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第4章 第22話


 前にも一度説明を聞きに訪れていたため、迷うことなく――無事、冒険者ギルドに辿り着くことが出来た。


 木製の扉を軋ませ、建物の中へ入る。刹那的に視線が集束するが、さしたる興味を見出すことは無かったのか、それらはすぐに散り、流れるように自然な動作で各々通り過ぎていく。


 周囲をキョロキョロすることもなく、レージはアリシアを従え、受付まで行く。カウンターのように並んだ受付には三人の職員がいたが、その内二人――両方とも胸の大きな女性だった――は、筋肉質な男性を相手に何やら話し込んでいた。


 人を身なりで判断するのは良くないことだが、好色そうな男性だなというのが、レージの率直な感想だ。鼻の下を伸ばし自慢げに腕を曲げる筋肉質な男性から視線を剥がし、レージは唯一手透きの男性職員の前へ歩を進めた。


「いらっしゃいませ。ようこそ冒険者ギルドへ」


 ――とは言わなかったが、応対してくれたギルド職員は、そんな雰囲気の男性だ。紺色のかった黒髪をワックス――のようなお洒落用品が存在するのかは知らないが――で遊ばせた、一目で好印象を抱かせる爽やかな好青年イケメンだった。

 元の世界なら、都会のファストフード店でアルバイトをしていそうだなと、レージは思った。


「依頼を受けたいんですが、どうしたら良いのか分からなくて」

「初めての方ですね、畏まりました。それでは、身分証の掲示をお願いしてもよろしいでしょうか。すぐに登録致しますので」


 堂々と、先日手に入れた身分証を提示する。アリシアも同じように、自身の身分証を手渡した。

 入手の手段こそ褒められた所業ではないが、改めてこの世界の一員として認められたようで良い気分だ。


 受付の職員は切れ長な瞳をにこやかに細め、二人の身分証をじっくりと眺める。そして、「おや?」と口の中で小さく呟き、眉を顰め首を傾げた。


「……あれ、既にこの町の冒険者ギルドに登録済みになってますね」

「旅の者でして、先日書き換えを終えたばかりなんです。この町で依頼を受けるのは初めてなので、どのようなものなのか知りたくてですね」

「そういうことでしたか。書き換えの際、係の者からのご説明はありませんでしたか?」

「ええ、細かい説明は特には――」


 そもそも実際には旅の者ではないし、レージが行ったのは合法的な範疇で進められる書き換えではなく、律法に真っ向から背く違法発行である。キチンとした手順を踏んでいないレージが、説明を受けているはずが無かった。


 怪しまれただろうかと少し不安になったが、応対している職員は人好きのする表情で口角を上げ、手元の紙にサラサラと何かを書き始めた。


「書き換えの場合、省いちゃう方もいるんですよねー。元の居住区でも冒険者をしてらした方が相手だと、特に」

「そうなんですか」

「ええ、中には『同じことを何度も説明するな』とか『それは前のギルドで聞いたから知っている』とか言う方もいましてね。基本的には書き換えの際に説明するのが決まりなのですが、そういう方に多く当たっちゃった職員だと、聞かれたことにしか答えない――ということも稀にありますね」


 どこの時代、どこの世界にもクレームめいた注文を付ける輩はいるんだなと、レージは面倒くさそうに鼻息を漏らす。

 まあそのおかげで、不自然なく無知を誤魔化すことが出来たが。


「ですがまあ、他のギルドさんと大差はないと思いますよ。そこの掲示板に依頼を張っていますので、受けたい依頼があれば受付に持ってきて貰えれば、こちらで処理しますので」


 職員の指さした先では、木製のボードが壁にかけられ、ペタペタと様々な紙が張られていた。


 魔族だろうか。青黒い肌をした三つ目の男性が、ピンポン玉のような瞳をギョロリと動かしながら、難しそうな顔で掲示板とやらを眺めている。


 遠目に見た感じだと、採取や害虫駆除の依頼が多いようだ。実際に生命のやり取りをする部分を除けば本当にゲームみたいだなと、レージは懐かしい高揚がせり上がるのを実感した。


「どの依頼でも、受けて良いんですか?」

「基本的には問題ありませんが、危険な依頼の場合は、こちらからその旨をお伝えすることがあります。それまでに達成なさった依頼と比較して、危険度の高い依頼の場合、パーティを組むことをお勧めすることもありますね」

