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いつかの青春リュウセイグン  作者: 水町 力也
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ACT1 『フタリの青春リュウセイグン』

ACT1 『フタリの青春リュウセイグン』



さむい 本当に寒い。


山の山頂、夜の山の骨身にしみる寒さ それを

ええと・・・なんて名前だったかな?・・・そうだ『エマージェンシーシート』っていう緊急時とかに包まって暖をとる薄いシートをすっぽり頭まで被って我慢している。これ馬鹿にできないな、暖かい。

俺はいらないと思ったんだけど、もしもの時とか寒い時使えるからって、今俺の目の前で星の写真を撮るためにカメラをセッティングしている会社の同僚に言われて、決して安くないけどコスパ的には安い(らしい)入門登山グッズ一式、一円でも安く抑えたかったその買い物カゴの中にしぶしぶ入れて購入したのだが正解だった、彼に感謝しなければいけない。


今 俺と同僚の彼がいるのは『谷川岳』という山で、群馬県と新潟県の境にある山の山頂だ。


谷川岳は近くに山頂が二つある珍しい山で、『トマの耳』と『オキの耳』という二つのゴールがある。

俺達がいるのはそのうちの最初のピーク 標高一九六三メートルの『トマの耳』だ、


なぜこんな所にいるのかというと 今日、数十年に一度だけの、『大流星群』が振るらしい。

巷では今日の夜を楽しみにしている人々で連日ワイドショーやニュースは結構盛り上がっており、週間天気予報を気にする人々、どこに行けばよく見れるのか、時間は何時なのか、ここのところはそんな話ばかりが耳に入ってくる日々だった。

それは俺の職場でも例外に漏れず、趣味が写真撮影や登山の彼、今目の前にいるこの同僚に、せっかくなのでとびきりの場所で流星群を見てみないか?と誘われ興味をもった俺は提案に乗り、普段運動なんてあまりしない身体にムチ打って、日中のうちに彼と一緒にこの谷川岳の大自然に立ち向かい、その広大な自然の力と光景を目に焼き付けて、これでもかというほどのなさけない息切れをさせながら、彼にペースを合わせてもらいゆっくり登ったのだ。


二度と付き合うかこんな趣味! 好きなやつら頭おかしいだろ!

そう登っているときは思ったけれど、雄大な景色やその中で食べるご飯のおいしさ、そして







今、目の前に広がっている、見たこともない満天の星空・・・







それを見ていたら、そんな気持ちは吹き飛んでいた。







「・・・来て良かった。」 







自然と口から、そんな言葉が出ていた。


それを聞いた俺の同僚、亮がくるっとこちらを振り返り、にんまり笑って口を開いた


「おいおい、まだ早いぞー田宮、なんたってまだ流星群には時間がある、雲も出てないし、きっと最高の日になるよ!こんなにもわくわくするのは久しぶりだよ」


「いや、亮。俺にはこれでも充分にすごい光景だよ、空にはこんなにも星がたくさんあったんだな、流星群は楽しみだけど、この光景と今日の経験だけでも、なんで亮が登山や星、写真が趣味なのかわかった気がするよ」


日々に忙殺されていた。

子供の頃の夢なんて遥か遠い彼方の記憶、大学を普通に出て普通に就職 今はしがないサラリーマン四年目になる。

子ども頃の夢って何だったかな?・・・もう思い出せない。結構いろいろな夢をもっていた気がする。


幼稚園の時はカジになると大変だから しょーぼーしさんになりたかった。

小学生の時は何か警察官が主人公のアニメが大好きで、警察官になりたかった。


それから・・・そこから先は、よく覚えていない。

手を一歩伸ばせば、もう少し自分に勇気があればやる気があれば、あと一歩を踏み出せれば、もしかして届く世界や夢があったかもしれない。それももう遠い昔のように感じているのだけれど。


なんとなく進学してなんとなく就職。

勉強はそこそこしていた方だと思う、なんだかやっておかないと将来が不安だった。

それだけだったのだけれど・・・



いつからだろう、距離に関わらず、叶えたい夢や目標を『将来の夢』と言わなくなったのは・・・


いつからだろう、フッと我にかえり、自分は何なんだろう?とか、人生ってなんなのだろうとかそんな答えのない事を不意に思って気持ちが重くなるようになったのは・・・


いつからだろう・・・いつからだろう、と、昔を思い続けてしまうようになっていったのは



しかし、それは今はいい事にしよう、俺の日々も、亮の日々も大変だった、いや同じ会社で一緒に入社で同じ部署、当然なのだが・・・とにかく今はこの満天の星空、それを楽しみたかった。


