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第1章 第2話

「おかわりはどう致しましょうか、レージ様」


 艶っぽく弾けるメイドの声で、レージは我に返った。


 気が付けば、皿に載っていたはずの肉塊は完全に無くなっており、いつの間にか腹も膨れていた。

 考え事をしながら飯を食うとはだらしない所業だなと、自身の行いを悔やむ。


「これでもう充分だ。片付けろ」


 レージの命令に、メイドは恭しく腰を折って意思表示する。レージの口に肉を運んでいた黒髪メイドが無言で手招きすると、さっきの茶髪メイドがロボットのような動きで歩み寄ってきた。


 茶髪メイドは手際よく――とはお世辞にも言えぬ所作で食器を揃えると、台車を押して暗闇に消えていく。


「失礼致します、レージ様」


 傍に控えていた黒髪メイドが、取り出した布キレでレージの口元を拭う。

 布越しの手の感触が唇に触れるが、レージはさして気にするようなことはない。


 ここにいるメイドたちは――全員、レージがこの世界に来てから、自らの手で作り上げた物だ。謂わば、人造人間ホムンクルスというやつだろうか。


 邪神に転生させられる際、レージにはダンジョン経営に必要な能力を幾つか受け渡された。

 施された能力(邪神は、禁術と呼んでいた)は、本当に様々だ。日の光の届かぬ暗黒世界でも、周囲を視認することが可能な極化暗視ドゥーム・アイ。身体に害をもたらす黴や菌類を根こそぎ死滅させる超無菌室アン・パンデミック。そして――ホムンクルスを生み出す、隷属生成スピリット・バース等、挙げればキリがない。


 ダンジョン経営に必要なものなら、何だって揃えることが出来た。

 やる気と気概に満ち溢れていた転生直後の頃――新しい玩具を買い与えられた子供のように、レージは様々な能力をフル活用しダンジョンをより良いものへと進化させていった。


 大学生活を犠牲にしてスキルアップした街作りゲームの知識を活かし、攻略されにくいダンジョンを作った。

 オンラインの狩りゲーでキャラメイクをする要領で、攻撃的で鋭角的なフォルムの兵隊や、可愛いメイドを作った。


 戦闘用の魔獣も生成し、的確な場所に配置させ――完璧な、レージだけのダンジョンを作り上げることに成功したのだ。


 あの時の達成感は、今でも覚えている。

 今まで何をやっても人並みにしか出来なかったレージが、初めて自分だけの――最強の要塞を作ることが出来た。

 自堕落に人生を無駄に消費していたレージにとって、久々の達成感。正直、心地良かった。


 ただ一つ問題があったとすれば、完璧なダンジョンを作ったところで、レージは満足してしまったということだろう。


 頼もしい兵隊と、従順で可愛らしいメイドに囲まれたダンジョン生活。この城の主は、他でもないレージ・クラウディア。誰にも指図されることも無ければ、他人の目を気にする必要もない。


 ちょっとしたつまずきで拗ねるようなやる気なし人間が、異世界に転生しただけで気概に溢れ使命感に燃える改革者になれるはずがなく。

 結果出来上がったのは、侵入者を絶対に帰さぬ最高のダンジョンでは無く。誰にも邪魔されることなく、レージが自堕落な生活を送るための壮大な引きこもり部屋が誕生してしまったのだ。


「…………」


 口元を拭い終えたメイドが、肉汁で汚れた布きれを他のメイドに手渡している。

 最低限の教育しかしていないためか、彼女たちはやや礼儀を知らぬ部分がある。黒髪メイドはレージに背を向け、腰を突き出すような恰好のまま、エプロンドレスに包まれた尻をふりふりと揺らしていた。


 レージのダンジョンを闊歩するメイドたちは、レージの趣味で、全員揃って膝上20センチ程度のミニスカートと黒いニーソックスを着用している。下半身だけ見れば、メイドというより女子高生のようである。


