らぶあんどすくーる・5
「なぁユナ」
「んー? なぁに?」
カレーを食べながら話かける。ユナの方も小さな卓上コンロに乗せられてコトコト煮立っているボタン鍋を箸でつつきながら返事をしてきた。
……ていうかここのカレーは僕には少し辛いな、次回以降の注文は控えよう。
「一つお前の認識を確認したいんだが、僕達は今何人で食事している?」
そう尋ねると少し周囲を見渡してから答えが返ってくる。
「ん、八十七人――」
ガクッと崩れてカレーに顔を沈めそうになるが、ユナの回答は「向こうで料理してる人間も含めたら九十二人」と締められた。
「ねね、合ってたー?」
どうやって厨房の奥にいるオバちゃん達の人数まで数えたんだこいつ。
まさか食堂利用者全体の人数を教えてくれるとは思わなかった、僕は谷川と三人で食べているつもりだったけどユナはもっと大勢での食事を楽しんでいたんだなぁ。
そんなわけないけど。
「残念だけど僕が聞いてるのはそういうことじゃないんだ」
「んー? じゃあなにー?」
「ユナちゃんユナちゃん、ボタン鍋美味しい?」
僕達のやり取りを静観していた谷川がついに痺れを切らして存在をアピールする。
「ねえー、まことの質問がわかんないよぅ」
「瀬川ぁ――――――――――――――!」
「いや僕に怒られても」
絶叫だった。
テーブルを叩いたせいでうどんの汁が跳ねてくる。
このままではユナに無視される谷川がその度に汁を飛ばしてきてカレーがカレーうどん(麺抜き)に調理されかねない、そうなる前になんとかしなければ。なんの話だよーう。
「ユナさんユナさん、そろそろ谷川をシカトするのをやめてあげようか」
回りくどい言い方じゃ伝わらない気がしてきたからストレートに伝える。
「んん、だれそれ?」
「おい瀬川ぁ――――――――――――――!」
「だから僕に言われても」
まぁユナの場合無視というよりも最初からアウト・オブ・眼中(死語)なのだろうから予想出来た事態ではある。
それを谷川に言えばまたしてもうどんの汁を浴びることになるから伝えないけれど。
「僕達の目の前に谷川という男が座っているんだが、ユナも友達になってやってくれないか?」
あたかも今初めて対面したかのように紹介する、谷川の目からなにか光るものが見えたがうどんの汁が自分にかかったんだろうか?
「んー、この人間がまことの友達?」
「ああ、まぁそうだな」
まだ会ったばかりだけど、ほど良い馴れ馴れしさを持って接してくれる谷川のことはもう友人だと思っている。
多分谷川もそう思ってくれているだろう。
「そっかぁ、うんわかった。友達紹介するって言ってたもんねー」
「――? そんなこと話してたっけ?」
記憶に無いな、前もって紹介を約束する友人なんて居ないんだけどなぁ。
首を傾げているとユナは「あ、んーんなんでもないー」と言ってきた。
うーん、なんだったんだろうか?
