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第4章 第25話


「そういえば、自己紹介がまだだったね」


 ギルドを出てから暫し歩き、町のメインストリートへ抜けた辺りで、赤毛の熱血君が思い出したようにそんなことを言った。


 大通りということもあって、行き交う人の数は多い。レージたちと同じ、冒険者だろうか。軽く武装した人々が、剣や杖を片手に談笑しながら歩いている。

 今日こそは俺がお前より何匹多く狩ってやるだとか、それに対して幾ら賭けるかとか、そのような会話だ。


 彼らからは、死地に向かわんと決意した者の悲壮などが感じられない。まるで、ちょっくら罠に獣がかかってるか見に行ってくらあとでもいうような、軽い足取りだ。

 この町を訪れるとき、そばの樹林を抜けたが、所謂凶悪な魔物だとか、伝説の飛竜だとか、危険な種族に類する魔物を見かけることは無かった。

 魔物の発生数は多いらしいが、基本的には安全な町なのだろう。


「オレは、レドヴィルっていうんだ。気軽にレドって呼んでくれたら嬉しい」

「僕はラルド。よろしく頼みます」

「ボクはねー、ライラックって言うんだー。レドと同じく、ライって呼んでくれて良いよー」


 赤色がレッドで、緑色がエメラルド。そして薄紫がライラック。中々素直なネーミングをしていたが、三人同時に名前を憶えられる自信が無かったので、レージは笑顔で誤魔化した。

 今日だけなら何とか持ちそうだが、日を跨いだら忘れそうだなとレージは思った。


「俺はレージと言います。こっちは、メイドのアリシア」

「よろしくお願いします」


 虫除けも兼ねて、『メイド』の部分を少し強調して紹介する。アリシアは足を止め、姿勢良く深々と腰を折った。


「へぇー、アリシアちゃんかー。かわいい名前だねー。ねね、アリシアちゃんは冒険者になる前は、どんなお仕事してたの? この町に来て間もないってことは、今は宿暮らし? どの宿に泊まってるの?」

