№02 落下、襲撃、邂逅
「うわああああああっ」
絶叫を上げていた三人は、目の前から光の渦が消えると辺りを見回す。
すると自分達が地面の上ではなく、地上十数メートルの位置に居る事に気付いた瞬間、重力の法則が突然に機能を始めたかの如く落下していく三人。
「うわああああああっ」
またも絶叫を上げる三人であったが、絶叫を上げながらもタイガは眼下に生い茂る木々を確認すると枝が多い所に行くようにハッシュを蹴飛ばし、自らも混血とはいえ獣人、その特性である素晴らしい反射神経でバタバタと暴れるアネタを抱きかかえて庇いつつ枝をクッションに減速して無事に地上に降りた。
ハッシュもタイガのお蔭で木の枝をクッション代わりに減速させつつ、最後は尻餅を付くと言うおまけ付きの無様な姿ではあったが無事に地上へ降りた。
「ここはどこだ? 俺達は一体どうなったんだ?」
「きっと、試練の泉」
「試練の泉? お嬢ちゃん、もしかしてそれって……」
タイガは周りをきょろきょろと見回すと、自分がついさっきまで居た空間とは明らかに違う事に戸惑ってしまい、独り言のように疑問を呟く。
するとアネタがそれに答え、その言葉に聞き覚えのあるハッシュは、何か知っているかもしれない少女に答え合わせを求めようとする。
「お嬢ちゃんじゃない、アネタ」
「そ、そうなんだ? 宜しくねアネタちゃん」
だが、それを中断されてしまった。
仕方無しに、そう言って手を差し伸べるハッシュであったが……
「えいっ」
掛け声と共に放たれた、腰の捻りで見事に力が乗ったアネタの右ストレート。
その拳が、ハッシュの股間にぶち当たった。
「フガフッ」
奇声を上げた後、言語に表せぬ衝撃から今度は無言になり悶絶するハッシュ。
それを見て胸を張り勝ち誇るアネタは、ハッシュを指差し宣言する。
「タイガを苛めるなら、アネタが許さない」
「ありがとなあ。アネタは優しいなあ」
そう言ってタイガが頭を優しく撫でると、にこやかな顔で気持ち良さそうに目を瞑るアネタ。
「でもこいつは俺の友達なんだよ。ハッシュって言うんだ」
「え? そうなの?」
表情が一変し青褪めた顔になったアネタに見つめられると、無言でゆっくりと頷いていくタイガ。
ただ、余りにもアネタが落ち込んでいるのでフォローをする。
「でもハッシュは殺すとか物騒な事を言ってたからな。こいつが悪い。アネタは全然悪くないぞ」
「でも……ごめんなさい」
アネタはハッシュに向かって頭を下げたが、急所を痛打された男は相変わらず横になっていた。
そんな三人の元にガサガサと音を立て歓迎できない客が現れる。
その客に最も早く気付いたタイガは大声を上げる。
「おいハッシュ! 寝てる場合じゃねえぞ!!」
その緊迫した声を聞き、なんとか意識を回復させたハッシュがタイガの方を見ると、その目にはキングコブラに似た、だが明らかに大きさが異常な白い大蛇が鎌首をもたげて威嚇している様子が見えた。
慌てて立ち上がり臨戦態勢に入りかけるハッシュ。
彼は誕生世界にタイガより先に来ていただけあって、いわゆるモンスターと言われる類のものとの戦闘経験はそれなりにある。
だが、鎌首をもたげている部分だけでも身長が百九十センチ近いタイガの倍はあり、胴回りも自分のウエストよりも太い白い大蛇を見るのは初めてで、どう対応すれば良いのか判断しかねていた。
一方のタイガはアネタを自分の背に隠し、相手の動きを一瞬たりとも見逃さないように白い大蛇を睨みつけながら、どう対応すれば良いか必死に考える。
地球のキングコブラとは大きさが違うが、もしこの白い大蛇が地球に居るキングコブラと同じ様な特性を持っているとしたら、この蛇が雌で卵が近くにある状況でない限り、おとなしく下がって距離を取れば何もされないはず。
なけなしの知識から、そう結論付けたタイガは、今からでは遅いかもしれないし、その考えが通用しない可能性もあるとは思ったが他に策は無かったので、白い大蛇を刺激しないように小声で二人に指示を出す。
「二人共、相手を刺激しないようにゆっくり後退するんだ。それしかない」
「ん」
「了解」
二人が了承したので、三人で共にゆっくり後退しようと動き出した。
その時、キングコブラに似た大きな白蛇の頭が後ろに小さく仰け反って勢いをつけると、人間程度なら簡単に一飲みに出来そうな位に大きな口を開けてタイガに襲い掛かった。
慌てるタイガだが警戒していたおかげで何とか反応でき、避けようとる。
しかし、後ろにはアネタが居る。
自分が避けてもアネタが避けられるか分からないと思ったタイガは一瞬戸惑ってしまう。
その戸惑いは致命的な戸惑いだった。
眼前に迫る巨大な蛇の口はもう不可避だ。
タイガはどうしようもなくなり、反射的に目を瞑ってしまうが、いつまで経っても訪れるはずの変化が来ない。
もしかして俺は何も感じずに死んでしまったのか? 或いは幸運にも生き延びれているのか? そんな風に思いながら、ゆっくりと目を開けたタイガの目の前には、口を大きく開けた白蛇が何か強い力に引っ張られているらしく、その状態のまま止まっていた。
白蛇はゆっくりと口を閉じていくと自分の尻尾の方を振り返り、そこにいる人物を睨む。
その白蛇と同じ様にタイガも自分を助けてくれたのであろう、その人物を見た。