 前屈みになれば自然とスカートが持ち上がり、ニーソックスに乗っかった太腿の肉がむっちりと顔を出す。

 満腹になり別の欲求が湧き出たレージは、おもむろにスカートを捲り上げ、目の前に弾ける肌色を遠慮なく撫で回した。


「あっ……。レージ様ったら、もう我慢出来なくなってしまわれたのですか?」


 接触に反応し、色めかしい声で問いかける黒髪メイド。ピクピクと揺れる身体に伴い、立派なポニーテールがゆらゆらと揺れていた。


「本日は、あの――っ、外から連れ込んだ褐色の女を、楽しむのでは無かったのですか?」

「気が変わった。褐色女はもう少しあいつらに預けておこう。今はまず、お前から可愛がってやる」


 ホムンクルスが製作者に抵抗するはずも無く、黒髪メイドはそのままレージのされるがままになってしまう。

 甘い声でねだる黒髪メイドの仕草に、寝室の外で控えていたメイドたちも異変に気が付いたのか、野次馬根性丸出しでこっそりと部屋の中を覗き始めた。


 コソコソと、メイド同士で何やらふしだらな会話を始めるメイドたち。その遠慮がちな所業にうんざりしたのか、レージは入り口の方に視線をやり、面倒臭そうにこいこいと手招きした。


「覗いてないで、お前らもこっちへ来い。全員纏めて愛してやるから」


 アニメキャラをモデルに、容姿を整えたからだろう。カラフルな髪をしたメイドたちが皆一様にそわそわしながら、列を作って寝室に入り込んでくる。

 赤い髪の者。青い髪の者。緑、紫、黄色、桃色、銀色――様々な色の頭をしたメイドたちが、寝室に招集される。

 これだけ三者三様な髪色をしておきながら、身に纏う衣装は一人残らずヴィクトリアンメイドを模したであろう(その割にスカート丈が異様に短いが)エプロンドレスと黒ニーソ着用というのが、滑稽というかシュールとも言える。


 容姿端麗なメイドに囲まれた、ダンジョン経営もとい退廃的かつ自堕落な引きこもり生活。

 本来は侵入者を殺し苗床として、魔力や生命力を溜めてダンジョンをより豊かにしていくのが、ダンジョン経営者――つまり“魔王”としての仕事だ。


 一攫千金を求める冒険者たちを待ち構え、餌を与えつつじわじわと奥深くまで誘い込み、油断した瞬間を狙って捕縛する。勿論ただ待っているだけではなく、入りたくなるように様々な仕掛けや罠を張ることだって必要だ。


 レージの前世――つまり東雲麗二も、ダンジョン経営系の創作物には触れていた。どうすればダンジョンのためになるのか。邪神の望むダンジョンを作ることが出来るのか、分かっている。


「でも、人殺しとかめちゃくちゃ悪いことだし、出来ればやりたくないよねー……。メイドたちで遊ぶ時間が減るとか、マジ勘弁だしさ」


 メイドだらけの空間に気が緩んだのか、やる気なし魔王レージ・クラウディアの堕落した本性が露呈する。


 最近ではむしろ生み出した魔獣を駆使して、侵入者を出来るだけ追い返すことの方が多い。

 時折興味をそそられる美女が侵入してきた時のみ、歓迎し――抵抗出来ないようにしてから、寝室に運び入れることはある。冒頭で調きょ――拷問されていた、褐色冒険者のように。


 エプロンドレスにおしくらまんじゅうをされながら、レージは件の集団暴行現場を見やる。

 メイドと人狼たちから手厚い歓迎を受けた褐色冒険者は、声を出すことも叶わず、メトロノームのように一定間隔でビクビクと痙攣していた。


「そろそろ、食べ頃かな」


 下衆な瞳を薄く細め、レージは期待に胸を弾ませる。

 せっかく最高の能力を施され、人生をやり直しているのだ。目一杯楽しまなければ損だ。

 頑張るのは、明日からだって遅くはない。




 人生で最も輝けるであろう大学生活をエスケープするような学生ニートが、禁術なる最高の能力を与えられたくらいで、心機一転し人生をやり直し出来るはずが無かった。

 人間の本質など、そう簡単に変わるものではないのだ。

 気を失いくったりとした褐色冒険者を前にして、魔王レージ・クラウディアは、その線の細い美青年顔を色欲に塗れさせ、だらしなく緩めた。



 ――この退廃した生活が一生続くことを、欠片も疑うことなく。

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