「ライってば、失礼ですよ」


 キャピキャピした仕草でずいとアリシアに肉薄し、突っ込んだ質問を機関銃の如く連射するライラックこと薄紫メカクレ君。

 それをラルドこと緑髪眼鏡君が引き寄せ、たしなめる。


 アリシアはそれを、無感動な眼差しで眺めていた。戦闘用ホムンクルスである彼女は、初対面の異性に興味を持たれていることに、気が付いているのだろうか。

 それ以前に、人間同士の掛け合いやからかい合いを、彼女はどのように感じ、どのような気持ちで眺めているのだろう。

 ホムンクルスである、銀髪メイドの瞳に映る世界。レージたちからは想像の付かぬ、全く違った景色が見えているのかもしれない。


「アリシアちゃんって、クールなんだね。ボク、大人しい女の子も結構好きだよ。美人に冷たい目で見下されるのって、何かこう、クルものがあるよね」

「真っ昼間から何を言っているんです! あ、アリシアさんも困っているではありませんか」

「二人ともほどほどにしとけよ。もうすぐ、町から出るからな」


 薄紫メカクレ君(ライラック)緑髪眼鏡君エメラルドとの男子トークに、赤毛熱血君レドがリーダーらしく終止符を打たせる。

 二人はそれからもコソコソと何か言い合っていたが、周囲の喧騒にかき消され、聞きとることは出来ない。


 騒がしくてすみませんと、赤毛熱血君が照れ臭そうに笑顔で謝る。賑やかで良いことじゃないですかと、レージは三人の名前を脳内で反芻しながら、意識の外で答えた。




 気が付けばメインストリートを抜け、レージがこの町に来て最初に潜った――申し訳程度に建てられた門の前まで辿り着いていた。


 門に備え付けられた見張り台は、今日も無人だ。空っぽの高台の下を潜り、カラフルな頭をした五人組は町を出て樹林へと向かう。

 レージがこの町に来るために通った樹林だ。木漏れ日に照らされた新緑の絨毯は、朝露の残滓を宝石のように輝かせていた。


「今日は掃討補助の冒険者が多いね」


 赤毛熱血君の言う通り、樹林周辺には軽装の人々が多く存在していた。皆一様に、己の獲物を振りかざし、腕の長い兎や円らな瞳をしたリスを捉え、串刺しにしている。

 中には小型のナイフめいた刃物を取り出し、死骸を解剖している者もいる。遠目に観察してみたが、一朝一夕で何とかなりそうな技術では無さそうだ。


「解体の技術でしたら、ライが良い腕を持ってるので心配ありませんよ。レージくんの倒した分も、素材だけにしますから」

「えへへー、すごいでしょー。逆にレドは、こーいうの全然出来ないんだよ」

「解体なんて面倒なことをする時間があれば、それだけ多くの魔物を打倒すれば良いだけ! オレには、そんな技術は必要ないのさ!」


 薄紫メカクレ君の辛辣な煽りに、脳筋発言でドヤるレドこと赤毛の熱血君。さりげなくディスられていることに、彼は気が付いていないのだろうか。

 ともあれレージもレドと同じことを考えていたので、何も言うことが出来なかった。




 ◇◇◇




 他の冒険者たちの邪魔にならぬよう、今回の掃討補助は樹林の奥で行うことに決まった。


 初心者の練習も兼ねているのだから、妥当な判断だろう。

 本来の実力を見せつけるなら、一撃でこの辺一帯を灰にすることも不可能ではない。

 だがそんなことをすれば、問答無用でセブンスに冥界と現世の狭間へと連れ戻され、邪神の用意した地獄の如く熾烈な生活へと引きずり込まれてしまう。

 あくまでレージは、初心者の冒険者。戦うことに慣れていない、一般人に毛が生えた程度の実力しか持っていない設定だ。


「掃討補助は、正直言ってあまり儲からない作業だからね。普段はもっと少ないはずなんだ。ある程度実力のある人なら、キチンとした依頼を受けた方が金になるから」

「具合の良い依頼が無かったのかもしれませんね。まあ、双頭小狐ゾッケ手長兎ナスキーもちょっとやそっと狩っただけではどうにもならない種ですから、狩り尽くしてしまう――ということにはならないはずです」


 赤毛熱血のレドと緑髪眼鏡のラルドは、周囲を警戒しながら奥へ奥へと進んでいく。


 レドは剣士だった。普段から前衛を任されることが多いのだろう。慣れた足取りで辺りを見回し、無駄のない動きで俊敏に歩を進めて行く。

 赤毛の熱血野郎が後方から魔導を撃ち込む光景は、想像するとシュールである。彼が剣士というのは、見た目から推察されるイメージ通りだった。


 ラルドは、手に持った武器から察するに、魔導師のようだ。時折遠距離に見つけた魔物に向けて、中級程度の魔導を撃ち込んでいる。


 レドと比較して、足元がややおぼつかない。初心者を護っているという緊張で、普段の実力を出せずにいるのか。それとも普段は後衛を任されているのに、誰か(・・)の我儘で無理矢理前衛に駆り出されているのだろうか。


「だいじょーぶだよー。後ろはボクに任せて。どんな強い敵が現れても、ボクがパパッとやっつけちゃうんだからー」


 片手に小型の鉈のような武器を持ち、もう片方の手はいつでも魔導を発動できるようにと遊ばせてある。ラルドと同様遠距離から魔導を撃ち、いざとなったらレドが取りこぼした魔物を打倒する――遠距離と近距離の双方を任された(悪く言えば、両方中途半端に極めているだけだが)戦い方をしているのだろう。


 想像するに、普段は赤毛のレドが前衛、緑髪のラルドが後衛で、薄紫メカクレのライが臨機応変に立ち回るのが慣例なのだろう。――本来は。


「ライ! やっぱりいつものフォーメーションをとった方が良いんじゃないか? 掃討補助とはいえ、想定外の魔物が乱入する可能性だって皆無ではないんだからな!」

「えー、だいじょーぶだってばー。レドとラルドは、安心して前衛やってて平気だって」


 何故彼が頑なに後衛を引き受けようとしているのかと言えば、簡単なことで、彼はどうしてもアリシアの背後をとっていたいからだ。


 言葉を選ばず率直に言うなら、アリシアが双剣を取り出す瞬間――つまりスカートが捲られ乙女の秘密が明かされる展開を、今か今かと待ち侘びているというわけだ。


 露出したその他の部分から察するに、前髪に隠れた素顔は中々に整ったものだろうと思われるのだが。曝け出す肉欲は恐れを知らぬ思春期男子のそれと同様、露骨な態度として彼の変態性を浮き彫りにしている。

 男の子として当然の欲求だと安易に片付けるには、その執念深さが地味に恐ろしい。


「剣を使うのは、控えた方がよろしいでしょうか」

「その方が良いだろうな。もしどうしても必要なら、合図してくれ。偶然を装って、奴の視界からアリシアを消してやる」


 大袈裟なことをせずとも、剣を取り出すその瞬間だけ、さりげなく彼女の背後を通れば良いだけだ。そのような馬鹿馬鹿しい所業に出ずに済むことを、レージは切に願う。

 戦闘用ホムンクルスに羞恥の感情があるかどうかレージは存じ得なかったが、メイドをそのような目で見られることに、何となく胸の奥がチクリと痛むのだった。


「今度は二人きりで来ような」

「……はい、レージ様」


 何となしに身を寄せ合い、互いの存在を確かめるように手を伸ばし合ったのだが。

 後方より降り注ぐ熱視線が気になり、指先が織り成す密かな逢瀬は果たされなかった。



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