それはいわゆる 中
俺は壮大なファンタジー小説を読み終えたような、興奮と物寂しさを感じながら目を覚ました。瞼を開ければ知らない天井があることは分っていたので、かなり気を抜いていた。
果たして、視界に飛び込んできたのは金の瞳と髪を持つ、欧米モデルもびっくりの美少女であった。
「目を覚まされたのですね!勇者様!」
ぱあっと華やぐ美少女に、俺は唖然として目をぱちくりとさせる。金のあでやかな髪はおでこの真ん中で分けられていて、宝石のような瞳を惜しげもなくさらしている。ツインテールの巻き髪は、ちょうちょのように大きなリボンで結わえられていた。同じくたくさんのリボンがあしらわれた豪華そうなドレスを押し上げる大きな胸が、彼女が動くたびに揺れる。俺はそっとそこから目をそらす。
青少年には目の毒です。
すると少女の後方から騎士然としたちょび髭のおっさんが顔を出した。
「違います姫様、この者は勇者ではありません」
え?勇者じゃないの?
闇の女神さまが「勇者への信託は~」とか言ってたから自分は勇者なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。リアとして勇者の一生は既にやり終えた感じがあるので、勇者ではないからと言って大した問題ではないが……二人が心配だ。
ひとまずと体を起こせば美少女と騎士は未だに勇者論争をしているようだった。
「文献と似た紋章が出ていますし、何より共に召喚されたのですから勇者様と呼んでもいいではありませんか!」
「文献の紋章は呪いです、加えて3日も眠っていたことが何よりの証拠です」
え、俺三日も寝てたの?てか何呪いって?いやな思いでしかないんだけど……まさかリアの呪いが残ってるとかないよね?あれがちで理性食いに来てる呪いだから受け継いでたりしたら女神さまのお願いどころじゃないんだけど……。てか、絶対二人に迷惑かけてる。
俺は頭を掻いて、心配させてしまっただろう二人になんて言おうかと思考を巡らす。と、言い合う二人と寝起きの俺というカオスな場所にノックが聞こえた。扉を開けたのは、まさに俺が何と言おうか迷っていた対象で。
「……!」
目を見開いた由奈が俺に向かって飛びついてくるのと、要がため息をつくのを見つつ、俺は笑っておはようといったのだ。
◇
「でさ、どういう状況?」
抱き付いて肩を震わせる由奈をあやしながら要を見上げる。要は苦笑して、俺の隣に腰を下ろした。
「まずここは異世界。俺らは勇者で、魔王を倒してほしいらしい」
「なるほど、テンプレだな」
「やはりお前は呑み込みが早いな」
「そうかな?まあ勇者召喚のラノベとか読んだことあるしね」
正直わかっていただけだけれど、聞いとかないとおかしいし、二人がどれほど納得しているのか知りたかったから聞いてみた。要の表情を見るにあまり乗り気ではないらしい。まあ、それもそうだろう。
「勇者なんて言われても困る?」
「……確かにそれもあるが、お前が勇者じゃない」
「へ?」
「そうだよ!私たちが強くなったとしても、勇者じゃない理斗君は連れていけないって……」
抱き付いて離れない由奈が涙声で訴える。金髪外人美少女に劣らない儚い系美少女な由奈にそこまでされると悪い気はしない。
「どこかに行くのか?」
「試練のために迷宮って呼ばれている場所を巡って魔王のところまで行くんだそうだ」
「ゲームみたいだな」
由奈の頭を撫でて落ち着かせながら苦笑する。リアの時も迷宮に入った。だがあそこは基本的に国に管理された安全な場所で、魔王と呼ばれるラスボスがいる場所――島なのだが――と比べると相手のレベルが雲泥の差だった。それでリアたちは一度戻って鍛えなおしたのだ。だからこそ、迷宮を回るというのは国の思惑が見えて仕方がない。勇者を管理下に置くとか、監視だとか、どうせそんなところだろう。
「俺がいなくたって二人なら大体のことはできるだろ?」
