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第5章 第31話


 鉄鎧栗鼠アルカリギュレの打倒そして素材回収という、とてつもないビギナーズラックで幕を開けたレージの冒険者生活は、スタート直後にこけるような失態に見舞われることもなく、順風満帆な生活を続けることが出来ていた。


 冒険者稼業を始めて数日が経過したが、とくに大きな問題は生じていない。

 初依頼で破格の報酬を手にした奇妙な新人がいると噂になりかけたが、その要因が鉄鎧栗鼠アルカリギュレの素材入手だと発覚した時点で、レージの話題が無意味に広まることは無くなった。


 耐久力の低い小型魔物を、初心者が持つ絶妙な力加減で偶発的に打倒したが故に、珍しい素材を手にすることが出来た。奇跡的な確率とはいえ、全く以て有り得ない現象とは言い難かったからだ。


 ひょうきんな先輩冒険者と行動を共にしていたというのも、大きな理由だろう。新人のために花を持たせてやったのではないかと、一部ではそんな見解を示す冒険者たちも存在した。


 自身の功績を他人のものと扱われることに不服を感じる者もいるかもしれないが。レージにとっての最優先事項は「余計なことをして、無暗に目立たないこと」であるため、そのように勘違いしてくれるというのは、彼にとっては僥倖だった。


 ここ数日は初日と同様、面倒見の良い先輩冒険者と共に依頼を受けるのがほとんどだった。


 鉄鎧栗鼠アルカリギュレを回収した新人ということで、通常よりかは知名度のあったレージに興味を持つ先輩が多かったということもあったのだろう。

 カラフル頭の三人組は勿論。純粋な親切心でサポートを申し出る者もいれば、どこかのメカクレ男子君よろしくアリシアの絶対領域に引き寄せられるように、下心満載で共闘を願い出る者もいた。


 だが基本的には良い人がほとんどで、初心者を演じるレージやアリシアに、基本戦術や実入りの良い依頼の選び方などを積極的に教示してくれた。

 事件や事故に巻き込まれることもなく、順調に日々を過ごしていた。


 問題と呼ぶほどではないが、僅かながら気に掛かることもあった。

 レージが依頼に出ると、何故か毎度のように――価値の高い所謂レアな素材が手に入ってしまうのだ。


 採取の依頼に赴けば、十年に一度一日限り花を開くという珍しい花卉を引っこ抜いてしまったり。手長兎ナスキーの掃討補助に参加した際に、鉄鎧栗鼠アルカリギュレ同様素材回収に難のある魔物を打倒してしまったり――と、その程度のさちではあるのだが。


 いくら実力があろうと、狙って出来るようなことではない。だがそれ故に、冒険者のイロハも知らぬ初心者でも、偶然が重なれば掌握することは不可能ではない、運が良いと表現するしかない現象が、レージの周りでちらほらと起きていたのだ。


 幸運の女神に微笑まれたのは、レージやアリシアだけではない。

 共に出陣した先輩冒険者も同様。レージとともに戦線へと赴いた冒険者は例外無く、何かしらの幸運を手にしていた。


 いつしかレージとアリシアは、幸運を呼ぶ初心者と密かに呼ばれるようになっていた。


 毎度のように価値のある素材を持ち帰るレージたちに対し、見当違いな難癖を付けてくる輩――ギルドの隅で酒盛りをしている粗野で下卑な輩だ――もいたが。

 初心者レージの出陣は基本的に、経験を積んだ先輩冒険者と共に行われることがほとんどであったため、それらの根も葉もない言い掛かりは、同行者である先輩たちが軽くいなしてくれていた。


 一度だけ、絡んできた輩がレージとアリシアを見るなり、青ざめた顔で震え上がり、意味不明な悪態だけ吐いてそのまま逃げるようにギルドから出て行ったこともあった。

 どこかで見たような顔のような気もしたが、激動の毎日に些細な記憶は洗い流され、結局彼が誰であったのか思い出すことは出来なかった。


 激動とはいえ、やっていることは毎日同じことの繰り返しだ。

 朝起きて、宿屋のパンをかじりながら露店市場で主菜副菜を探し、食べ歩きをしながらギルドへ赴く。簡単な依頼を先輩とこなし、報酬を分配。祝杯に誘われれば、断ることなく付いて行く。


