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第4章 第23話


 レージは基本的に、何をするにしても説明書を事前にキチンと読まないタイプの人間だ。

 素人判断で重要そうだと思われる箇所にザッと目を通し、後々エラーメッセージが出る度に、書籍の栞代わりにされた説明書を改めて手に取る――とそんな具合。長い目で見れば、逐一解説書を引っ張り出す方が面倒だろう。


 利用規約もろくに目を通さないレージは、その悪癖が原因で怖い思いをしかけたことが何度もあった。

 過去の失敗など塵芥じんかい程度にしか考えず、後悔を未来に活かす気概など全く以て保持していないレージだったが、流石に今回は、せっかくの説明を聞き流すような真似はしなかった。


「――――説明は以上になります。何かご質問がありましたら、遠慮なくどうぞ」

「そこまで厳しい規約はないんですね」

「ええ、魔物の多く生息する地域ですから。ギルドが責任を取らない代わりに、自由な個所が多いですね。ギルド外で起きた冒険者様方同士の問題には、一切介入することはありません」


 だから違法滞在者エイリアンが後を絶たないんだろうなとレージは思ったが、口には出さない。


 人手不足で働き手が欲しいからと管理を曖昧にすると、いつの間にか掟破りのチキンレースが開催され、こういうことが罷り通るようになるのだ。

 いずれ取り返しのつかない問題が勃発するに決まっている。

 数十年――十数年もすれば、きっと厳しく取り締まるようになるのだろう。


「思ったより長居しちゃったな」


 気が付けばレージの後ろにも、職員の応対を待つ冒険者の列が出来ていた。

 行列の一番前では、長身の女剣士がムスッとした顔で仁王立ちしている。鋭く細められた目でアリシアを睨みつけた女剣士はそのまま目線をレージへと動かし、途端きょとんとした顔になった。


 あまりジロジロ眺めるのも、良くないことだろう。余計な争いは避けたい。喧嘩になっても困るので、レージは受付に背を向けギルドの出口を目指す。


 向かう最中、受付の方から高く甘えるような声音が聞こえた。恐る恐る振り返ると、腰を振りながらキャピキャピオーラを放つ、さっきの女剣士の姿が目に入った。


 アイドル顔負けの猫なで声を出す、色気の欠片もない筋肉質な女剣士。どうやらお気に入りの職員と長話をしていたアリシア――彼女は相槌を打つ以外、ほとんど喋っていなかったが――に、嫉妬していたようだ。


 レージに敵愾心を見せなかったのは、男性はノーカンということなのだろう。だが長話していたのはアリシアではなくレージなので、アリシアに怒りの矛先を向けるのはお門違いも甚だしい。


「気にするなよ」


 嫌な思いをしていないだろうかと、アリシアの肩に手を置き小声で囁く。

 銀髪ツインテールを揺らすメイドさんは、気にしていないとでも言うように、コクンと静かに首肯した。


 ――と、アリシアにささやかなボディタッチをしたせいだろうか。ギルドの隅で酒盛りをしていた男たちが、ジロリとレージに鋭い眼差しを送ってきた。


 自然な風を装い彼らを視界に入れたレージは、その風貌に思わず顔を顰めかける。

 身なりで人を判断するのは良くないことだとは分かっているが、流石のレージでも、一見しただけで彼らが危ない連中だということは理解出来た。


 ガラの悪い輩というのを絵に描いたような風体からは、清潔感が欠片も感じられない。

 充血し飛び出たように見える両目をキョロキョロ動かしながら、無精髭に塗れた顎をボリボリ掻く者。周囲への迷惑も考えず、喉の奥が見えるほどに大口を開け盛大に笑う者。こちらに背を向けている者もいるため、全体像を窺い知ることは出来ないが。――彼らも、冒険者なのだろうか。


「ローズさんと初めてお会いした時のことを思い出しますね」

「ああ、確かに。……あそこまでヤバそうな顔してたかどうかは覚えてないけど」


 雰囲気は似ているような気はするが。あそこまで狂気に満ちた佇まいはしていなかったように思える。

 酒に酔っているせいで、必要以上に恐ろしく見えるのかもしれないが。

 あの時はレージも、娼婦ローズに見惚れていたので、惨劇の現場をそこまで鮮明に覚えているわけではないのだ。


 過去の記憶を手繰り寄せていたからだろう。数秒ほど無意識に硬直していたレージは、粗野な輩の一人とバッチリ目が合ってしまった。


 酒席での歓談に馬鹿笑いをしていた彼は、ゆっくりと瞼を落とし目を細めた。泥沼に足が沈むような、ねどっとした動作。気怠さとは異なる怠惰な所作に、不快感と不安感をごちゃ混ぜにしたような情感がせり上がってくる。本能が危険を察知し、レージは即座に視線を逸らす。