「最初からレベルの高い依頼を受けることは出来ないんですね」

「最終的な決定権は我々にはございませんので、こちらから拒否することは出来ません」


 暗に、責任は取れないと言っているのだろう。生命知らずが強大な脅威に勝手に突っ込み自滅しても、ギルドは一切の責任を負いませんということだ。


 これだけ色々な職業の選択肢がある場所で、わざわざ冒険者ギルドを選ぶ――きっと、戦うことに憧れたパワー自慢が多いのだろう。

 プライドも高いのだろう。実際に戦闘を行わず、冒険者を送り出すだけの奴に何が分かる――とか何とか言って、自分には明らかに荷重な依頼を受けてしまうような、そんな人間がいてもおかしくはない。偏見だが。


「依頼がない場合、仕事をすることは出来ないのですか?」

「依頼を受けなくとも、近隣の樹林に蔓延る魔物を討伐するだけでも、報酬はお支払致します。この町は国の隅にありますので、魔物の数も多くいつでも人手不足ですから」


 ダンジョンを出てからこの町に辿り着くまで、結構な数の魔物を食用のために掃討してきた。討伐の証にどの部位を使うのかは知らないが、首か耳か鼻か――その辺りの部位を適当に切断して持っておけば良かったかなと、少し後悔するレージ。


 どの部位を持ち帰れば良いのか気になったが。これ以上無知を明かすと、冒険者経験のないことがバレてしまうのではないかと心配になった。

 いずれ魔石を換金する可能性だってあるのだ。異国で既に冒険者経験がある人なのだと思って貰わなければ、後々面倒なことになるかもしれない。

 冒険者のイロハも知らぬような初心者が、上質な魔力結晶を持っているのは、明らかにおかしい事象だ。追剥や盗賊だと思われるのは、レージだって良い気分はしない。


 さてどうしようかなと、レージは思案気な顔をする。

 魔力やら戦力やらを計測する特殊な水晶だとか、冒険者に適しているかどうか審査するための簡易試験のようなものが存在しないことは、前回冷やかし紛いの見学に訪れた際に確認済だ。


 だからこそ異界からの転生者かつ元魔王という滅茶苦茶な過去を持つレージでも、気負うことなく、軽い気持ちで来訪することが出来たのだ。


「誤魔化しの効かないステータス計測機器とかがあったら、物凄く面倒なことになるだろうからな。流石にそこまで、ゲームや創作物的ではない、ということか」


 受付の前で熟考していたら、邪魔になってしまうだろうか。そんなことを思いつつ後ろを振り返ったが、レージの背後に佇むのは銀髪のメイドさんだけだった。

 両側の受付は、双方とも列が作られているというのに。


 ふと視線を馳せると、先ほどボードの前で思案していた三つ目の魔族も、巨乳女子のいる受付の列に並んでいた。

 ファンタジックな世界観を丸ごと無視する文言だが、あえて表現するならコンビニのレジみたいだなとレージは思った。


「初心者向けの依頼というと、どのようなものがありますか?」

「この町の地理等が良く分からないようでしたら、先ずは危険度の低い小型魔物の双頭小狐ゾッケ手長兎ナスキーなどを適当に討伐する――辺りから始めるのをお勧めします。依頼は全て達成しないと違約金を支払わなければなりませんが、小型魔物の掃討補助でしたら、無理を感じたところで止めることも可能ですから。勿論違約金などは発生せず、打倒した数だけの報酬をキチンとお支払致します」


 何故二つとも靴下なのか気になったが、突っ込むだけ野暮だろう。

 些細な疑問は頭の隅へ追いやり、レージは黄金色の瞳を嬉々として瞬かせた。

 それより、聞き捨てならないことを聞いた。

 彼は最後に、何か重要なことを言っていなかったか。


「『無理を感じたら』途中で止めても良いのですか?」

「ええ、むしろ奴らは繁殖力が凄まじいので、数も多く――目につくものを残らず殲滅させるのは事実上不可能なことですから」


 レージの自堕落センサーが、ピクリと反応する。

 アリシアと二人で散歩がてら町の外に出て、適当に魔物を狩るだけで小遣い稼ぎが出来る。時間も身体も縛られぬ――レージが挙げた条件にピタリと当てはまっているではないか。


 身を乗り出し、イケメンのギルド職員――今世のレージも充分整った顔をしているが――と相対し、堕落元魔王レージ・クラウディアはその端正な面差しに至極楽しげな笑みを浮かべた。


「是非詳しい話を聞かせて戴きたい。お願い出来ますか?」

「畏まりました。それではご説明致しますので、そちらの方もこちらへどうぞ」


 少し離れた場所で姿勢良く佇んでいた銀髪メイドは、彼の言葉に小さく頷き、二人のもとへ歩み寄る。

 レージの接近に嫌な顔一つせず爽やかスマイルで返したギルド職員は、カウンターの下から書類を取り出し、依頼以外の討伐での注意事項について説明を始めた。



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