいかに優れた最高の冒険者であるのかを、子供ながらに意外と説得力のある口調で、一生懸命説明し始めた。
普通なら信じられないような事柄でも、証拠を目の当たりにすれば――肥大化した双頭小狐の死骸そして上級もしくは神級の魔導で作ったであろう傷口を視認したともなれば、もしかすると本当なのではないかと、そんな思いが鎌首をもたげてくる。
「そういえば、あいつらと一緒に依頼受けると、妙に珍しい素材が手に入ったりするんだよな」
誰かの発したその一言が、きっかけとなった。新人をからかう程度のものではあったが――密かに、幸運を呼ぶ初心者と呼ばれていたことが、裏目に出てしまったか。
レド、ラルド、ライのカラフル三人組は勿論。レージと共に戦場に赴いた冒険者たちは、自分たちが受けた恩恵をまるで己の自慢話の如く夢中で語り始めた。
巧妙に実力を隠し通し続けていたレージも、偶発的に遭遇する魔物に対してまで、どうこうすることは出来ない。
やがて双頭小狐を倒した謎の二人組より、共に赴き手にしたレア素材の話題で盛り上がり、本人のいない場所でレージの株がどんどん上がって行ってしまった。
最初こそ半信半疑だった冒険者たちも徐々にレージの隠された才能を認め始め、いつの間にやら、双頭小狐を打倒した謎の二人組はレージとアリシアに間違いないと、その仮説が正しいと太鼓判を押す者まで現れてしまった。
◇◇◇
「騒がしいな」
ギルドの隅を占領し昼夜酒盛りに興じる集団は歓談を止め、喧騒の場へ顔を向ける。
「あのレージとかいう金髪の野郎が、また何かやらかしたみたいですぜ」
「世間知らずの初心者が、いい気になりやがって」
「あ、あいつ、連れてる女、い、いやらしい。オデも、アレ、欲しい」
会話を聞きかじった男たちが、適当なことを喚き始める。
話題が気にくわなかったのだろう。ドッカリと腰を下ろした、些か年配の男は、苛立った様子で机の脚を蹴飛ばした。
反動で、幾つかの器が床に落ち、中身をぶちまける。机の角に器を乗せ、目立たぬように宴席に参加していた一人が、ビクリと身を縮める。
居心地が悪そうに腰かけるその男は、先日犯したとある失敗が原因で、集団での立場を完全に失ってしまっていた。
今誰かが機嫌を損ねれば、確実に自分がとばっちりを受ける――そう理解していた。
故に偉そうにふんぞり返った男が、ピンポン玉の如くギョロリと動く目ん玉で自分の姿を捉えた時点で、彼は既に全てを諦めていた。
――何の話をしているのか詳しく聞いて来い。
そう命じられた彼は、渋々頷き、喧騒の中へさりげなく入っていく。
暫し経過し――やがて姿を現した男の顔は、先ほどより余計に青ざめていた。
「今度は何をやらかしたって?」
「先ほど運び込まれた巨大な双頭小狐を倒したのは、奴――件のレージとやらかもしれないと、そのような話題でした」
震えた声で継がれたその言葉に、一同はドッと笑い声を上げた。
初心者にそんなことが出来るはずがない。流石に此度の功績とやらは、絵空事の域を出ない。
目立つためにそのような嘘を吐くとは、奴もついに落ちぶれたな――と。好き勝手に各々所感を口にしていた。
明らかに挙動がおかしい彼の反応にも気が付かず、ありえない話だと一蹴し、一笑に付す男たち。
同じように笑い飛ばせたらどんなに良かったかと、彼は沈鬱な表情で唇を噛む。
渾身の主張を戯れ言だと笑い飛ばされたことに、怒りとも悔しさとも似つかぬ歯痒い炎が胸の奥深くをチリチリと焼く。
痛みにも似た重量感を呼気とともに吐き出し、彼は震える肩を支え、真っ直ぐな眼差しで進言した。
「間違いなく、あいつです」
積年の恨みを思い出したように、彼は湧き上がる悔恨に総身をわなわなと震わせる。
「娼婦ローズ・プリムヴェラ誘拐の邪魔をしたのは、間違いなく、あいつです」