 暫しレージを見やっていた輩は、興が削がれたとでも言うように汚らしく唾を吐き、釈然としない表情を浮かべつつも宴席の談笑へ戻って行った。


「嫌な感じだ」


 誰に言うでもなく感想を零し、レージはアリシアを連れ、冒険者ギルドを後にした。




 ◇◇◇




 紺色髪のイケメン職員に、色々説明を受けたが。

 ざっくり言うと、魔物を倒して素材を持って帰れば、ギルドから報酬が貰えるということだ。


 持ち帰るのは、魔物の死骸――全身でなくても構わない。必要な素材だけを切り落とし、それをギルドに提出すれば良いのだ。

 魔物の解体が出来なければ、死骸をそのまま持って帰って来れば、別途料金はかかるが――ギルドの方で素材へと加工してくれるらしい。


 解体料が報酬を上回ることもあるのかとジョークを言ったら、イケメン職員は「大丈夫ですよ」と笑顔で答えてくれた。


「解体に関しては技術も知識も持ってないから、必然的に解体費用は支払うことになるんだろう。まあ多分実際は、死骸そのままで持ち帰るより、素材にしてから提出した方が報酬が高くなりますよ――って意味なんだろうけど」


 規定の依頼と比較して、討伐数に対する報酬は格段に低い。それでも買い取って貰えるだけ良心的だろう。


 この町に来るまでの道中、腹の足しにしようと適当な魔物を仕留めて過ごしていた。はっきり言ってしまえば、元魔王のレージや戦闘用ホムンクルスのアリシアにとって、目標の討伐はとてつもなく容易い事象だ。


 言葉通り朝飯前――朝飯のために、奴らを狩って生活していたくらいである。適当にゴミ拾いをして、それを定価で買い取って貰えると考えれば、何てことはない。面倒臭がりのレージも、俄然やる気が出るというものだ。


「それにここ周辺の魔物は、初心者でも問題無く倒せる程度の低い魔物ばかり。常軌を逸した数の死骸を持って帰るようなことさえしなければ、無駄に目立つこともない。疲れたからと言って休憩しても、誰にも咎められない。完璧だ」

「レージ様にピッタリの任務ですね」

「アリシアも、久しぶりに暴れられるのは嬉しいだろう?」


 戦闘衝動に駆られた銀髪メイドは、スカートを捲り上げ、太腿に括りつけた双剣を見やる。無感動な表情はそのままで、薄く口元に笑みが浮かぶ。


「久しぶりの戦闘……。燃えたぎります」


 カチャリと音を立て、双剣を抜き取ろうとしていた刹那。後方に気配を感じたレージは、アリシアの手によって捲られたスカートをすぐに元の状態へ戻した。


 さっきの奴らが付いてきたのだろうかと、殺気の籠った警戒を放つレージ。盛る感情を表に出さず努めて冷静を装い、レージは軽やかな身のこなしでアリシアを護るように振り返った。


 しかし眼前に広がった光景は、レージの想像とは大分かけ離れたものだった。

 彼の前に現れた人間の数は三人。


「ゴメンゴメン、いきなりで驚かせちゃったかな。オレたちは別に、怪しい者じゃない。だから、安心してくれ!」


 一人は、燃え盛る業火のように混じり気のない、真紅の髪の青年。


「その言葉こそが怪しいということに、うちの熱血野郎は気が付かないようですね。僕は心底ガッカリです」


 もう一人は、黒縁の眼鏡めいた装飾を鼻に乗せた、緑色の髪の青年。


「お姉さんったら、大胆だねー。もー少しサービスしてくれたら、パンツ見えたかもしれなかったのに。残念だなー」


 最後の一人は、完全に両目を隠す長さまで前髪を伸ばした、薄紫色の髪の青年。


 カラフルな髪色をした三人の美青年が、レージとアリシアの前に集結していた。



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