彼・・・亮とは入社後わりとすぐに仲良くなった。

お互いわかる仕事はガツガツとこなすタイプだろうな・・・と、なんとなく思っていたというのは

俺たちが仲良くなって仕事帰りに一緒に吞みにいくような仲になり、お互いの第一印象を言い合ったときに発覚したのだが、そんな感じでお互いになんとなく気の合うような何かを感じていた。


そして彼は仕事ができた。飲み込みも早かったし、人当たりも良くて冗談も上手い。上司によく好かれた。

そんな彼と仲が良かったおかげで、俺はあまりコミュニケーションには自身がなかったのだけど、会社にもそこそこなじむことができたと思う。

彼・・・亮はなんとなく他の人達とは違う価値観や穏やかな雰囲気を持っているヤツだとそうなんとなく思っていたのだが、今日でよくわかった、登山、彼が好きな写真家の写真集、星、そういったものを見せられて、


『人生観が変わる趣味』


とまで言われるような趣味を楽しんでいる人間だとたしかに納得した。

日々に忙殺されていた俺だけど、こういう日がもっとあっていいと思えた今日だった。

まだ間に合うだろうか?登山を今度から趣味に加えてもいいかもしれない、


「なぁ亮、また誘ってくれよ登山、気に入ったよこの趣味、きつくないところならまた連れて行ってくれ」


「おっ! 嬉しい事言ってくれるじゃないのさ、オッケーオッケーまた誘うよ、でも田宮、まだ早いって!今日のメインは大流星群!それが今日のお目当てだからねー それに田宮が今日の僕のプランに付き合ってくれたおかげで早めに山頂に着けたからね、日中のうちにカメラのピントも近くの山に合わせられたから、僕が今撮ってるこの星空たちにも期待しててくれよ!」


「おう、楽しみにしてるよ。にしても・・・ホントに寒い、」


亮は幾分かテンションが高い、きっと今日を楽しみにしていたのだろう。

それに自分は当然山には全然詳しくないのだがこの谷川岳、非常に天候が変わりやすいじゃじゃ馬な山らしい。

谷川岳は森林限界というそれ以上は木などが生えることができない高さ、というのがあるのだそうだが、そのくらいの高さまでロープウェイで一気に上がる事ができ、俺達もそのロープウェイを使って中腹からの一般的なコースから登山を始めた、その行きの狭いロープウェイの中でご隠居された老夫婦と合席になったのだが、なんでもその夫婦、これだけ晴れた日の谷川は初めてで、今回は四回目の谷川岳だそうだ。


もちろんそれはこのご夫婦の場合であって、そこまで極端に晴れの日がない山ではないと思うが、とにかく俺達は結構運が良かったらしい、ご夫婦は日中で下山してとっくに帰ったと思うが、きっと今日の登山は素晴らしいものになっただろう。 一日晴れた谷川岳、雲はなし、満天の星空、流星群・・・


亮がテンションが上がるのも仕方ないか、いつもニコニコしてる彼だが、今日は五割増しくらい機嫌が良さそうだ、そんな事を思っている俺も、結構今は機嫌が良い。寒いのもまぁ我慢だ、

ゴツゴツした岩肌に腰掛け、満天の星空を楽しんでいると、不意にスッと横からコーヒーが入ったステンレスのマグカップを亮から手渡された。


「はいよー、星空の下 コーヒーのテイクアウトだ!」


「おっ、いいね、サンキュー亮」


コーヒーのテイクアウトの使い方が多分不適切だと思うのだが亮は結構ふざけた冗談も言うタイプなので気にしない、きっとわかってて言っている。

彼から受け取ったコーヒーを一口すすると冷えた身体に程よい苦味と酸味、コーヒーの良い香りが口いっぱいに広がった 喉に、身体に暖かい液体が流れる感覚がここちよかった。少し痛みを感じるほどにマグカップから冷え切った指に熱が伝わり、寒さが少し、遠くへ行く。