「まことの友達なら仲良くしてみる、初めましてたにがわ」
「は、初めまして――――――――――――――!」
すっごい複雑そうな顔で初対面していた。目から流れている光るものが、今度ははっきりと涙だと分かってしまう。
「なんか変だね、たにがわって」
あはは、と笑う。
谷川の方も怒ることなく嬉しそうな表情を浮かべていた。不憫で良いヤツという評価は正しかったようだ。
うんうん、僕もユナに初めて僕以外の知人が出来て嬉しいぞ。
「でさぁ、ユナちゃんと瀬川って義理の兄妹なのか? ぶっちゃけ全然似てないよなぁ」
「だから僕達は兄妹じゃないってば」
「でも苗字は一緒だし、ならどういう関係なんだよ?」
うーん、どういう関係かと聞かれると困ってしまうわけだが。
どう答えるべきか思案していたらユナの方が先に口を開いた。
「わたしとまことは兄妹とかじゃないよ? ただ好きだから同じ苗字にしただけだもん」
「――は!? なにそれ、け、けけ結婚!?」
「いやいやいや待て待て落ち着け」
高校生で結婚とか余計に噂が大きくなるじゃないか、割って入ろうとするがまたも先を越されてしまう。
「結婚とか兄妹とかそんな小さな枠で言われたくないー! わたし達はもっといっぱい好きなのー!」
「………………瀬川。お前ら、なんかすごいんだなぁ」
その言葉をどう受け取ったのかは分からなかったが、谷川はなにやら遠い存在を見るような目をしている。実際は女神様とあの世から帰ってきたヒモ男でしかないのだが、まぁそれはそれで非常識な存在ではあるか。
どうやら僕達の話が聞こえていたらしく、周囲からも「ねえねえ今の聞いた!? 結婚だってー!」なんて話す声が耳に入ってくる。
わっはっはー、なーんだこのじょうきょー。
「ねー、そうだよね?」、ユナに確認を求められたので「そうだよねー」と返した。
仮にここで否定でもしようものならば怒った女神様は文字通り天変地異の如く荒れ狂うだろう。例えそれが照れ隠しであっても変わらない。
僕の照れ隠し一つで世界の命運が変わるんだぜ! 鈍感主人公属性を持った転移ヒーローがこの世界に来ていたら初日で滅亡していても不思議じゃないなぁ。だーからなんの話してんだよってね。
谷川は相変わらず何故か羨ましそうな視線を送ってきていたが、僕としては少々居心地が悪くなってきたため教室に戻ることにさせてもらった。
既に三人とも食べ終えていたので食器を返却カウンターに運んで学食を出る、最後まで好奇の目で見送られたのは言うまでも無い。
昼休憩も精々四十分くらいしか無いから、教室に戻る頃には次の授業を報せるチャイムが鳴り始めた。
ユナも自分のクラスに帰らせて、「なぁなぁお前らってほんとに結婚してんの?」と聞いてくる谷川を無視して先生の到着を待つ。
ユナの説明を聞いただけでは依然として夫婦説が有力らしい。
ユナとしては「苗字とかないからとりあえず合わせてみたー」ってことで、「結婚とか人間の感覚はわかんなーい」、みたいなニュアンスだと思うのだけれど。
さすがにそれを察せと言うのは無理だろうし、僕としても無言で返すしか無い。許せ谷川。
五時間目、六時間目の授業も終わり本日の全日程が完了された。
谷川はサッカー部に入っているらしく、別れの挨拶をするとそそくさと教室を出て行ってしまう。
ユナのクラスはホームルームが長引いているのかまだ現れない、まぁ終わったらすぐに来るだろうし帰り支度だけ済ませておこう。
カバンの中身を整理して筆箱なんかを放り込んでいると、前の席の女子が立ち上がったことで長くて黒い髪が視界の中で揺れる。
女子はカバンを肩に下げて僕の席を通り過ぎるように廊下に向かって行ったが、一度振り返って声をかけてきた。
「瀬川くん……妹と結婚したとか、あんまり言わない方が言いと思うわよ?」
それだけ言うと反論も弁解も待たずに教室を出て行ってしまった。
あの子も、あの時学食に居たのか。
ならそれを言い出したのは僕じゃないってことも聞いておいて欲しかったなぁ。……熱烈に否定していたわけでも無いけれど。
朝に続いて真剣な口調で忠告をくれた女子の姿はもう無く、入れ替わるようにユナが教室へ入ってきた。
「まことかえろー!」
手招いて「はやくはやく」と言われたのでカバンを持って廊下に向かう。
ユナはなかなかご機嫌の様子で、意外と学校が楽しめたのかもしれない。僕としてもそれは良いことだと思うが、結果として学友達には強烈な印象を抱かせてしまったことに一抹の悔いも感じる。
これからの高校生活について思いを馳せつつ、初日にしてカルピス原液よりも濃厚な思い出が作られた教室を後にした。
カラスがカァと鳴くからかーえろー。コンビニで晩御飯でも買ってかーえろー。