二人とも頭はいいし、剣道だってうまい。要はぶっきらぼうに見えるが優しいし、思慮深くもある。由奈だって人に隠れてしまうこともあるが、自分なりの信念のある奴だ。それは俺が良く知っている。
まあ、言ってしまえば俺の与えられた使命の問題で、一人で行動した方が楽そうなのもあるが。でもなー。
「やだよ!理斗くんもいないと!私は三人でいたい、じゃないと不安だよ……」
「俺も、お前がいないとつまらん。来い」
二人は一向に首を縦に振らなかった。由奈は分かる。いつも三人一緒がいいと常日頃から言っていた。だが要はどうした。クールがなりを潜めてお前も来いって、いつから俺様属性手に入れたんだよ。
「カナメ様。ユナ様」
「あ、エリス様」
今気づいたと言わんばかりに美少女へ視線を向ける二人。エリスと言うらしい美少女は居住まいをただすと、俺たちに向き直る。さっきまで口げんかしてたから正直威厳とか感じられないんだけど、たぶんお姫様とかそういう立場の人だよね、状況的に。
「ご友人、リト・イナメ様でしたよね。お目覚めになったことですし、一度陛下にお目通り願いたいのですがよろしいでしょうか?」
◇
俺たちは身長の倍以上もある大扉の前に立っていた。真紅に金縁の荘厳な扉は周囲の壁の装飾も相まって緊張感をあおる。それが狙いであるのは分かっているが、やはり体は縮こまってしまう。俺は偉い人に会う経験は初めてなわけだから。
要たちはこちらに来たその日に会ったらしいが、それでも緊張が見えた。
大扉が開かれる。赤の絨毯が敷かれた部屋はかなり広く、正面数メートル先、見上げなければならない位置に壮年の男性が座していた。なでつけたブロンドヘアと装飾過多な衣服が目立つ。
エリスの後ろをついていくと、階段から一メートルほど離れた個所で足を止め膝を付いた。俺もやった方がいいのかと二人を窺えば首を横に振られた。やらなくていいらしい。
「面をあげよエリス。目覚めたようで何よりだ、勇者のご友人よ。私はヴィルガルド王国20代国王、フロスワ・ヴィルガルドだ」
「稲目理斗と申します。ご迷惑をおかけしたようで……」
「貴殿が謝る必要はない。こちらの落ち度である。勇者方もこれで出立の決心も固まろう」
「出立?」
いくらなんでも早くはないだろうか。
「旅に出るのではない、我が国の管理する迷宮に行って実戦経験を積んでもらうのだ。腕のあるものも同行させる。稲目殿は安心して城で待っておられるといい」
諌められた目を見返しながら考える。ふむ、戦力外通告か。都合がいい。このまま国を観光したいとかいえば便宜を図ってくれたりはしないだろうか。そんな器の大きい人物にも見えないが。
「稲目だけ残していくなんてできません」
「そうです!私たちは3人で一緒なんです!」
俺の思惑とは裏腹に、先ほどのベッドルームの再来というか、こいつらは思っていた以上にこの三人でいることに依存していたらしい。異世界という孤独な場所に来てしまったが故か。
「ならば勇者らは戦うすべのない凡人に危険な場所へついてこいとおっしゃるのか」
凡人って俺のことだよね、きっと。
「そ、それは……理斗くんだって訓練すれば私たちみたいにできるはずです!」
「残念ながら彼は勇者ではない。勇者はその証によって成長率に大きな補正がかかっている。君たちは特別だ」
うつむく由奈。実のところ、闇の女神に使命を託された段階で何かしらの便宜を図ってもらったのだが、自分でも何をもらったのかわかっていない現状、俺は自分が本当に凡人なのか、はたまたチートなのか分からないでいる。リアの記憶は持っているが、リアの力を得たわけでもないだろうし。ゲームのように能力が数値化されれば楽なんだが。
『ではステータス開示の術を授けましょう』
「……え?」
ふと頭に直接鳴り響いた声に、俺は小さく驚きの声をあげる。
「理斗くん?」
由奈が気付いて俺の名を呼ぶが、それどころではなく。ふわりと温かくなった体に瞠目した。
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