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№16 頭突、意地、奥義

「それでは! 一回戦最後の試合である第八試合を始める! 両者、前へ! 始めっ!」


 本日最後の試合である一回戦の第八試合は金獅子族の代表であるクインと黒獅子族の代表であるアンバーとの試合だ。

 筋肉質で線が太くなりがちな獅子族の中にあっても明らかに線が太過ぎるアンバーが泰然としているのに対し、クインは緊張がはっきりと見て取れる。

 その事に気付いたアンバーは、まるで昔の自分を見ているようだと思う。


 アンバーは幼少の頃より黒獅子族としては、明らかに線が太かった。

 黒獅子族の特徴として柔軟な筋肉や引き締まった身体があげられるのだが、アンバーは見る人によっては肥満体と言うレベルの線の太さである。

 だが身体の多くが脂肪である肥満体という言葉はアンバーを表すには不適切だろう。

 彼女は全身が筋肉で覆われているからだ。

 柔軟な筋肉が塊となり身体を形成し、単純な膂力に特化している。

 黒獅子族の中で敏捷性は一番低いが、捕まえさえすれば部族の誰をも倒す力を持っていると評された。

 コノメ大森林の黒獅子族最速にして最強のサンタナをしてさえ、アンバーに捕まったら勝つ事は難しいかもしれないと言わしめる程だ。


 そんなアンバーにとって今では笑える話だが、以前は誰かと対戦する度に緊張をしていた。

 彼女の頭にあったのは、捕まえさえすれば勝てるけど、捕まえられなかったらどうする? という疑問だ。

 そう、勝てる力を持つ故に、その力を振るえなかったらと不安になり、常に緊張していたのだ。

 彼女の肉体は強者であったが、精神こころは未熟だったのである。

 だが時が過ぎ、数多の戦闘を経験し、また勝利を得る事によって、彼女の精神は強くなった。

 強くなり余裕を持てるようになったアンバーは、未だに緊張してしまうクインを見て若き日の自分を見てるようで微笑ましく思っている。


 だがふと、ある事に気付く。

 この子、自分の実力を発揮できれば勝てると思ってる? この私に? それはアンバー自身が幼少期から思っていた事なのだから、クインがそう思っていると思うのは当然だった。


「面白いじゃない」


 アンバーはそう呟くと、ついさっきまでとは違う好戦的な笑顔を浮かべた。

 対するクインといえば、実力を発揮出来ずに負けてしまう事を恐れて緊張している訳では無い。

 クインの緊張はタイガからの「一回戦を突破したらお祝いに何かプレゼントするよ」の台詞で絶対に負けられないと思っていたからこそであった。


「絶対に負けられない」


 クインはそう呟きアンバーを見つめ観察する。

 黒獅子族にしては線が太いと思ったが、筋肉量が多い事から力に特化しているのだろうと推測する。

 面白い、ならば力比べといこうじゃないか。

 そんな思考でクインはアンバーにゆっくりと近付いていく。

 タイガによるパワーレベリングでレベルが大きく上がったクインはその膂力も大きく上がっており、自身の力を対人、しかも部族の代表となる程の強者相手に試したい欲求があった。

