表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

優しさのかけらも以下略。



作者史上もっとも騒がしい作品です。フィクションじゃなかったら嫌すぎます。

つっこみながらお読みください。

 愛で叱れる優しい先生。

 それが俺の、近年の夢であり目標である。




 俺はとある公立中学校の門を潜り、大きく深呼吸した。ああちなみに俺は学生じゃない。先生としてやってきた。

 昔から『みんなと一緒』が苦手だった俺にしてはなかなか珍しい選択だと思う。先生だぞ先生。一番無難で大変な公務員を選んだ気がせんでもない。ほら最近の親ってさ、やたら学校に文句言うらしいじゃないか。しかもくだらないことで。


 地元でも指折りの変人として名を馳せた俺は、いわゆる類は友を呼ぶ効果も相まって、なかなか濃い学生生活を送った。しかし努力というものを敬遠する性格だったために、たまたま学力に合う大学へ通ったら、いつの間にか教員採用試験を受けていた(これは多分、まともな感覚を持った俺の両親の策略だ)。そしてうっかり合格し今に至る。

 受かったものは仕方ない。かくなる上は先生道を究めるのみだ。そう思った俺はさっそく新任教師の称号を獲得した!


 どうやら昨日が入学式だったらしい。手伝わされるかと思いきや、来るなという通達があった。これはまさしく生徒たちに対するドッキリに違いない。まさか俺をどっきりさせてもつまらんからな。

 そして新任式だか着任式の前にクラス発表があるはずなんだが、またしても来るなとのことだ。よほどどっきりさせたいらしいな。

 そうそう、俺は二年六組の担任を任されたぞ。思春期だかなんたか知らんが、この俺が打ち砕いてやろう。なにせ目標は

「愛で叱れる優しい先生」だからな、容赦はせん。

 さあ、クラスに乗り込むぞ!




─ ─ * ─ ─




 扉を開いた。目の前を黒板消しが落下していった。

 おいおいおいおい、いきなりこれは斬新すぎてつっこめないじゃないか。もう少し古典的な悪戯にしてくれないと。水入りバケツとか。

 わずかに動揺しながら教壇の脇に立ったが、しかし、愛しい(予定の)生徒たちは揃って机に突っ伏していた。新学期そうそう居眠りか? それとも体調不良なのか、けしからん! 風邪をひくくらいならのこぎりをひけ!

 むっとした俺は口を開きかけた。だが。


 生徒たちは一斉に顔を上げた。いや顔じゃない。鬼だ──ええと、般若ってやつだ。全員が般若面をつけている。

 近頃はクラスTシャツが流行りだと聞いたが、どうやらここはクラスお面がブームなようだな。だったら担任の俺の分も用意してくれ。自慢じゃないが大きい顔だからひとまわり大きめでよろしく。

 とにかく自己紹介をし


「帰れ」


 うん? 今なんと言


「帰れ」

「帰れ」

「帰れ」

「帰れ」

『帰れ帰れ帰れ帰れカエレ帰れかえれ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ』



 ……さすがに驚くぞ。

 般若面が教室を埋め尽くして、『帰れ』ってシュプレヒコールはいただけないな。俺を誰だと思ってやがる。未来の『愛で叱れる優しい先生』だぞ。おまえたちはその記念すべき生徒第一号なんだぞ。

 ここで黙って帰る俺ではない。かつてはディベートの神童と呼ばれた男だぞ知ってるかおまえたち! 知ってたら褒めてやる。


『帰れ帰れ帰れ帰れ』

「あーそこらへんで帰れっつってるおまえたち!」


『帰れ帰れ帰れ帰れ』

「俺が今年このクラスを受け持つことになってる新任教師だ! 名前は石川悟郎! 当然ながら独身! 残念ながら独り身! 好きなタイプは麻木●美子か八千草か●るだ覚えとけ! あとそのクラスお面は俺の分も用意しとけ! ついでに今から順番に一人ずつ自己紹介しろ! 異論がある奴は挙手すべし! 授業中のトイレ飲食睡眠は一切認めんから覚悟しろ! 体調管理! それから俺のことは悟郎ティーチャーと呼ぶように! 以上!」


 生徒たちは俺の気迫に圧されたようで、全員黙りこくった。うん、学生時代のディベートもこんな感じだったな。

 と……三列目の後ろから二番目の奴が、恐る恐るといったふうに手を挙げた。どういうことだ。異論ってまさか俺が独り身だということについてじゃないだろうな。タブーなんだぞそれは。


「あー、名前と出席番号を言ってから発言したまえ」


「二十一番の花井です。先生のおっしゃったことが八割方、理解できません」

「先生ではない悟郎ティーチャーだ。理解できないだと? つまりきみは俺がこのクラスを受け持つというのが信じられない訳か? それとも俺が老け顔だから新任には見えないか? 名前は市役所に聞けば納得できるな。そうかそんなに独身ないし独り身には思えないか……で、麻●久美子や八●草かおるが美人じゃないとは言わせんぞ? あと俺のクラスお面は大きめを用意するように。もちろん自己紹介は強制だからな。挙手はできるようだから、あとは授業中にトイレ飲食睡眠をせんよう体調管理に気をつけろ。で、俺の呼びかたは悟郎ティーチャーしか認めん。ただし新案は受け付ける」