「ふぅ・・・美味いな、満天の星、大自然の中でコーヒーか、真の贅沢ってこういう事か」


「おー!わかってきたじゃないの田宮くん。僕の至福のコンボさ、・・・よし、終わりっと、」


三脚の上のカメラのセット、暖かいコーヒー、防寒セット、ランタンの形を模したライト、その他もろもろ一通り準備完了らしい、

亮は俺の前にあった岩に腰掛けると、自分の分のコーヒーを手に持って、乾杯のしぐさを見せた。


「んじゃ日中登山お疲れさん田宮、とびっきりの流星群が見れますように!」


「はいよ、お前もいい写真が撮れるといいな、んじゃ、ちょっと飲んじまったけど 乾杯」



カンッ・・・と心地よい音をたてた後、お互いステンレスのマグカップを口につけた


「ふぅ・・・やっと一息つけたよ、」


「今日は一日中テンション高かったからな、亮は、」


「まあねー、日々の忙しさを忘れてこうして同僚と山登り、流星群を見にくるなんて、なんだか青春時代に戻った気がしませんかね?田宮くん!」


「確かにな、そういう言い方されるとなんか面白いな、やっすい青春パンクロックの歌詞みたいだ」


「あー!そういう言い方は良くないなー田宮くんよ、よくある気がするって事は、それだけストレートにみんなの心に響くモノだって事さ、」


「そういうもんか・・・そうだな、俺、いつからか花火ってあんまり綺麗だと思わなくなったんだが・・・でもこの星の光は、なんだかすごく綺麗だと素直に思えるよ、」


俺が言った事に対してどういう気持ちを抱いたのかわからないが、亮はすこし微笑んで、またコーヒーを一口すすると、にんまりと笑って口を開いた。


「じゃあさ、せっかくだしこんな日はいつもはできないぶっちゃけトークで盛り上がろうじゃないの」


なにがじゃあさ、なのかわからないが彼なりに思う事があるらしい、それにしてもぶっちゃけトークとはまた・・・俺は普段からわりと彼に対しては本音で語り合える数少ない友人だと思っているのだが・・・


「ぶっちゃけトークって何話せばいいんだ?俺が実はお前のことが大嫌いだって事を今日勇気を出してこの場でカミングアウトするとかでいいのか?」


「それはもし本当だったら凄く傷つくので心にとどめておいてくれよ田宮、泣いちゃうかもしれないから、」


仲が良いのでこういう冗談も言い合える。わりと俺とこいつとは学生ノリ、みたいな感じを残して話し合えるから好きだ、それはこいつも同じだろう、わかっている。


「あー・・・じゃあさ田宮、恋バナ、とかどうよ!田宮の好きな人、ヘイ!カモン!」


「・・・修学旅行じゃねぇんだぞ、アホかお前」


俺が深くため息をつくと、亮がえー、面白いと思ったのにー とブーブー文句を言っている。

亮は僕が先に言うからさーとまだ粘る姿勢を見せている。腕時計に目をやって時間を確認する。

流星群の通過予定時刻にはまだ結構時間があった、仕方ない、少し亮に付き合ってやるか


「ほー、興味あるね亮、お前みたいなヤツがいったい誰を好きになるのか」


「おっ! いいねーのってきたね!教えてあげよう、瑞樹さんだよ瑞樹さん」


意外にもあっさり白状した事に驚いたがそれ以上に・・・瑞樹さんってあの瑞樹さんだよな?


「亮の言ってる瑞樹さんって飯島瑞樹さんの事か?俺らの二つ上だっけ?であの美人で評判の」


「そうそうその瑞樹さん!いやーいいよね、やさしいし仕事も教えてくれるしさ、納得の人気女性だよね!手作り弁当だって話だし良い奥さんにもなるよーきっと」


まぁウチの部署内では王道というか定番の人である。『飯島瑞樹』、俺は飯島さんと呼んでいる。

彼女は男性人気が高くて人当たりも良い。仕事もそつなくこなす人なのでここだけの話、忙しいと俺は彼女の作った一部の書類だけは満足に目を通さないでそのまま自分も印鑑をついて、上に印鑑をもらいに行ってしまう、なぜかと言うとどうせ不備なんてないからだ、他の人だと絶対そんな事しないのだが飯島さんだけは別だった、仕事上でしか話はしないが、そういった点ではすごく信頼できる同僚になる。あまり褒められた事ではないが、仕事でなかなか手を抜けない俺が数少ないサボれるポイントではある。まぁ何度も言うが忙しい時だけだ、普段はちゃんとチェックしている。

