第1話 僕しか愛せないワケ
大学受験に失敗した僕は、浪人することを親に禁止され、就職することを強制された。しかし高校を卒業してもどこにも就職することができず、18歳で無職になった。親にも見放され、就職先が決まるまで家に入ることさえも禁止されてしまった。とりあえず今夜の宿を決めなければならないため、友人の家に泊めてもらおうと電話をかける。
「ーープルルルル」
僕には家に泊めてもらえるほどの仲の友人がいない。でも、それでも一番仲の良い人にかけた。今の僕にはこれにしか賭けれない。
「もしもし、勇紀だけど…お前…誰?」
「あぁ、突然すまん。僕だよ。」
初めての電話をかけた。当然勇紀は僕の番号を登録してはいなかったみたいだ。
「なんだお前かよ。びっくりさせんなよ。ってか、お前から電話なんて珍しいな。なんかあったのか?」
「実は…親に、家から追い出されたんだよ…」
僕は勇紀に事情を話した。いつものテンションの高い勇紀とは違って、今日の落ち着いた勇紀は初めて見た、いや聞いた。
「そうか、就活失敗したとは聞いてたけどそんなことがあったのか。大変だったな…俺にできることならお前の役に立ちたいよ。」
「でも…お前を泊まらせることはできない。」
でも…そんな言葉のあとに発せられる文章は決まって僕を喜ばせたりはしない。しかし勇紀からそんな言葉が発せられるだろうと覚悟はしていた。だってそこまでの仲ではないのだから。でも、勇紀が僕に変に気遣おうとして、優しい奴だと思われたいと未だに思っているなら笑い話だ。こんな表面だけの奴だとは思わなかった。心底僕は彼に失望した。いや、失望するほどの信頼が彼にあったのかというと、それは肯定できない。
「でも…お前も悪いぜ。」
僕はハッとした。鳥が豆鉄砲を食らった顔というのは、まさに今この僕の顔だ。待ち構えていた言葉とは正反対のような言葉が僕に襲いかかる。
「親父さんたちは、お前が就職先を探したりもしないから、人の世話にならない生活をさせるために家から追い出したんだろ!お前が俺の家に泊まったってお前の状況は何にも変わらないじゃないか!」
僕は彼の言葉の意味を聞こうとしなかった。僕が熱心になったのは、この言葉が本当に僕のためを思って言った言葉なのかということだった。僕という邪魔者を家に泊まらせたくなんかなかった為の、正論めいた発言ではないのかということだ。納得せざるをえない言葉で、僕を振り切ろうとしているのではないかということだ。そう思うと彼への憎悪が湧き上がってきた。今まで聞いたことのないような音、いや声が身体中に悲鳴になって響きだす。身体が声で震えている。先ほどの中途半端な憎悪と混じり合い、遂には身体中から音が、声が、憎悪が溢れ出した。
「お前に僕の何がわかる?お前のように能天気に日々を過ごし、金さえ出せば入れるFランの大学に進学しただけの分際で、なんで僕に説教ができる?ふざけるな!今のご時世、高卒でとってくれるようなとこなんてまともなとこじゃねーんだよ!なんで僕がそんなとこで一生を捧がなきゃならないんだ。」
僕は一切の間を使わず、滝のように言葉を流していく。
「僕はお前が嫌いだ、僕を分かろうとしない、分かり合えない。僕は親が嫌いだ、浪人させてくれない、僕の願いを聞いちゃくれない。」
僕は僕の思う全ての感情を今この瞬間に吐き出している。
「僕は全ての人間が嫌いだ。僕の思うように動いちゃくれない。」
僕は僕の願いを叶えてくれない全ての人間を恨んでいる。ただ、そんな僕にも唯一、愛している人がいる。
「僕はこの世の全てが嫌いだ、人も、モノも、でも…僕はそんな僕を愛している。僕は、僕しか愛せない…」
そう、僕は僕しか愛せない自己愛主義者なのだ。