№05 美女、若者、族長
「あった! タイガ兄ちゃんあったよ! あれが願いの花だよ」
首刈巨猿を倒した後に少し歩いたタイガ達は、開けた場所で一条の光が花々を照らし幻想的な風景を造り出している場所に辿り着いた。
それを指差し興奮したフィンが大きな声でタイガに伝える。
その美しい光景に息を呑んでいたタイガはフィンに促されて花に近付いていく。
「いっぺんに摘んだら無くなっちゃうから一人一輪だけだからね」
「分かった。あ、ちょっと待ってくれ。これを使って、摘むんじゃなくて根から土ごと鉢に入れるんだ。そうすると花が長生きするらしい」
「へーそうなんだ。うん。分かった」
タイガは収納してあった植木鉢とスコップをフィンに渡した。
フィンは丁寧に一輪の花を植木鉢に移す。
柄じゃないんだけどな、そんな風に思いながらもタイガも一輪の美しい花を植木鉢に移した。
フィンは大事そうに植木鉢を抱えている。
「じゃあ帰るか。ところで、俺もフィンの住む村に行っても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ! タイガ兄ちゃんは俺の命の恩人なんだから堂々としてたらいいよ。それに試練の泉でこっちに来たなら寝泊りするところも無いでしょ? 部屋は結構余ってるし、うちに泊まればいいよ」
「そうか、ありがとな」
タイガとフィンの二人は話しながら出口へと向かう。
その際、タイガは首刈巨猿が突然現れた付近を入念に調べ、ある物を見付けていた。
洞窟の帰り道は何者にも襲われる事はなく無事に外に出られた二人であったが、こちらに近付いてくる集団の気配を感じていたタイガは警戒していた。
一人、とびきりの速さでタイガ達に近付く影がある。
「フィン!」
「あ、クイン姉ちゃん」
「無事で良かった」
クインと呼ばれた金髪を短く刈り揃えた男装の麗人の様な美女がフィンを抱き締める。
フィンは花を押し潰されないように、なかなかの反射神経で花だけはクインの抱きつき攻撃から上手く避けさせていた。
フィンを抱き締めるクインの頭頂部にある獣耳が嬉しそうに揺れていて、妙に可愛らしい。
この美女はフィンの実の姉であり、金獅子族闘士団の中で現在最強の闘士にして族長の娘である。
フィンを抱き締め無事を確認した後のクインの笑顔を見て、タイガは単純に美しいと思った。
タイガの性格ならアネタの時と同じ様に短髪の時点で男性と間違えそうなものだが、クインの格好は男性的だがアネタと違い身体は女性的なメリハリが随分としっかりしてるので流石に間違えなかった。
「四つ手熊に追いかけられたけど、このタイガ兄ちゃんに助けて貰ったんだ」
「そうか」
タイガを見るクインは四つ耳である事に直ぐに気付いたが、それについて特に言及する事は無かった。
ただ、弟を助けてくれて感謝するとだけ述べ、頭を下げた。
クインが四つ耳に気付きつつも侮蔑せずに直ぐに礼を言った事にタイガは感心しつつ頭を下げ返す。
程無くして、タイガと同じ様に金髪を鬣の様にした若者達数人と鬣の様な髪だが赤髪の男一人がタイガ達の元へやって来た。
「弟は無事だったのか?」
「そちらに居るタイガ殿が助けてくれたらしい」
「ほぉ」
赤髪の男がタイガを品定めする様に見て、獣耳と人耳を確認し四つ耳と分かるとあからさまに侮蔑の表情を浮かべた。
タイガはそれに気付きつつも敢えて気付かないフリをしたが、この赤髪の男の評価を自身の中で最低ランクに決めて無視していた。
「貴様、本当に怪物共を倒したのか?」
赤髪の男の無礼な物言いに思う事が有ったが、無視をし続けるタイガ。
赤髪の男は、そんなタイガの態度に苛立ちを隠せない。
そして侮蔑の言葉を投げ掛ける。
「もう死んでいるものを、さも自分が倒したように見せかけたのではないか?」
「グラント殿、タイガ殿に対して無礼であろう?」
「生憎、四つ耳に対する礼は持ち合わせていないのでな」
それは、当事者であるタイガ以上にクインにとって許容出来る言葉では無かった。
彼女の祖母は獣人以外の血はかなり薄いが四つ耳である。
そして、その祖母を敬愛して育ったクイン。
「なっ、貴殿、いかに赤獅子族族長の子息とはいえ、ここは金獅子族の領域。我等金獅子族は混血だろうと同族を蔑みはしない。そのような言動は控えて頂こうか。申し訳ない、タイガ殿」
「いや、君が謝る必要は無いよ。それよりも、これで機嫌を直してくれないかな?」
そう言ってタイガは先程の花を植木鉢ごとクインに差し出す。
この花は恋を告げる花を意味する恋告花が正式名称で、恋する相手と結ばれたいと願う者の願いが叶う花と言われている。
その事から自分の想い人に贈るのに人気の花となっている。
タイガは勿論そんな事は知らずに女性に花を贈れば機嫌が直ってくれるのでは、という軽い気持ちで贈ろうとしていた。
「こ、これは? これを私に?」
「ん? そのつもりだけど駄目かな?」
「なぜ?」
「怒った顔よりも笑顔の方が好きだから」
好きだからという言葉に過剰に反応し、騒然となる金髪の若者達。
彼等は、その花をクインが受け取るかどうか、一挙手一投足を見逃さない様に見つめている。
クインの顔は少し紅潮していて、それに気付いたフィンはニヤニヤとしている。
