かばわれた騎士 上
強い焦燥に駆られてイーズは飛び起きた。全身から冷や汗が噴き出し、浅い呼吸を繰り返す。何度か吸って吐いてを繰り返し、大きく吸って、大きく吐く。見回した周囲は土壁ではなく、見覚えのあるものだった。ひし形の模様の入った壁に、別途の脇の木製テーブルに水差し。壁際には黒い戸棚がひとつ。窓には紺のカーテン。城の西に隣接する騎士団詰め所の救護室だ。
自分が救護室にいると分かったイーズの意識ははっきりしていた。自身が何をしていて、どうしてここにいるのか。
「っ、あいつは」
あの少年。稲目理斗はどうなっただろう。
あの後、赤い髪の少女が怪物を倒した後。イーズは理斗の元へ駆けより、彼を担いで出口を探したのだ。するとどうだろう。巨大な水晶の向こう側。丁度正反対の位置に、上へ続くと思われる階段が現れていたのだ。なぜ、などそんなことはどうでもいい。イーズは階段を目指し、ようやっと到達して一段目に足をかけて――そこから記憶がない。
その時、ドアがノックもなく開かれた。驚いて顔を向ければ、目が合った。次第に見開かれていく瞳。
「お、お目覚めでしたか……!」
よかった、とため息のようにつぶやいた男は、かつて部下だった男だ。王国騎士部隊、主に城を中心に護衛をする騎士団であるが、その副部隊長をしていた際、部下であった。
「わかります?ここは城の中ですよ」
「わかる。状況は理解している。ノクトル、あいつは、稲目殿は?」
俺の名前覚えていてくれたんですね!なんて感激して見せる彼は、コバルトブルーの瞳を嬉しそうに瞑った。
ノクトルは要殿のような黒い髪を持ち、目鼻立ちは少し瞳が大きいくらいで他に特質することもない、いわゆる地味な青年だ。しかし、地味だからこそできる仕事もある。そういった仕事についているはずだが、なぜ今彼はここにいるのだろう。聞けば、たまたまという。こういう掴めなさもこいつらしい。
「ご心配の稲目殿なら城内の治療室にて治癒魔法師団の集中治療を受けています。怪我がひどくて」
「……そうだろうな」
あいつは俺をかばったのだから。口から出そうになった言葉を飲み込んだ。思い切り壁に打ち付けられたのだ。頭から血を流していたし、あばらも何本か折れていたかもしれない。
「俺たちはどこにいたんだ?どのくらいたった?」
ふと思い立って尋ねる。
「迷宮の入り口です。俺たちが救出部隊を整えているその時に発見されました。それから半日経ちまして、今は翌日の早朝です」
「治療は?」
「副団長はほとんどけがをされていなかったので軽い体力回復のみを。稲目殿の治療も2時間ほどで終了したのですが、まだ眠ったままです」
なら、もう命の心配はないということか。イーズは胸をなでおろす。ほど一般人の少年に自身をかばって死なれたら、騎士としての誇りなどもう語れない。
「そうか。俺はもう大丈夫だ。報告が必要だろう」
「はい。ただいま声をかけてまいります」
「俺も行く」
ベッドから降りてもどこも傷まない。それが騎士として、己の不甲斐なさの象徴であった。