それにしても飯島さんか・・・また望みの低そうな人に惚れてしまったな亮のヤツは、


「難しいんじゃないか?飯島さんは人気だしライバルが多そうだぞ?いや諦めろと言ってるワケじゃないけどな、」


俺がそう口にすると亮はコーヒーのカップを下に置いて腕を組み、ウーンとうなりながら考え事をしている。


「いやーそうなんだけどさ、あの出汁巻きタマゴを食べたら諦められないっていうかさ、胃袋もつかまれちゃったっていうかさ、今度作り方教えてっ言ったら条件に・・・」


「まてまてお前出汁巻きタマゴ?何?彼女からもらったのか?」


「え?うんそうだよ、頂戴!って言ったらじゃあ交換ね!ってくれた!今もたまにおかず交換してくれるんだー 僕も料理好きだけど彼女の方が上手だしやっぱ胃袋つかまれちゃったらさー、簡単には諦められないよねー」


「・・・お前頑張ればいけるんじゃないか?なんか趣味もなんとなく合ってそうだし、まぁなんだ・・・頑張れ、多分というか、うん、かなりいけると思うぞ」


「え?そうかなー?・・・うん、でもなんとなく田宮に言われたら勇気出てきたよ!よーし、今度思い切って食事に誘ってみようかな?」


亮はおそらく気づいてないと思うが飯島瑞樹は美人で引く手数多 そのため普段から少し男性からの誘いにうんざりしている節がある。やんわりといつも異性からの誘いを断るので諦めきれない男は多いがその実、ガードが堅いというか恋愛に対して積極的ではない節があるように見える。仲良くなりすぎない絶妙な距離を保ちつつ仕事をする彼女はおそらく俺が思っているよりもずっと頭が良くて人付き合いが上手なのだろうがそんな中での亮と飯島さんの関係だ、これから次第だろうがおそらく飯島さんもまんざらでもないのだろう。


「僕から白状しておいてなんだけどさ、瑞樹さんについては僕あんまり語れる事多くないんだよね、まぁこれから次第?って事でこの辺で僕のカミングアウトはゆるしてよ田宮。」


わりと楽しめた話だったので良しにしよう、それよりも言いだしっぺがきちんと自分からカミングアウトしたのだ、この後の展開はわかりきっている。


「んじゃ次は田宮の気になってる人ね!ヘイ!カモン!」


・・・ほらきた、しかし困ったな


「遠慮はいらないよー田宮っち、よく知ってるでしょ?僕はこう見えてホントに口が堅いんだって事をさ、あっ!もしかして田宮っちも瑞樹さん狙い?まいったなーっでもそれはそれで構わないよ?誰でも好きになっちゃうってー瑞樹さんならさー」


「いや、飯島さんはホントにいい人だと思う、でも狙ってないから安心しろ、」


俺がそういうと亮はニコニコ笑ってコーヒーを口に入れた、こいつもたいがいわかってて言っているのだ、それにこの会話だって、亮は会話の中身を重視しているのではなく、今この瞬間、この星空の下で俺と会話すること自体を楽しむのを目的としてくれているのだと、そうわかっていた。

しかし本当に困った、俺はこの修学旅行の夜のような会話で、亮と盛り上がれるような話をあいにくと持ち合わせていないのだ、さて、どうしたものか


「悪いが亮、あいにく俺は本当に今好きな人がいないんだ、仕事も毎日忙しいだろ俺たち、だから一方的に聞き出したみたいで悪いんだが、本当に話せるような話がないな、」


俺がそういうと亮は納得したような不満のようなしごく曖昧な顔でこれまたウーンとうなって腕を組み、何か考え事を十秒ほどしたと思うと、ふいに顔を上げ


「じゃあさ田宮、田宮の初恋の話を聞かせてよ、それだったら話せるでしょ?」


・・・初恋か 


まいったな、これまで何度かあった適当な片思いを初恋にカウントして話をしてそれでこの話は終わりでも良いのだが



『初恋』



その言葉に『いつかの』記憶がよみがえった。




そんなに楽しい話でもないし、面白い話でもない、恋バナと呼べるのかもどうかもわからない

俺の顔はその時、少し強張っていた。


「なぁ亮、その話、俺の場合は甘酸っぱい青春の一ページみたいな話じゃなくなるけどそれでもいいか?」


俺がそう言うと亮は一瞬キョトンとしたあと、また少しニンマりと笑った。

そして自分のカップと俺のいつの間にかカラになっていたカップを取り上げると、もう一杯コーヒーを準備しながら立ち上がり、自分のカメラに近寄って本日第一回目のシャッターを押した、


「・・・聞かせてよ」


そう告げた彼の顔は、よく見えない

しかし亮は言った、聞かせてよと・・・


なんでこんな話をする気になったのかはわからない

多分、この貴重な休日の非日常と満天の星空が、そうさせたのだと思う。


だから俺は、遠い昔の日の青春時代の話を始めた、流星群を待つために


続く



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