そこにはタイガと同じ様に金髪をライオンの鬣の様にした二十代後半位に見える身長百八十センチ程の男が居た。
男は何処にそんな力が有るのか、一息に何百キロもありそうな白蛇を引っ張り、自分の方に強引に持ってくると頭を拳骨で殴る。
「人を見たら食う前に先ずは報告しろって言ったよな?」
白蛇はボンとアニメの忍者がやる煙玉の様に姿を煙の中に隠すと、次に姿を現した時には人の姿になっていた。
その頭は白髪だが十代半ば程の年齢であるのは見て取れる。
頭髪だけでなく眉毛も白い、肌も勿論透き通るように白く、瞳だけがルビーのように紅い。
身体にはそれ程メリハリが有る訳では無いが、妙に妖艶で見る者を惑わす姿は蠱惑的だ。
「だけどさあ、前に来た奴らは食べて良いって言ったじゃんかあ」
「あれは正当防衛だったからな。ケースバイケースなんだよ」
「けえすばいけえす? なんだか美味しそうだねえ」
「食い物じゃないから。まあとにかく次からは先ずは報告な」
「はあい」
溜め息をつきながら娘を諭す男と、ちょっと甘えながらも男の言う事は聞く可愛らしい娘、その二人の様子を黙って見ているタイガ達であった。
「食われずに済んで良かったな。それとも驚かせて悪かったと謝るべきかな?」
「……」
男にそう言われたタイガ達であったが、リアクションに困っていた。
「ねえねえ、この子達は悪い事をしてたから無視してるんじゃないのかなあ? やっぱり食べちゃって良い?」
「取り敢えず、食べるって選択は無くしておこうな」
「ちぇ」
男は蠱惑的な白髪色白の娘を嗜めるとタイガ達に振り返り、また言葉を発する。
「俺は訪問者のライ、この子は白だ。今は人化しているが、邪喰聖蛇で、白化個体だから強い個体だよ。人も喰うけど森を荒らそうとしなければ一応は大丈夫。ああそうそう、俺も人化していて本来は純血の獣人だ」
「あ、あの、俺は訪問者で混血エルフのハッシュです。こっちの混血獣人も訪問者でタイガ、もう一人はえっと……」
「アネタだよ。アネタは訪問者じゃないよ」
「そうか。それで、君達三人はどうしてこんな危険な所に?」
「俺達はそもそも此処が何処なのかすら分からないんです。泉に入ったらここに落ちてしまって。アネタちゃんも言ってたんですけど、たぶん試練の泉なんじゃないかと……」
「なるほど」
「試練の泉ってなんだ?」「試練の泉ってなあに?」
タイガと白の質問に、それぞれハッシュとライが答える事になった。
試練の泉、別名では出会いの泉や神の泉とも呼ばれている。
神によって造られたと言われる泉で、その泉に入った者の資質に合わせ転送し、試練を与え成長を促すと伝えられている。
また、その試練を乗り越える為の出会いが用意されている場合も多々有り、自身の成長を願う者には至れり尽くせりのように感じる泉だが、試練は簡単なものではなく命を落とす事も多々有る。
「きゃ」
一人ポツンと四人の様子を見ていたアネタが小さく悲鳴を上げた。
アネタの方を見るタイガとハッシュ。
二人の後ろを指差すアネタ。
そこには前足六本後足二本全部で八本の足と顔に八個の目が有る熊、蜘蛛熊が全長五メートルはある大きな身体でノソノソとタイガとハッシュの近くまで来ていた。
「うおっ」
思わず上げてしまったハッシュの声に蜘蛛熊がピクリと反応し、ハッシュをチラリと見るが興味無さ気にプイと横を向いてしまった。
「ん、お腹一杯?」
「不味そうに見えたのかもな」
アネタが呟きタイガが返事をする。
「俺は食料扱いなの!? って言うか不味そうってどういう事だよっ!? 美味いわ! いや、それもなんか違う!」
ハッシュが思わず大声でアネタとタイガに突っ込みを入れてしまう。
すると、その声が癇に障ったのか蜘蛛熊が唸り声を上げて威嚇してくる。
後足だけで自分の身体を支え立ち上がり、六本の前足を上下左右に大きく広げ、ただでさえ大きな身体を更に大きく見せようとする。
ハッシュは蜘蛛熊のその姿に、邪喰王蛇状態の白と対峙した時と同じ様に恐怖を感じるが、本日二度目の対怪物の恐怖体験だった事もあり、素早く臨戦態勢をとる事が出来た。
だが、それは良い対応とは言えなかった。
蜘蛛熊が立ち上がったのは威嚇段階であり、静かに立ち去れば見逃されていた。
だがハッシュが臨戦態勢をとった為に、敵意有りと見做した蜘蛛熊は排除行為に出る。
右前足三本をハッシュに向かって振り下ろす為に、予備動作をする蜘蛛熊。
この樹海のヒエラルキーの上位に位置する蜘蛛熊の一撃は、ハッシュに避けられるものではない。
だが、その右前足が彼に振り下ろされる事は無かった。
なぜなら蜘蛛熊は視界に何かが見えた瞬間に意識を刈り取られている。
誰もが捉え切れない神速でライが蜘蛛熊の心臓に拳をめり込ませていたからだ。
神々の闘い方の模倣と言われている数々の闘法の中の一つ、雷神流闘法。
その雷神流闘法、神級技の一つである雷神拳と言う技だ。
「ここでゆっくりするのもなんだし、近くに俺の住処が有るからそっちで話す事にしないか? そこならここよりは安全だ」
そう言ってライが蜘蛛熊の身体を縄で縛り背中に軽々と担ぐと歩き出す。
何が起こったのか分からないで呆けていたタイガ達三人は、ただ言われるがままにライに着いて行く事しか出来なかった。