地下空洞と封印されしもの 下
神殿や聖都の上層部しか知らない、神話の続き。俺はそれを、闇の女神から託された使命と共に聞かされた。
ヒトが誕生してしばらくした頃、二人の女神はヒトがさらに進化しようとしていることに気が付いた。けれど、女神は、ヒトが自分たちと姿かたちの違うものに対してあたりが強いことをわかっていた。女神たちはこれから生まれてくる新しい種族を想って、彼らの始祖となるだろう個を拾い上げて、女神の眷属としたらしい。つまりは獣の耳をはやした種族の始めのひとりを神様にして、その種族を守れるようにしたのだ。女神はそれぞれ6つの種族になるだろう個を眷属にした。12の神が誕生した。神たちはそれぞれ長い時をかけて自分たちの種族を作り上げた。その中で、次第に光の6神から成る種族を人族、闇の6神から成る種族を幽族と呼ぶようになる。そして、12神はそれぞれ世界を構成する一部をつかさどり、己の種族から離れて、二人の女神と同様に世界を管理する側に回る。
隠された物語の上っ面だが、これ以上は今は知らなくていいと言われたので、俺が知っているのはここまで。
なぜ隠されているのかわからないが、闇の女神は、おそらく他種族がこれらの神を信仰しているからだろうと言っていた。政治経済は苦手だ。今も昔も。けれど、なんとなく、ちょろっと齧ったキリスト教とユダヤ教の話を思い出した。今この世界は二人の女神を信仰する人間が国をもって、他種族は支配されたり、隠れたり、引きこもったりしているらしい。優位は人間。なら、他種族の神はいらないのだろう。
さて、ここからが本題である。
光と闇の眷属たちは、一人一人が世界を支える何かしらの役割を持っている。それは秩序であったり、混沌であったり、慈愛であったり、災害であったりする。世界への良い影響を持つ役割と悪影響を及ぼす役割が拮抗することによって偶然が生まれ、世界が回っていくのだ。
しかし、今、勇者が呼ばれた今この時、そのバランスは崩れ去っていた。世界は荒み、争い、慈愛の心などどこにもなく、天変地異が人々を襲う。闇の眷属の影響のみが残っていた。
『あなたに、託したい使命があります』
闇の女神は悲しげな瞳をして、黒いドレスに映える白い手を豊満な胸にあてる。
リアが救いきれなかった世界。俺は迷いなく、頷いた。
俺が受けた使命。それは――
封印された光の眷属、そして、光の女神を救い出す。世界存続レベルの、救出作戦だ。
◇
唐突に現れた巨躯。
二足歩行する、牛の頭を持った怪物は巨大な棍棒を杖のようにつき、地面を震わせる。俺は戦慄して、ただその怪物を見上げた。
ぎょろっとした光のない真っ赤な瞳。焦げ茶色の図体は裸で、長い体毛が皮膚を覆っている。日本の角は鋭く、見せた牙も同様だ。
リアとして、数々の怪物たちとやり合ったというのに、俺は無様にもすくんで、動けなくなっていた。
封印の守護者・虹
Lv:150
怪物の頭上で踊る文字が、少しだけ俺を冷静にさせる。地球のファンタジーで言うところのミノタウロスを彷彿とされる怪物は、俺たちと、決勝との間に陣取ると、ふんと鼻息を吐き出した。結晶と同じくらいの大きさがある。
「稲目殿!」
棒立ちだった俺と怪物の間にイーズが割り込む。手には剣を握っているが、あの棍棒の前では小枝も同じ。
このままでは、二人とも、あの世行きだ。
俺は頬を叩いて、首を振る。こんなじゃだめだ!ビビってなんかいられないのに!
記憶と実体験とは違う。確かにリアは多くの怪物を倒し、魔王を倒したが、俺は生き物に刃を向けたことはないし、自分より大きな生き物と対峙したことなんてあるはずもない。せいぜい動物園の檻の中に入った動物位だ。安全の保障された、観賞用の動物。だからビビッて当たり前かもしれない。でも、それじゃダメなのだ。
だって、イーズじゃミノタウロスにはかなわない。
イーズ・セレスティア
Lv:57
HP:3000/3400
MP:1200/1400
スキル:
身体強化魔法適正
剣技
槍術
乗馬
気丈にもミノタウロスと対峙するイーズを見やる。後ろからでもわかる。全身がこわばっている。左足が半歩、下がっている。
「稲目殿」
感情を押し込めたような、無機質な声音で呼ばれる。
「私が抑えている間に、出口を探してください」
出口。口の中で反芻して、スキルを使う。
「……だめです。ここには出口は元より、外とつながっている様子がないです」
「……スキルか?」
「はい」
「くそっ」
イーズが吐き捨て、また半歩、脚が下がる。
ステータス開示は、周囲の生物反応を感知することができる。この空間の外には一切の生物反応がない。というより、通路が続いていないのだ。密室。土の中に作られた、出ることも入ることもできないはずの空間。
それもそうだろう。だって、ここは、俺の目的の一つ。
光の女神の眷属が、封印されている場所なのだから。
確信する理由は二つ。一つは、ミノタウロスの名前。もう一つは、俺の右手甲の紋章が、熱く、うずいていること。闇の女神曰く、これは封印を探す時の目印。六芒星は、封印の数。
これは俺が倒すべき、敵だ。
棍棒が降り上げられる。瞳孔のない真紅の眼がこちらを見下ろして、狙いを定める。
覚悟を決める時だ。対峙する覚悟。使命を果たす覚悟。イーズを救う覚悟。――リアとなる覚悟。
棍棒が振り下ろされる。受け止めようとこわばったイーズの身体を、俺は思い切り突き飛ばした。
『聖女顕現!』
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