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第4章 第24話


 先ほど遭遇した粗野な輩に目を付けられたのではないかと、殺気に塗れた警戒心を漂わせていたレージだったが。目の前に広がった光景に、レージは拍子抜けしてしまう。


 レージを呼び止めた青年たちは、真昼間から酒盛りをしていたさっきの男たちと、あらゆる箇所が違っていた。


 清潔感に満ちた風体。人好きのする爽やかな笑顔。そして端正な顔立ち。髪色も鮮やかで、日差しを受けて玲瓏に艶めいている。

 男のレージですら、思わず見惚れてしまうレベルの容姿。整った顔立ちと異界的な髪色も相まって、二次元の世界から飛び出してきたのではないかと、一瞬錯覚してしまいそうになる。

 冒険者というよりかは、女性向け恋愛ゲームに登場するモデルやアイドルのようだなと、そっち方面には疎いレージなりに、そんなことを考えた。


「俺たちに、何か用でしょうか?」

「君たち初心者さんだよね? ハハハ、大丈夫さ。別に驚くことはない。受付での態度や仕草を見ていれば、君たちがこういうところに慣れていないというのは、すぐにでも分かることだからね!」


 会話が成立しているかどうか微妙な返答をしつつ、赤毛の熱血君は、腰に手を当て胸を張り少年のように高らかに笑ってみせた。

 そんな彼に、訝しげな視線を送っていたからだろう。隣に控えていた緑色の冷静眼鏡君が、やれやれとでも言うように、クッと眼鏡を直しながら真っ直ぐにレージを見据えた。


「うちの熱血馬鹿がすみません。ですが、少々気になることがありましたので、声をかけずにはいられなかったのです」


 赤毛の熱血君とは打って変わって、至極冷静な声音で凛然と紡ぐ緑眼鏡君。しかし結局、疑問の核心には触れてくれない。

 先ほどの粗野な連中とは別の意味でヤバい奴らなのではと現況を危惧したところで、初対面での発言が一番常識外れだった薄紫髪のメカクレ男子が、ダボついたローブを振り回しながら、間延びした声を出した。


「さっきさー、ギルドの中で、危ない人たちとガン飛ばし合ってたでしょー? ボクたち、あれ見てすごくびっくりしちゃったんだよねー」


 男子にしては柔らかくぷにっとした頬を楽しげに動かし、小さなお口でキュッと弧を描く薄紫のメカクレ君。どういうことかとレージが再度疑問をぶつけるより先に、今度は赤毛の熱血君が、顎に手を当て真面目な顔で語り始めた。


「あいつらには関わらない方が良いよ。ギルドの一角を占領して、昼間から酒ばかり掻っ喰らうような奴らだ。冒険者の風上にも置けない、不真面目極まりない奴らだ。関わって、身になることはないと思う」


 正義感に満ちた面差しで、レージを見つめる赤毛の熱血君。やはり先ほどの連中は、冒険者たちからも疎まれ嫌われる存在だったのだろう。


 状況を良く理解していなさそうな余所者が、ギルド公認の危険人物と目線で喧嘩を始めようとしていた。このまま取り返しのつかないことになる前に、先輩としてキチンと忠告しておかなければと思ったのだろう。


「そのために、わざわざ追って来てくれたんですか?」

「後輩を助けるのも、先輩冒険者として必要なことだからね! オレもこの町で初めて依頼を受けた時、先輩に色々教わったんだ!」


 何でもないことだとでも言うように、赤毛の青年は、少年のようなキラキラした目を真っ直ぐに向ける。

 純真さを映したような灼熱の眼差しには、邪心や悪感情めいたものは些少も灯っていない。純粋に、無知な後輩を助けてあげなければならないという正義感だけで、追って来てくれたのか。

 もしそれが事実なら、些かお人好し過ぎはしないかと、レージは思った。


「ありがとうごさいます。助かりました」

「冒険者同士、助け合うのは当然のことさ! ――と、そのついでと言ったら何だけど、どうかな。もし良かったら、今回の依頼はオレたちと一緒に行かないか?」


 急速な話題の転換に、思考が付いて行かない。

 この町の決まりや常識を知らぬ新人ニューカマーのために、危険人物と関わらぬようアドバイスしてくれたことまでは、まあ理解出来る。

 根が優しく、正義感に満ち溢れた青年なのだろう。

 だがそれで、どうして一緒に依頼を受けないかという話にまで飛躍するのだろうか。


 そもそもレージたちは、依頼を受注したわけではない。ギルド周辺に蔓延る魔物――繁殖力の高い害獣とでも言うべきだろうか――を、適当に打倒しに来ただけだ。

 レージにとっては、散策ついでにゴミ拾いをするのと同義。そこまで大事にするようなことではない。


 面倒見の良い先輩なのかもしれないが。流石にここまで突っ込んでくるのは、やり過ぎでは無かろうか。


「お気持ちは有難いんですが、依頼を受注したのではなく――小型魔獣の掃討補助に参加するだけなので、ご心配戴くほどのことは起きないかと……」

「地理も不確かな初心者二人では、不便なことも多いだろう! 冒険者稼業では、どんなに慎重になっても、万が一ということもあるし。今日はオレたちも、双頭小狐ゾッケなんかを適当に狩りに行こうと思っていたところだから、丁度良いんじゃないかと思ってね!」