「ん? いらない?」
「いや、いる! このような美しい花を贈ってくれて感謝する」
そう言うと、真っ赤な顔になるクイン。
クインは金獅子族の族長の娘で、尚且つ小さな頃から武にも優れていた。
その為に、同世代の若者達は互いに牽制しつつ、その高嶺の花にアプローチするのを禁じていた。
故にクインは恋告花どころか、野に咲く無名の花さえ贈られた事は無い。
タイガから贈られた花はクインにとって初めて贈られた花であり、それが恋告花なのだから、必要以上に照れて赤くなってしまった。
タイガとしては笑顔が見たかったのだが、怒った顔じゃなくなっただけで良しとしていた。
そんな二人、特にタイガの方をフィン以外の残りの面子は憎々しげに見ていた。
「弟は無事だったのだ。四つ手熊も、そこの男が倒したと言う。ならば何時までもここに居る必要は無いのでは?」
赤髪の男、赤獅子族族長の息子グラントが空気を変える。
そもそも、四つ手熊がうろついているという話は、この男によって金獅子族の村に伝えられた。
もうじき開催される獅子獣人族の筆頭部族を決める為の雷神流闘法の武闘大会、その確認事項を伝えに来たグラントだったが、道すがら四つ手熊を見掛けたとクインに伝えた。
今は四つ手熊が出る時期ではないのでハグレ四つ手熊である可能性が高く、その場合は大変危険である。
部族内の人員の無事確認をした所、フィンだけ行方知れずだったので部族内の手練れを選抜し捜索に出ていた。
そのフィンが見つかり四つ手熊も始末してあるのなら、確かにここに居る必要は無い。
タイガとフィンとクイン、そしてグラントと金獅子族の若者達は金獅子族の住む村に戻る事にした。
村への道すがら、フィンはクインにタイガの素晴らしさを伝え、クインはそれを聞いて感心しタイガの評価を上げていた。
勿論、それは花を貰った事も無関係ではないだろう。
クインにとってタイガは無関心ではいられない男になっていた。
そして金髪の若者達はその様子をまたも憎々しげに見ていた。
村に戻り、フィンの生存とそれがタイガのお陰である事が報告されると村人達はタイガを歓迎する。
多くの村人は四つ耳であるタイガに対して偏見の眼を持たなかった。
その事はタイガを大いに安心させ、また村人に対しての好感度も大いに上がる事になる。
だが、全ての村人がそうだという訳ではない。
そうではない村人、闘士団の主に男性の若者達が十数人、タイガの招待された族長の家に詰め掛けた。
「どうしてそうなるのだ!?」
室内にクインの怒声が響き渡るも、族長の家に詰め掛けた金獅子族の若者達は誰も自分の意見を変えようとはしない。
族長の家に来た金獅子族の若者達は多くがクインに懸想している者達だ。
クインは今の金獅子族の若者達の中では雷神流闘法最強の使い手だ。
強く、そして美しい。
そのクインが劣等種である四つ耳を高く評価するのが気に入らない。
どうせ四つ耳なのだから大して強くはあるまい。
あの者が評価するに値しない凡夫だと我等が力づくで教えてやろう。
そうすれば、クインも気付くはずだ。
彼等の考えは嫉妬から派生した余りにも短絡的なものだった。
そして短絡的であるが故に熱量は高く、妙な迫力すらあった。
だが金獅子族の族長、そしてタイガも若者達の迫力に特に何も感じなかった。
クインだけが悪影響を受けて狼狽していた。
族長は娘をまだ若いから仕方が無いのかもしれないなと思いつつ、反対に泰然としているタイガを高く評価する。
「まあ、タイガ殿とやり合えば自らの考え違いも分かりそうなものではあるがな」
族長が一人呟く。
タイガと若者達には若者達が思っているのとは逆方向に実力に大きな差があり、それを知るタイガは泰然としていると族長には分かっていた。
そんな族長の呟きを耳聡く聞いていた若者の一人が大きな声を発した。
「族長もそう仰るのです。客人と我等、手合せを願いたい」
顔を真っ赤にして族長に詰め寄る若者達、遠慮を知らない不遜な態度である。
泰然としていたが、年長者を敬うタイガにとって看過できない状況だった。
「良いですよ。今からでも始めましょうか?」
「しかし、タイガ殿」
「この人達の行動は、目上の者である族長に対する態度とは思えない。少し仕置きが必要なんじゃないですか?」
「仕置きだと!? 四つ耳ごときが思い上がりおって!」
「そうだそうだ!」
「思い上がってるかどうか確認すりゃいいだろ? こっちはいつでも良いんだぜ?」
頭に血が上っている金獅子族の若者達を一瞥すると馬鹿にした様に笑うタイガ。
そしてその笑みは、徐々に凶暴さを増していき、終いには殺気を撒き散らし金獅子族の若者達を威圧する。
その威に屈し、ついさっきまで大口を叩いていた金獅子族の若者達はタイガと目を合わせようすらとしない。
「それくらいにしてやってくれ。それ以上されると俺が昂ってタイガ殿と手合せしたくなってしまうだろう?」
「それは困っちゃいますね。でも売られた喧嘩だけ買わせて貰って良いですか? 彼等も納得できないでしょう」
「そうだな。じゃあ晩の宴の前の余興としてタイガ殿と闘士団との手合わせを行おう。皆もそれで良いな?」
族長が若者達に問うと皆が恭しく俯いた。