地下空洞と封印されしもの 上
紅の聖女、リア・シアーナはあまり座学が得意ではない。そもそもが貧しい村の出身であり、十分な教育機関がなかったのだ。加えて、どちらかといえば頭を使って考えるよりも、さっさとやってみれば早い、といういわゆる脳筋思考の少女であった。
そんな少女でも、知っている世界創世の神話。
光の女神リュミエールと闇の女神フィヌスのストウェイダン神話。名を『二人の女神』
むかしむかし、何もなかったこの地にリュミエールとフィヌスという小さな女神がやってきました。世界を作るほどの力を持たない半人前の女神です。二人は一番初めに昼の光と夜の闇を作りました。けれど、何も変わりませんでした。悲しんだリュミエールが涙をこぼします。すると、涙は広がって、海になりました。嬉しくなったフィヌスが喉を震わせます。初めて、声が出ました。フィヌスは願います。昼と夜の間には、リュミエールの髪のような鮮やかな色を。初めて、空ができ、青色ができました。リュミエールは願います。海に浮かぶ大地には、フィヌスの瞳のようにたくましく、そして、髪のようにしなやかな生き物を。初めて島が生まれ、生き物が生まれます。そうして少しずつ広くした世界は、いつの間にか木々が生い茂り、生物がすみました。
初めて高度な知能を持った生物が現れました。ヒトと呼ばれるようになるものです。意図したものではありませんでしたが、いつしか自分たちを神と崇めた彼らを、女神たちは慈しむようになりました。ヒトはリュミエールを光の女神、フィヌスと闇の女神として崇めました。するとどうでしょう、小さかった彼女たちは成長し、力が強くなりました。もう、一人でも世界をつくれます。けれど、仲の良い二人はこのまま二人で世界を見守ることにしました。
どんな小さな村でも年長者から語り継がれるそれは、子どもでもわかるようにかみ砕かれ、難しい部分は省かれている。詳細を知っているのは神殿や聖都の上層部に限られる。もちろん、勇者であったリアも知らないし、興味もなかった。けれど、幼心に思ったのだ。
『なんか、中途半端』
そう、この話には続きがある。
◇
落下した先は、薄暗い空間だった。崩れた土壁の上に落下したようで、粉っぽいそれらがいいクッションになった。それでも衝撃はあって、背をさする。
「いってえ……なんだって落ちるんだよ」
頭を振って見まわすが、暗くてよく分からない。落ちてきた穴もふさがっており、まともな光源がない。
すると、迷宮と同じような青白い灯りが点灯した。壁に沿って、燭台のようなそれが一直線に灯ってゆく。おかげでここがドーム型で、結構な広さがあることがわかった。たとえるならそう、丁度東京ドーム位。その真ん中に、字の通り、氷山の一角かと疑う結晶が鎮座していた。
「お怪我はありませんか」
ぎょっとして振り返る。声をかけてきたのは、生真面目護衛のイーズ。一緒に落ちてしまったのか。
「まさか、護衛だから一緒に落ちたとか……?」
「護衛ですから」
「そうですか……」
「お怪我は」
「……大丈夫です」
何となく疲れて、イーズから視線を外す。彼は周囲を伺ったり上を見たりしているが、不用意に動く気はないらしい。騎士らしく、腰の剣の柄はいつでもつかめるよう身構えているようだ。リアの仲間の剣士を思い出す。彼も、未知の場所ではよくそうやって、柄に手をかけたまま厳しい表情で周囲を警戒していた。誰よりも、小さな変化によく気が付く男だった。
「稲目殿、稲目殿!」
「え、あ、はい」
「動揺するのは分かりますが、周囲への警戒は怠らないように。私は壁際を見てきますので、ここにいてください」
「わかりました」
頷けば、イーズは満足そうに壁際へと歩いてゆく。氷山らしき結晶と壁の間に落ちたので、必然的に一番近い壁は結晶から遠ざかる方面になる。が、イーズは結晶を警戒してか、後ろではなく、横へ向かった。決勝を前として、右手側だ。距離としては少し離れるが、一直線上に並ぶよりはいいというのは同感だ。やはり、イーズは優秀なのだろう。
優秀なのだから、生真面目さを少しそいで、できれば、一緒に落ちずに要や由奈と共にいてほしかった。魔術博士が頼りないとは言わないが、不安にさせる人間性であるし、何より。
俺はここに、一人で来るべきだった。
ガツン。
重苦しく響いた音と共に、空間が揺れた。
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