「この辺りは魔物の数も多いので、人数は多い方が安全だと思います。もしご迷惑でなければ、ご一緒させて貰っても良いでしょうか?」

「せっかくだから、一緒に行こうよー。良いでしょ? またさっきみたいに、ボクの前でスカート捲ってくれたら嬉しいなー。今度はパンツ見せてね」


 逆恨みされないようレージなりに懸命に言葉を選びつつ、丁重にお断りしようと目論んだのだが。赤毛君どころか冷静眼鏡君や薄紫メカクレ君にまで、同行する意義を語られてしまった。

 最後の一人は、欲望に忠実に生きているだけのようでもあったが。


 悪い人では無さそうだし、裏が有りそうだとは到底思えない。

 純粋にレージを慮ってくれているが故の提案なのだろう。

 煮え切らない態度のレージに、思うことがあったのか。穏やかな笑みを湛えた冷静眼鏡君は、黒縁の眼鏡をくっと指で押し上げ、レージのもとへ一歩踏み出す。


「僕も新人時代に経験したことですが。魔物というのは鈍間に見えて、意外とすばしっこいものです。取りこぼしを追っている内に、いつの間にか仲間が集まり、包囲されていた――なんてこともザラです。小型の魔物とはいえ、魔物には違いありません。甘く見ていると、思わぬ場面で足をすくわれたりしますから。――新人が出しゃばるなとか、そんなことを言うつもりもありません。これも何かの縁です。せっかくですし、一緒に参りませんか?」


 それに――と、緑髪の冷静眼鏡君は、過去を懐かしむような目でアリシアのことを見やった。

 彼女の着込んだメイド服を眺め、慈しむように瞳を細める。


「もしかすると、貴方(・・)と僕は深い関わりがあるかもしれませんから……」


 懐古に浸りながら、ロマンチックな口説き文句を継ぐ冷静眼鏡君。彼がロックオンしているのは、隣にいる金髪の男(レージ・クラウディア)が生み出した人造人間ホムンクルスなので、過去に出会った思い出などあるはずがない。

 最下層まで記憶を掘り起こしても、感動の再会など起こりえないのだ。


 ともあれレージは、余計なことを言うつもりは無かった。和やかな雰囲気に水を差し、ぶち壊す趣味はない。

 魔王の住居を護衛するために生み出された従順な戦闘用ホムンクルスが、上辺だけ飾っただけの言辞で心を揺さぶられるはずがないという、確信めいた信頼もあったからだ。

 主の目の前でメイドをナンパされるのは、あまり良い気分はしないが。


「初対面の女の子をいきなり口説くなんて、だいたーん」

「く、口説くなんて、そういうつもりでしたわけではありません。大体、初対面で失礼なことを言ったのは、僕ではなく君の方でしょう!?」

「えー、そんなこと言ったかなー」

「言ったじゃないですか! 彼女のその、パ――パっ、し、下着をその、下着を…………み、見たいと」


 少しずつ小さくなっていく言葉尻に、けしかけた張本人である薄紫メカクレ君はニマニマと口元に弧を描いている。

 ゆっくりと顔を赤く染め上げ、ぷいと顔を背けてしまう冷静眼鏡君。ボソボソと口の中で囁いていたが、最後の方は、ほとんど聞きとることが出来なかった。


 そんな漫才めいた二人の掛け合いを尻目に、赤毛の熱血君はレージの元へ歩み寄った。


「こんなオレたちだけど、邪魔にはならないと思うんだ。これから同じギルドで過ごす仲間としても、交友を深めるには良い機会だと思うから」


 真っ直ぐに差し出された手を、反射的に握ってしまう。この世界でも、握手は友好の証になるのだろうか。


 幼気な少年のように、屈託のない笑顔で白い歯を見せる赤毛の青年。

 裏表の無さそうな純真な心を前にして、レージは暫し逡巡する。


 断る必要はない。むしろ先輩のお誘いを振り切ったせいで、取っつき難い奴というレッテルを張られてしまうかもしれない。

 変わり者だと思われることに抵抗はないが、それが原因で余計な恨みを買うのは避けたい。


 この町のギルドは、そういうものなのかもしれない。新人の面倒を見るのは、先輩の務め――のような。郷に入れば郷に従えとも言う。今回はお言葉に甘えて、即席のパーティを組むのが得策かもなと、レージは固い握手を交わしながらそんなことを思案していた。


「……では、せっかくなのでお言葉に甘えるということで。よろしくお願いします」


 そうこなくっちゃと、赤毛の青年は心底嬉しそうにレージの手を両手で握り返してきた。


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