 とはいえ不用意に近付くのは危険極まりない。

 だが、逆にアンバーは警戒を強める。

 見るからに力押しの闘いをしそうな自分に、不用意に近付くなんて馬鹿な真似をする訳がない。

 ましてやクインは線が細いとはいえないが、パワータイプであるようには見えない。

 アンバーはクインの罠、或いは策に嵌まらない様に注意深く見詰める。

 ところがクインは両手を上げ手の平をアンバーに向け、動きを止める。

 クインの意図するところは地球世界のプロレスで言うところの手四つである。

 自身の右手で相手の左手を、左手で右手を掴み力比べをするもので、誕生世界でも知られている方法だ。


「舐められたもんだねっ!」


 アンバーはクインの意図に気付くと乱暴に手四つの体勢になる。

 上背はクインが百七十センチ強、アンバーがそれより最低でも五センチは低い。

 互いの両腕の筋肉が膨れ上がり、ミチミチと音を立てて力が振り絞られている様に観客からは見える。

 クインは獅子族獣人の女性としては平均的な身長だが、アンバーは低い。

 だが、それを目にしている観客には二人がそれ以上の大きさだと錯覚するほどの迫力のある力比べになっている。


「なかなかやるな」

「アンタもなかなかだよ」


 言葉を交わすと更にヒートアップする力比べとそれを見守る観客。

 だが拮抗していた力比べは、上背が勝るからだろうか? ほんの僅かにクインが押し始める。

 そんな馬鹿な? アンバーは力比べをしながら獣化段階を二段階目に上げる。

 形勢は逆転し、一気にクインが押され、背中を仰け反らせる。

 だが、クインも負けていない。

 自身も不利な体勢から獣化段階を上げ、更に形勢を逆転する。

 そして、その勢いのまま強烈な頭突きをアンバーに喰らわせる。

 頭突きを喰らい、大きく背中を仰け反らせたアンバーだが、逆にそれを反動にして、反撃の頭突きを喰らわせていく。

 だがクインも、その頭突きを受けて立つように頭突きで返す。

 互いに仰け反ると今度は同時に頭突きを繰り出す。

 すると中間地点で互いの額と額が激しい衝突音を響かせる。

 互いの頭蓋から聞こえてはいけないような音を出しながら仰け反る二人だったが、怯まずに続けて何回も同じ様に頭突きを繰り返す。

 二人の意地の張り合いに観客は更にヒートアップし、大盛り上がりだ。


 やがて、どちらからともなく額から流血し始める。

 血塗れになりながらの頭突き合戦は、一際大きな血しぶきを上げると、互いに大きく仰け反り、そのままゆっくりと二人とも背後に倒れる。

 ほぼ同時に倒れた音が聞こえた後に静まる会場、審判が両者ノックアウトによる決着を判断する為に近付く。

 だが審判は立ち止まり、観客は騒然とする。

 血塗れの二人がほぼ同時にゆっくりと動き出したからだ。

 そして二人が共に立ち上がり、ファイティングポーズをとると、会場が揺れんばかりの大歓声が轟く。

 対峙し身動きしない両者に、応援の声が掛かる。

 会場を二分する二人への掛け声は、互いに張り合うようにその声の音量を上げていく。

 すると、二人の名を呼ぶ大合唱を受けながら互いに歩み寄り、どちらからともなく闘気を纏った横殴りの拳打を放つ。

 計ったかのように同じタイミングで互いの横腹に拳を減り込ませ、苦悶の表情を浮かべる両者だったが、次いでニヤリと笑うと逆の拳で横殴りの拳打を放つ。

 またもや同時に横腹に互いの拳を減り込ませる二人だったが、今度は苦悶の表情を浮かべる時間も惜しいとばかりに、すぐさま逆の拳で横殴りの拳打を放つ。


 最早それは単に意地の張り合いであったが、それこそがコノメ大森林の獅子獣人が好むものであり、観客のヒートアップの度合いは暴動でも起きそうな程である。

 それ以上に熱い、当事者である意地の張り合いの殴り合いを続ける二人は、いつの間にか互いに笑い合っていた。

 殴られる度に身体に激しい痛みを感じながらも、互いに笑い合う二人は気が狂った訳では無い。

 始めのうちは、自分には相手の攻撃が効いていないという主張の為に笑いながら殴り合っていた二人だったが、今となっては単純に殴り合いが楽しくて笑い合っている。

 戦闘時脳内麻薬高揚、バトルハイである。

 暫く殴り合いを続けていたが、二人で示し合わせたかのように同じタイミングで互いに更に獣化段階を上げると、どちらからともなく叫び声を上げる。

 それは狂気の叫びか勝利の叫びか。

 その叫びが途絶えると、そこには互いの横腹に会心の一撃を決めつつも喰らっている二人が静止した状態で睨み合っていた。

 アンタより先には倒れない。

 そう言い合うように互いを睨み合い意地を張り合う二人。


 やがて、両者はほぼ同時に片膝をつく。

 互いに前に倒れこみ、だが互いに支えあうように額と額をつき合わせる。

 その状態のまま、クインがニヤリと口角を上げるとアンバーも口角を上げ、次いで声を出して笑い合う。


「楽しいねえ」

「ああ、楽しい闘いだ」

「だけど、これで終わりじゃないよ」

「ああ、まだとっておきがあるからな」

「そうだね、終いにするにはこれをしないとねえ」


 アンバーはそう言うと、クインから距離をとり、獣化の四段階目である完全獣人化する。