 ま、そんなに自己紹介が嫌なら俺が勝手に質問するまでだ。


「……先生」

「だから先生ではない悟郎ティーチャーだ。あと名前と出席番号!」

「……六番の川桐です。我々二年六組一同は……あなたの退出を求めます。帰ってください」

「まだ言うか。思春期も甚だしいぞ。それで帰る俺ならもとより愛で叱れる優しい先生など目指さん。第一おまえたちはなんだ、初対面なのに顔を見せず、自己紹介もせず、第一声が『帰れ』だと? なにを根拠に俺の退出を求めるのか二百字詰め原稿用紙三枚で提出しろ。さもなくば俺にも考えがある」


 どうだまいったか。

 言い放ってすっきりした俺は生徒たちを観察してみた。先ほどまでの結託は揺らぎ、じっと考え込む者と、おろおろ周囲を見渡す者に分かれている。般若面がおろおろしているのもなかなか愉快だ。

 しかしちょっと心配になってきたな。もしかすると、去年の教師があまりにも空気の読めない奴だったりしたんじゃないか。あるいは、いけしゃあしゃあ。そして極端なエコロジー志向だったとか。それで生徒たちが教師不信に陥って、しわ寄せが俺にきた──ありそうだ、実にあり得る。

 許せん。


「いいかおまえたち、俺は空気を読むのが趣味だし、謙虚だし、クーラーを二十八℃に設定する程度に環境を気遣っているから安心しろ! 俺が信じる俺を信じろ!」

「あのお、せんせえ」

「悟郎ティーチャーだっ!」

「ぼくは十番の富江です。せんせえは、うるさいです。空気読めてません。謙虚でもありません。暑苦しいし。ぼくたちは、せんせえに限らず、あらゆるせんせえが嫌いなんです。憎んでさえいるのです。事情はお話しできないけれども、せんせえというもの自体に苦痛を覚えます。トラウマなんです。だから、せんせえ、つべこべ言わずさっさと出てってください」


 虎馬? なんだそれは。

 初対面(しかも般若)に憎まれねばならんとはどういうことだ。事情を話せんとはどういうことだ。空気……謙虚さ……はともかく、暑苦しいとは一体全体どういうことなんだ!


「ええい帰らんと言ったろうが! だからその事情とやらを二百字詰め原稿用紙三枚にだな、」

「せんせえ……ぼくたち、ほんとうに辛いんです」

「我々に教師は必要ありません」

「帰ってください」


 とりつく島もないではないか。どれほど極悪非道な鬼教師がいたのだろう、この中学校。極々普通の公立中学だとばかり思っていたが、実は超スパルタ教育機関だったのか……。


 あ。


「すまん間違えた。俺が好きなのは四百字詰めの原稿用紙だった」

「先生ほんとに帰ってください」

「そう頑なになるな。ものすごく言いにくい事情があるのはわかったから、今度はおまえたちが俺の心労をわかれ」


 帰るべきなのか。

 居座るべきなのか。

 俺は新任で、こういう事態は初めてだから、どう対処すればいいのかわからない。なんと歯がゆいことか。歯間に肉が挟まってるみたいだ。

 般若面で顔がわからない生徒たち。教師不信に陥るくらい繊細なのだから、可愛い生徒に違いない。俺は悔しいぞ。可愛い生徒第一号の虎馬(?)とやらをわかってやれないことが、たまらなく悔しいんだぞ。


「だからせめて帰る以外の選択肢を用意しろ……!」


 でなければ俺は、四百字詰め原稿用紙三枚にこの悔しさをしたためる覚悟ができている。


「……せんせえ、」

「悟郎ティーチャーだ」


「せんせえは竹刀で突いたりしませんか」

「先生は鉄パイプで殴りませんか」

「先生は間違えたときにコブラツイストをかけてきませんか」

「似てない似顔絵を描きませんか」

「生徒一人一人のテーマソングを作詞作曲しませんか」

「ウル●ラマンを全員言わせませんか」

「家庭科を全部数学に変えませんか」

「セーターの中に蛙を忍ばせませんか」

「校長先生をヌードモデルにした全身デッサンをさせませんか」

「朝四時に登校させて授業前水泳だとか言い出しませんか」

「男子更衣室を盗撮しませんか」

「自分の鼻の穴をどアップで撮影した暑中見舞いを送りつけませんか」

「給食の大食缶をひとつまるまる一人で食べちゃいませんか」

「蜜柑を三十七個積み上げませんか」

「体育祭の全種目を自分で網羅しませんか」

「文化祭の全出し物を自分でプロデュースしませんか」

「合唱コンクールでソロリサイタルを開いてクラス全員分のテーマソングを歌いませんか」

「クラス全員に義理チョコをねだりませんか」

「逆に不味すぎるチョコをクラスに配りませんか」

「卒業式で下手くそなドラ●もん音頭を歌いませんか」

「春休みにクラス全員の家を泊まり歩きませんか」


 般若面のさざなみ。

 生徒たちは切実だった。必死の訴えだということがひしひしと伝わってくる。


「……おまえたち、」

「せんせえ、ぼくたちは顔を見せないんじゃない。見せられないんです」

「おまえたち安心しろ、俺はそもそも竹刀も鉄パイプも持っていないしプロレスにも詳しくない。料理とド●えもんと作詞作曲には縁がない。家は自分のがある。ただ、まあ、なんだ」


 禿げ上がったバーコードな校長の裸なんぞ見たくもない。



「……すごいのがいたんだな」






(もちろん、続かない。)



ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。筆休めにふっと書いてみた駄文ではございますが、お気に召したら光栄です。


次回は『土の溟海』でお会いしましょう。



2008-8/17 曼珠沙華 拝

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