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僕しか愛せない  作者: 栗田正平
2/2

第2話僕はギャンブルを愛せない。

自分の感情を全て吐き出し、言葉を出し切った僕はやっと我にかえる。


「ーープープー」


どうやら電話は切れていたみたいだ。夢中になっていた僕には、当然いつ電話が切れたのかなんて知る筈もない。僕は何をしていたんだろうか。電話をかけた時からの記憶が飛んでいる。だけど、良い記憶ではないような気はした。何か、人にとても恥ずかしい場面を見られたような気がする。それもとびきりの。



「とりあえず、また勇紀に電話を掛けるのはよした方が良いかもしれない。」


そんな風に察した僕は、所持金1万円と2日分の着替えを入れたバッグを手に家を出た。両親には顔を見られないようにそそくさと出ると、コンビニへ求人雑誌目当てで向かうことにした。


「っしゃいませ〜」


やる気の欠片も感じない気の抜けた店員の声を背に、雑誌コーナーに向かう。目当ての求人雑誌より先に手にとったのは漫画雑誌だった。僕は漫画が嫌いじゃない。漫画は僕の全身を喜ばそうとしてくれている。迫力のある絵、説得力のあるセリフ、洗練された魅力的なストーリー。漫画家の才能は底が知れない。だが、逆に同情する。多才でなければならないこの職業に。ひと通り漫画を読み終えると、無料の求人雑誌を手に取ってコンビニをあとにした。



「ろくな求人がないなぁ。」


これから正社員の内定をもらうまでに最低でも数週間の期間が必要だ。その期間を過ごすためのお金をバイトやらで稼がなければならない。働いたことのない僕は相場がよく分からなかった為、一時間拘束してたった700円しか支払われないことに怒りを抱いていた。


「どいつもこいつも人をなんだと思ってるんだ …」


そんな言葉がするっと口からこぼれ落ちた。悩みながら大通りを歩いて行くと、大きなパチンコ店が見えた。僕はパチンコを一切やっていなかったが、当然興味はあった。噂はよく聞くからだ、ゲームセンターなどでよく見かけるあれでお金を増やすことができるらしいと。働かなくて良いんだ …というふうに安堵しながら僕はパチンコ店に入った。


「……う、うる…さ……い」


ゲームセンターのような、耳を集中砲火するように音が攻める。当然やり方のわからない僕は周りの人を観察してその通りにやることにした。


「この機械の隣のところに千円を入れるのか。結構高いんだな…」


そしてお金を入れるとメダルがすごい勢いで出て、すぐに出すのをやめた。千円でこれっぽちなのかと落胆しながらも見よう見まねでメダルを入れる。メダルを入れる。ボタンを押す。レバーを引く。ボタンを押す。ボタンを押す。ボタンを押す。


「 なんだこれ…すごい楽しいじゃないか!今までこんな楽しいことを知らなかったなんて…」


画面がカラフルに変わって、僕を飽きさせたりしない。しかし、数十分後には所持金の一万円は綺麗さっぱり消えていた。飲み込まれていく千円札の光景にどこか快楽を覚えていた僕は、後悔などないような気持ちに覆われていた。しかし、それは一瞬だけだった。冷静になって考えると、たった数十分で一万円を飲み込んだこ

の機械の怖さを思い知った。そしてそのあとどうしようもない焦りと後悔が僕に迫り来る。真っ青になった顔でその場から立ち去ろうとした時、マスクとサングラスとニット帽をかけた明らかに怪しい中肉中背の中年男性に声をかけられた。