 だが今回クインは、アンバーと同じ行動はしない。

 アンバーは自身が侮られたのかと激怒しかけたが、直ぐに思い直す。

 今迄の闘いを通じて、クインが自分を侮ったりする心の持ち主だとは思えなかったのである。

 それ故にアンバーはいぶかしみ、警戒する。

 クインのとっておきは完全獣人化ではない。

 それならば、なんだ? だが、自分にはタイムリミットがある。

 完全獣人化は長時間やり続ける事は出来ない。

 だったら、クインにどんな手があるかは分からないが攻めるしかない。


「アンタがとっておきを出す前に勝たせて貰うよ」


 アンバーはそう言うと思い切って自身最強最速の攻撃を仕掛ける事にする。

 獣気と呼ばれる獣人なら誰もが持つ自身の内から溢れる獣の本能のようなものを活性化させて、身体能力だけでなく闘気総量を上げる効果が、完全獣人化にはある。

 その増えた闘気を練り上げ、両足に重点的に大きく行き届かせると屈伸させ、頭からクインの方へ飛んだ。

 それは跳んだというよりも正しく飛んだであった。

 それを飛んだと視認できた者は何人いただろうか。

 その速度は凄まじく、恐らくコノメ大森林で一番の速度を誇るサンタナを凌駕するほどのものだ。

 雷神流闘法王級奥義の一つであるこの技は雷豪弾といい、対獣あるいは対魔物を想定している。

 自分よりも大きいものに対して用いる技である故に、対人戦であれば実力がある者には回避されてしまう可能性は高い。

 だが、クインならば自分の攻撃を迎えうってくれるとアンバーは信じている。

 それに、例え回避されたとしても自分のこの技はタイムラグをあまり生じずに連続で出す事が可能であり、当たるまでやり続ける事ができる。

 万全の状態なら分からないが、互いにダメージの大きい今ならば、完全獣人化のタイムリミット以内に当てる事は可能だと思っていた。


 クインの方といえば、アンバーの信じた通り彼女の攻撃を迎撃する為に構えをとっている。

 アンバーの攻撃も、勿論きちんと見えている。

 クインはアンバーと同じ様に闘気を練り上げていたが、部位集中ではなく身体全体に闘気を纏い、肉体を極限まで強化していた。

 身体能力に優れる獣人であっても、闘気を纏わなければ限度がある。

 闘気を纏う事により、その身体能力を上げ、身体の強度すら上がる。

 完全獣人化はそれをより顕著に体現する方法ではあるが、他にも有用な方法はある。

 それは獣人の獣化の様に身体を変化させる事ができない人種が使う雷神流闘法の使い手たちの技で、身体を変化させる事のできる多くの人種たちの中では失伝された技である。

 だが純血獣人であるライはなぜか会得しており、ライからタイガ、そしてタイガからクインへとその技は受け継がれていた。

 雷神流闘法帝級奥義であるそれはクインに莫大な闘気を齎し、彼女の切望するものも齎せていた。


 アンバーがクインに激突する瞬間、会場に雷が落ちた時のような轟音が鳴り響く。

 その瞬間を見切れた者は果たしてこの会場に何人いただろうか? 多くの者が雷の音に驚き、一瞬呆けてしまう。

 我に返ると気付くのは、闘技場には立っているクインと仰向けに倒れピクリとも動かないアンバーの姿だ。

 審判はアンバーに駆け寄ると、急いで医療スタッフを呼び、次いでクインの勝利を伝える。


「雷音技だ」


 観客の誰かが言った。

 その声を合図に会場はざわめきだし、次第にその声は大音量となり、雷神流闘法帝級奥義である雷音技というコノメ大森林に住む多くの獅子系獣人が憧れる技を使ったクインに対して大歓声が巻き起こる。

 


 一回戦の全ての試合が終わり、二回戦以降は翌日である。

 勝ち上がったのは、激しい殴り合いを制したタイガ、圧倒的速度を誇るサンタナ、貫録勝ちしたアシュリー、逆転勝利のクリス、一撃勝利のジェーン、密かに緻密なロズ、残虐性の高いグラント、そして雷音技を放ったクインだ。

 この八人から最後の一人になるまでの七試合を翌日に全て行う。

 街全体が今日の大会の話で持ち切りだ。

 酒場では優勝予想と二回戦の注目の対戦カードを酒の肴に大勢の人々が盛り上がっている。

 実際に勝敗の行方に関する賭け事は街の公的事業となっている部分もあり、開催地ではそれで潤う部分も否めない。

 金銭がかかるのであればその予想は白熱するのは当然であろう。

 なかでも注目を浴びているのは、やはりアシュリーやジェーン、そしてクインだろうか。

 相手を一撃でKOしたジェーンは、大獅子族族長の娘という血筋や二大会連続準優勝という実績も踏まえ、優勝候補として最も名前が上がる。

 また、コノメ大森林以外の浮遊大陸にある別の街での大会優勝経験の多いアシュリーと金獅子族族長の娘であり二大会連続優勝の兄を持つクインは、互いにやり合う戦いぶりから共に人気だ。

 だが、似たような戦いぶりだったタイガも名前は上がるものの四つ耳であることがネックとなり人気は高くない。

 クインの祖母などの四つ耳の実力者を知っている者も多くいるはずだが、四つ耳を認めたくないという思いはいまだに根強い。

 多くの者達が大会の行く末を予想する中、夜は更けていく。

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