 誘われなければ、残りは自由時間だ。その日の報酬を握り締め、ローズとのお手合せを楽しんだり、早めに宿に戻ってアリシアと二人きりの時間を満喫する。

 どっちにせよ、やってることは同じだ。娼婦とホムンクルスが相手では生産性がある行為ともならず、単に欲望を浪費しているだけになる。


 一時的に生きるための努力に目覚めたレージだったが、金と時間を手にした途端、またしても自堕落な――元通りの生活へ戻ってしまった。

 毎日ギルドへ赴き、冒険者としての役務をこなすことに関しては、進歩した部分だと言えなくもないが。

 退廃的かつ自堕落な毎日を消費していることに違いはない。

 前世のような娯楽もない。夜という名の暗黒は、漠然とした寂しさを連れてやってくるもの。魔性の月光は寂寞を照らし、衝動を掻き立ててしまう。

 レージとアリシアは、痺れる疲労と妖しい宵闇の呪いに当てられ、今まで以上に仲良くなってしまった。




 ◇◇◇




「思ったより、早く終わりましたね。レージ様」


 依頼を終えたレージとアリシアは、帰り支度を済ませ、樹林の中を肩を並べて歩いていた。


 初心者扱いされていた頃とは異なり、今では二人きりで依頼を受注することも多くなっている。

 本日の依頼――樹林に生えるキノコを出来るだけ多く集めてくるというものだ――も、先輩冒険者の手を借りることなく、アリシアと二人で受注し、無事達成の見込みを得た。


「採取の依頼も楽しいですね。赤とか青とかピンクとか、可愛くて綺麗なキノコがいっぱい集まりました」


 大事そうにバスケットを抱えるアリシアは、重くなったそれを眼下に映し、満足気にレージを見上げた。


 その表情には、僅かだが喜びや興奮に類似した感情が見え隠れしている。クールな雰囲気を醸し出すグレーの瞳も、感情を灯せば少女のように健気な気持ちを見事に表現する。

 無表情なアリシアも充分魅力的だが、喜怒哀楽を浮かべる彼女も素敵だ。


「本当は討伐依頼の方がアリシアには適しているんだろうな。剣を振り回す機会の少ない採取依頼は、アリシアには少し物足りないんじゃないか?」

「いえ、そんなことありません。レージ様と一緒に、こうしてまったりと日中を過ごすことが出来るのは、わたしも嬉しいです。……もう少しこの辺りを散策出来たら、楽しいなって思います」


 バスケットの中には、カラフルなキノコがギュウギュウに詰められている。「競争です」とか言いながら、率先して――レージより先にキノコを見つけては、楽しそうに笑っていたことを思い出す。


 木漏れ日に照らされ肩を並べて歩く二人の姿は、ピクニックの帰りにも見えなくはない。

 依頼自体は達成したも同義だが、急いてギルドに戻る必要もない。彼女がそう言うのなら、少し遠回りをして優雅に森林浴と洒落込むのも良いかもしれない。


「向こうの方に小さな湖があったはずだから、少し休憩して行こうか」


 パッと花が咲くように顔を輝かせ、アリシアは嬉しそうに頷いてみせる。

 日差しを受けて穏やかに光る銀髪が眩しい。遠慮がちに伸ばされた手が触れ合い、温かな接触が弾ける。


 離れないように、メイドの手を握り締める。じわりと広がる温もりは、皮膚の下に血が通い生命を脈動させているような錯覚を生む。

 指先の微かな震えや、手を握った時にほんのりと頬が染まる――そんな仕草。彼女の見せる反応の一つ一つが、人工物とは思えぬ、天然の温もりを浮き彫りにさせるのだ。


 最近、アリシアから所謂「人間味」のようなものを感じることが、明らかに増えていた。

 今までも極稀にそのような疑念を抱くことはあったが、それらとは段違いな変化だ。


 僅かながら表情は豊かになり、声音や仕草に、天然の色香のようなものが感じられるようになった。

 思い違いではないかと、そんな風に思ったこともある。だがこうして触れ合っていても、過去との差異は歴然だ。


 指先の触り心地、素肌同士を重ねた時の感覚。口から漏れる吐息は勿論、傍にいる時に生じる――感じるはずのない、微かな体温。匂い立つような、蠱惑的な色香。

 アリシアを構成する様々な部分が、彼女が「作られたモノ」であることを否定し、生命の迸りを訴えてくる。

 彼女がホムンクルスであることを、時々忘れそうになってしまうほどだった。


 そしてそれと同時に、レージの中に言葉にし難い“熱”のようなものが、じわじわと湧き上がるのだ。

 久方振りにせり上がった熱い気持ちに、レージは名前を付けることが出来ない。もしくは心のどこかで、これはおかしいことなのだと押さえつけ、分かりきった正解をあえて遠ざけんとしているのかもしれない。

 人工物に対してこのような感情が芽生えることを、無自覚に拒んでいるのかもしれなかった。


「どうかしましたか?」


 思わず見惚れていたからだろう。銀髪のメイドさんは、主の視線に気が付き、不思議そうに首を傾げる。

 視線が交錯し、湧き上がる感情に押されるように胸が高鳴ってしまう。恋慕に似た“何か”を親愛で覆い包むように、レージはメイドの頭にポンと手をやって荒れ狂う心情を誤魔化す。


「いつ見ても可愛いな、お前は」

「……レージ様ったら、もう」


 人形を可愛がる延長線で、アリシアへの想いを紡ぐレージ。

 熱を帯びた頬に手をやり、湖に到着したら顔でも洗うかとそんなことを考えていた最中のことだった。

 圧倒的な殺気が近くより怒涛の瘴気と化し、二人のもとへ押し寄せてきた。遅れて訪れてきたのは、声変わり前の少年を彷彿とさせる、子供らしい悲鳴。

 ただならぬ雰囲気に、レージとアリシアは二人同時に立ち止まってしまう。目的地である湖を目前にして、二人の関心は殺気と悲鳴とが織り成す協奏曲コンチェルトに引き寄せられてしまった。



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