「 おい、お兄ちゃん。もう諦めちゃうのかい?その台もうちょい打てば当たると思うぜ」



初対面にも関わらず、僕に馴れ馴れしく話しかけるこの男性に多少ムカつきを覚えながら、こう答える。


「僕、もうお金ないんです。やりたくてももう一銭だって残ってないんです。」


「ハハそうかまぁ、仮に一銭残っててもパチスロやパチンコはできないんやけどなガハハ、というか一銭なんてこの世に現存してないかガハハハ」


暗い僕をよそに楽しそうに笑うと、こう続けた。


「じゃあ、この台はワシがもらって良いんだな?ガハハやりぃ。」


そう言うと僕の了承も無しに、男性はその台に座りプレイをした。するとなんとその直後に当たってしまったのだ。


「ガハハすまんな、こんなすぐに当たるとは思ってなかったんだけっじょも、悪いなぁ。にいちゃん。」


変な方言と横柄な態度に心底、神とこのおじさんを恨んだ僕は今度こそたち去ろうとすると、またこのおじさんに止められた。


「 おいおい、待てよにいちゃん。いくらなんでも可哀想だ。せっかくだから良いことを教えてやるよ。良いギャンブルを。」


このおじさんはやっぱりアホだ。今さっき一文無しと言った僕に新たなギャンブルを紹介するくらいなんだから。


「 おじさん、だから僕にはお金がないと言っているでしょう?そんな僕にギャンブルを勧めるなんて正気とはとても思えませんよ。」


「チッチッチ…何も賭けるのは金だけとは限らないだろう?」


嫌な予感がした。いや、もうすでに僕は最悪の結末が待っているドアに手をかけているのかもしれない。しかし僕の興味、好奇心はそう簡単には折れてくれない。


「それはどういう意味ですか?」


「おっ、興味持ったな、にいちゃん。俺にも詳しいことはワカンネー。でも金以外のモノを賭けて大金を手に入れることができるギャンブルなんだとよ。」


「…… それはどこに …? 」


「それはね…この店内の中だよ」


おじさんが放った言葉に動揺と高揚を隠しきれなくなった僕は、声がうわづった。


「 店内のどこ …ですか!?」


「 たしか…男子便所の用具入れに、ノックを4回すると、招き入れてくれるんだったと思うよ。…って、まさか、おめぇ、行くんか!?」


「 ま、まさか… そんな怪しいところ行くわけないじゃないですか」


「 だよなーワシもそう言う類の話は嫌いじゃねぇーが、明らかに怪しいもんなぁ。それに噂によると、誰一人帰ってきたもんがおらねぇらしいからな。」


僕は嘘じゃなく、さっきまで本当に行こうとなんかしていなかった。いや…悩んではいたが…。だがそんな僕にこの言葉が背中を押した。誰一人帰ってきた者がいない。そんなことを言われると、俺は他の奴とは違う。俺なら帰ってこれる。そう思ってしまう。


僕はトイレに向かった。人は誰もいない。今しかないと思い、4回ノックをする。すると、数秒の沈黙のあと目の前が真っ暗になり、全身の力が抜けた。


「……ウッ…」


急に視界に光が現れる。どうやら少しの間眠っていたようだ。眼を開けると、賑やかなギャンブル会場が見えた。眠っている間にどこかに連れてかれたのだろう。音も先程のパチンコ店に負けないくらいだ。すると両脇に立っていた男に話しかけられた。


「どうも、leefカジノへようこそ。うちのカジノ店は他の店とは一風変わった、とても面白いものを賭けていただきます。」


一風変わったモノ?、臓器?命?マンガ脳の僕はそんな非現実的な想像を膨らませている。しかし勿論、こんな想像はしているが、そんなものではないと僕自身は分かりきっている。現実はマンガのようにはっきりと明るくないし、暗くもない。僕をとびきり喜ばせたりもしないが、とんでもなく地獄に落とすことなんてもない。そう言う意味では現実はとても安全で平和かもしれない。そして僕は賭けるものを予想し言い放った。


「時間拘束かな?時間をかけてその負けた時間だけ働くとか?一時間を2千円でレート換算して買った分の時間はお金に換わるとかかな?」


おそらく怪しい中での、一番現実的な答えを言った。おそらくこれだと思っていた。いや、これしかありえないと思っていた。しかし、もう一人の男が笑みを浮かべながらこう言った。



「 フフ、面白いことを考えますね、とても良い案ではございますが、一時間2千円というのは少々割にあっていないかと…フフ」


僕は急激に体が冷えていくのを感じた。顔が青ざめていく。鳥肌が見たことないくらいに総立ちしている。

口を震わせながら、恐る恐る、尋ねた。


「 …では一体何を賭けるのでしょうか?」


男があるルーレットのテーブルに案内する。


「 百聞は一見に如かず。実際に見てみたほうがわかるでしょう」


ルーレットに賭けているメガネの男性の前には大量のメダル。かなり大金、…いやそういえば、金じゃないのか、…よくわからないものを多く賭けているみたいだ。


メガネの男は15に1点掛け。この15にルーレットの玉が入れば賭け金の36倍がもらえる。しかし外せば、すべての賭けメダルを失うことになる。この男にとっては一世一代の場面である。とは言っても何を賭けているのかも分からないのだけど…。


「…入れ!15ッ!入れ!…」


ルーレットの玉は軽快に回っていくと、次第にスピードが落ちていき、24に玉が吸い込まれた。


「 あっ…そんな…いけると思ったのに…どうしてッ…」


ディーラーは落胆している男をよそに無慈悲にも、すべてのメダルを没収した。するとその時メガネの男性が吠えた。


「 い、 …嫌だ、…死にたくない…こんなところで人生を終わらせたくなんかない…助けて!誰か俺にメダルを貸してくれ…!」


しかしそんな叫びも虚しく、誰も彼にメダルを貸すものはいなかった。するとディーラーは落ち着いた口調で淡々とこう言った。


「持ちメダルをすべて失ったため、あなたに執行致します。」


「 う、うわぁ…や、やめ…やめてくれえええええええええ」


そう最後に叫ぶと、座り込んだ。彼の目から光を失い、身体中のエネルギーをなくした彼は、一生立ち上がることがないような気がした。すると、男の身体から黒い霧のようなものが出てくると、先程の騒ぎ倒した彼とは正反対に変わって感情をなくしてしまったのだ。


「 これでわかりましたか?」


少し笑っても見えるような表情で僕に、店の男は問いかける。


「 彼が賭けていたものは…感情だったのかい…?」


すると今度は確かに笑ってこう答えた。


「 ご名答」



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