第2章 第13話
美女を前にして昂ぶっているとはいえ、さしものレージでも、この状況で「そこまでだ、悪党!」なんて口上を垂れるような間抜けなことはしない。
ダンジョンを出たレージは、意外と慎重派だ。
目立つな、静かに暮らせとあれだけ釘を刺されたのだ。普段はどれだけ説得されても、面倒臭いと一蹴し、他人の助言など一切受け入れないレージにしては、(これでも)成長したと言えるだろう。
それだけ、セブンスの来襲が恐ろしかったのだろうか。だがもしセブンスの言葉が、どういう理由にせよ心に響いたのであれば――町に着いて僅か二日目の時点で、自ら問題に飛び込もうとするのは如何なものかとも思うが。
「とりあえず、ナイフをどうにかするのが先決だな。何かのはずみでグサッといっちまったら、仮に助かったにせよ、身体や心にも傷を負ってしまうだろう」
浅い傷なら治癒の魔導で修復可能かもしれないが、刃物が急所に刺さる――なんて状況に陥り、平常心を保っていられるとは思えない。
下手に抜こうとして器官を傷つけたり、ショックでそのまま絶命する可能性だって拭いきれない。
枝に引っかかっていた衣服らしき薄布をアリシアに手渡し、レージは臨戦態勢をとる。
目立たず、早急にこの場を片付けよう。やはりまだ、殺しは遠慮しておきたい。
どうせなら、彼女の前で格好良いところを見せたい。タイムラグがあると逐一経緯を説明しなければ無くなるので、彼女を巻き込んだり、気を失わせるようなショッキングな戦い方は避けておきたい。
自分本位かつ一々面倒臭い注文を付けながら、レージは思考を巡らせる。
火の魔導は、周囲に飛び火して目立つので却下。あまりに強力な魔導や禁術を使うと、強い魔導師か何かと勘違いされて後々面倒なことになりそうなので、これも却下だ。
肉弾戦は苦手なので、遠距離から初級か中級程度の魔導を撃ち続ければ良いだろう。
「問題は、あいつらがどの程度の実力を持ってるかだよな……」
禁術の半分を封印されているとはいえ、レージ・クラウディアは紛うことなき元魔王である。
町のはずれでか弱い女人を攫おうとしているような、クズな人間共に苦戦を強いられることはないはずだ。
だがあまり相手が強いと、レージも本気を出さなくてはならなくなり、結果『強い人』のレッテルを張られてしまう可能性がある。
「あーでも、そうこうしてる内にもう脚縛り終えちゃったし、ここまで来て見過ごしちゃうのは何だか嫌だしなあ……」
煮え切らない態度で、文字通り二の足を踏むレージ。ダメもとでアリシアの方を見やったが、彼女は薄布を持ったままの状態で、完全に置物と化している。
背中を押してくれる気配は無さそうだ。
「もし強かったら、偶然勝てたってことにしよう」
カラフルな指輪の嵌まった指を手招きするように丸め、レージは指先を、女の喉元に当てられた件のナイフに向けて突き出した。
「風の魔導――初級・微風の弓矢」
不可視のエネルギーを指先に纏い、刹那のタイミングで射出する。寸分の狂いもなく撃ち出されたそれは虚空を切り裂き、見事ナイフを捉え、弾き飛ばした。
焦りのせいか、ナイフが皮膚に食い込んでいたのだろう。想定外の方面から加えられた力により、押し出されたナイフは――先端が僅かに肉を抉ったのか、赤い水滴がパッと散り虚空を彩った。
「――誰だ! そこに誰かいるのか!?」
「……! 兄貴、その女――血が出てるじゃないですか!」
「撚りによって顔か……。クソっ……、何てこった。動くんじゃねーぞ」
男の一人が喉元に手をやり、何故か女に治癒の魔導を施している。
その間に、紐を縛っていた二人が、レージの隠れた樹木へと突進してくる。ナイフの飛んだ方向から、攻撃の発生源を推測したのだろう。
この中ではリーダー格なのであろう筋肉質な男は、周囲を警戒しながら女の傷を治している。残りの二人は、目標の拘束に勤しんでいた痩身かつ長身な男と、縛る振りをして太腿や尻を撫で回していた、樽を纏ったような小柄で太めの男。
