ある雪の日
それは珍しく雪のちらついた冬の日だった。
学生服の上からマフラーとコートを着込み、忘れてきた手袋を恋しく思いつつ、俺は傍らの友人、東藤要と共にもう一人の友人天沢由奈を待っていた。冬の部活動は短いが、自主練習を禁止しているわけではない。3人で門限ぎりぎりまで竹刀を振って、汗を流して身支度を終えたのが数分前。女子の方が身支度に時間がかかるのはあたりまえで、こうして二人で待つのも常の事。
個人のロッカーの並ぶ部室の中とはいえ、ヒーターを設置してくれるほどこの学校は潤っていない。かじかむ手に息を吹きかけて束の間の温かさを感じていれば、要が徐に自身の手袋を外した。
「稲目、使え」
ぶっきらぼうに渡された片方の黒い手袋。全身黒色で固めるこいつの所持品は大体が黒で、日本人らしく目も髪も黒なものだから、夜の街にいれば不審者まっしぐら。加えて無表情と無機質な物言いで、顔はそれなりな好青年だというのに女子からの評判はあまり良くないらしい。
とはいえ、そんなことは関係なく俺にとっては中学から5年間連れ添った親友である。
「いいのか?さんきゅー」
借りた片手の手袋に両手を突っ込んで、一息。
すると、部室の外から足音が聞こえ、俺と要はベンチから腰を上げた。
「理斗くん、要くん、お待たせしました!」
勢いよく開かれた扉。待ち人である由奈は人を待たせるのが心情として出来ない性質で、今も折角の可愛い水色のマフラーと紺のコートを手に持ったままである。
「待たせるのはいいから、マフラーとコート着た方がいいよ」
「そ、そうだね」
いそいそとコートにそでを通し始める由奈。同じ剣道部の友人であるが、如何せん、剣道という暑苦しい競技とは似つかない容姿の持ち主である。肩まであるふんわりとした茶髪と、気弱にも見える大きなたれ目。肢体は女性らしいふくらみを持っており、クラスの男子を虜にするには十分な少女である。しかし、剣道部員は彼女のたれ目が相手を射抜くときの鋭さを知っているし、動かしにくそうな豊満な胸を持つにもかかわらず俊敏に竹刀を操ることを知っている。彼女は要と俺に次ぐ、我が剣道部のエースだった。
「後ろおかしくなっていない?」
由奈がくるりと後ろを向いて、綺麗に結んだマフラーを見せる。マフラーは器用にも後ろでリボンに結ばれている。
「大丈夫、ちゃんとリボンになってる」
「よかった」
「行くか」
時刻は午後7時。冬の寒さの強まる時分。俺たち以外に部室棟には誰も居ないようだった。部室の戸締りを確認して、鍵を所定の場所へ。最後に今通ってきた廊下の電気を消せば、外の電燈のみが頼りの夜の世界である。
何となく空を見上げ、ふと違和感を覚えた。
星のない空に、青白い月が浮かんでいる。いや、あれは月じゃない。
「あれ?」
「ん?」
二人も首を傾げ、周囲を見回す。
普段灯っている電燈が灯らない。
しかし、煌々と明るい。
青白い、蛍光灯とは違う光を月のような球体は発していた。否、それは既に球体ではなかった。
「あ……」
俺は絶句した。近づいてきた円はいつか漫画で見たような、幾何学模様が幾重にも重なってできていた。UFOなんかよりよっぽど非現実的に思えるそれが、俺たちの頭上に浮いていた。
刹那、円から光がほとばしった。
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