彼らは特殊な走り方で樹木のすぐ傍まで肉薄し、両手を突き出して臨戦態勢をとった。
「土の魔導――中級・泥の連続弾!」
「水の魔導――中級・水流の鞭!」
二人の両手――両手首に、エネルギーの奔流が迸る。痩身な男の細腕から、無数の泥団子が弾け飛び、一斉に樹木を狙って撃ち出された。
脂が乗りでっぷりした方の男は一歩手前で踏みとどまり、四股を踏むような体勢で、魔導を放つ。彼の手から誕生したエネルギーは水で生成された鞭を作りだす。良くしなるそれは勢い良く樹木を引っ叩き、鋭利なそれは通りすがりだとでも言うように、いとも容易く人ひとりが隠れられるような立派な樹木をスパリと切り倒してしまった。
ただそこに立っていただけで、無慈悲にも長年の成長を無に帰された樹木。見事に切り倒された樹木は土煙を上げながら倒壊し、隠れていた張本人――レージ・クラウディアの姿を悪党たちの前に晒してしまう。
姿の露呈――。だがレージを襲う現実は、それだけではない。
痩身な方の男が用意した泥団子の山が、一斉にレージ目掛けて降り注ぐ。泥団子と言うと、お砂場で幼子が作るような、可愛らしいそれを彷彿とさせるが。実際にレージを苛むそれらの球は弾丸の如く硬質に極められており、凶悪な投擲武器と呼んで相違ない代物だった。
「うわ、やっぱ悪党はやることが非道徳的だな」
幼少の頃より、植物は大切にしろと刷り込まれたレージにとって、無関係な樹木を逡巡なく切り倒すなど、想定外のことだった。
ともあれ遠距離の魔導を発出されることくらい、レージだって予測済みだ。
「風の魔導――中級・風壁」
風の壁を生み出し、泥団子もとい石の弾丸を食い止める。
魔導の連撃を介し、明確な殺意がどっと押し寄せてくる。抵抗できぬ女を縛り上げるような小悪党だと思っていたが、殺意だけは一丁前だ。
身を翻し、黄色の指輪を煌めかせる。相手を殺してやろう――などと野蛮な衝動は、レージにはない。戦場で何よりも重要なのは、武器や防具ではなく真っ直ぐな殺意であると何かで聞いた。
だがそんな個人の意識など、些末な理論に他ならない。
両者の力量に圧倒的な差があれば、話は別だ。
いかに復讐に燃えた童子だろうと、丸腰の力士には適わない。
生命を刈り取るような真似はせず、接待プレイをする程度朝飯前のことだ。
「土の魔導――上級・局地的落石」
男たちの連撃から逃れる振りをしながら、小声で上級の魔導を詠唱する。
一拍遅れて指を突き出し、彼らの警戒をこちらに向ける。
反撃を察したのか、悪党たちはその場に制止し、真剣な眼差しを薄汚れた瞳に湛えた。
次はどう出るのか――そんな心の声が、聞こえてくるようだ。立ち止まった彼らの頭上に、大岩の像が浮かび上がる。
地上に影が映ると同時、レージは己の企みが功を成したことを実感し、心の中で喝采する。男たちが違和感に気付いた時には、もう遅い。逃れる間も与えず、判子の如く落下した岩石の塊は、下方にいた者を容赦なく押し潰し地面へ叩きつけた。
グゲェっと、カエルを踏み潰したような音がした。岩石と地面との間から、黄色い液体がどろりと溢れ広がっていく。
完全にすり潰しにかかる寸前に、レージは魔導を解除し像を霧散させる。不意を突かれ大地とキスをする羽目になった悪党たちは、胃の中身を零し総身を痙攣させ――一際大きく仰け反り呻いた後、動かなくなった。
「死にましたか?」
「いや、多分大丈夫。念のため、意識が戻らない程度に治癒の魔導は施しておくつもりだけど」
アリシアの疑問に答えながら、レージはもう一人――女人に治癒の魔導を施していた、リーダー格の男に視線を馳せた。
目の前で起こったことが理解の範疇を超えてしまったのか。唖然とした様子で、口を開いたまま、潰れた仲間たちを見やっていた。




