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№15 一撃、蓄積、惨劇

 一進一退の攻防、そこからの逆転劇で大いに盛り上がる観客達だったが、次の試合の出場選手が出てくると皆の視線が闘技場に集中する。

 一回戦第五試合はクインに粉をかけていた残りの一人、茶獅子族のアーティーとホテルのロビーで長尾獅子族のロズと揉めていた大獅子族のジェーンの対戦だ。

 一回戦さえ勝てばサムよりも優位に立てると考えていたアーティーはニヤニヤと笑みを浮かべながら入場し、それはジェーンと対峙しても変わらなかった。

 ジェーンは大獅子族の中でも女性としては背が高く、二大会連続準優勝と言う経歴もあり、その迫力は相当なものであるにも拘らずである。


「へえ」


 ジェーンは心から余裕そうにしているアーティーを見て嬉しそうに微笑む。

 それは、なかなか潰し甲斐がありそうだという思いからである。

 対するアーティーはジェーンを見て単純にイイ女だと思った。

 そして、この女を負かして自分に傅かせるのも良いかもしれないなどと思っている。


 アーティーは数年前まで女性と会話も出来ない様な純朴な青年だった。

 茶獅子族の中では身体は小さく、女性に馬鹿にされる事も珍しくなかった彼は少し女性恐怖症でもあったかもしれない。

 だが、そんなアーティーとて年頃になれば恋愛をした。

 それは聖女様ではなく性女様と呼ばざるを得ない様な残念な女性だった。

 年頃の茶獅子族の男を性的な意味で喰いまくった性女様は、他の年頃の女性が見向きもしなかったアーティーにも食指を動かした。

 結果としてアーティーも性女様に美味しく頂かれる訳だが、それがきっかけで恋に落ちる。

 アーティーにとって性女様は聖女様になった。

 だが奔放な性女様はアーティーの元を去ってしまう。

 アーティーは悲しんだが、性女様に鍛えられた彼は自信を身に着けていた。

 その男性的自信は強者のメンタルとして闘法の実力の向上に繋がり、やがては部族内で一二を争う程になり、尚且つ強者のメンタルを持つアーティーに強者を好む茶獅子族の女性が群がった。

 その結果、アーティーは自分に靡かない女など居ないと思っていた。

 だからこそ、クインに声を掛けたし、目の前のジェーンも自分に靡くと思い余裕で居られるのだ。

 それは勘違いに基づいた偏った男尊女卑思考であるが、少なくとも茶獅子族の中では通用していた。


「俺が女に負けるはずがない」


 アーティーは口癖のようにそれを繰り返していたが、それは小さな世界でしか通用しないと言う事を数秒後に知る事になる。


「それでは一回戦、第五試合を始めましょう。互いに礼をして下さい。ではいきます。始め!」


 審判の掛け声と共に試合が開始され、ジェーンは軽く間合いを詰めると雷拳を繰り出す。

 流石、優勝候補筆頭なだけあって、その雷拳は早く力強く雷王拳と呼んでも差し支えないものだ。

 だがジェーンにとっては、それにどう対応するかでアーティーの実力を測ろうとした軽めの攻撃だった。


「ぐへ」


 奇妙な声を上げ、不恰好に転がっていくアーティー。

 十数メートルも転がると、そのまま動かなくなってしまう。

 慌てて審判が駆け寄ると、審判は腕を交差し医療班を呼ぶと大きな声を出す。


「勝負あり! 勝者、大獅子族代表ジェーン!」

「は?」


 それはジェーンだけでなく多くの観客からも漏れ出た言葉だった。

 余りにもあっけない決着は予想外であった故に、多くの者が呆気に取られた。

 だが結局のところ、その強さを見せ付けることになったジェーンを賞賛する観客は多く、一瞬の間はあったが会場は拍手で包まれる。

 そして、その賞賛を受けながらジェーンは退場するのだった。


 闘技場から選手控え室へと戻る道でロズと遭遇したジェーンは、憚る事無く嫌な顔をした。

 ロズの方はといえばジェーンを見るなりニヤリと笑う。


「あの生意気なチビに痛い目を見せるから、アンタもよおく見ておきな」

「痛い目を見るのがどっちになるか楽しみにしておくよ」

「ハッ」


 吐き捨てる様に笑い闘技場に向かうロズと、それを憎々しげに見るジェーンだった。

 ジェーンにとってベッキーは弟子の様なものである。

 また、ベッキーはジェーンの姉にどことなく容姿の雰囲気が似ていた。

 病床にあった姉は肉体的強さは皆無だが、理性的且つ知的であり精神的強さと家族に対する深い愛情を持っていた。

 そんな姉をジェーンは敬愛していたので、姉に似ているベッキーを可愛がるのは当然と言えた。

 そしてベッキーに大獅子族の特性を生かした雷神流闘法を教え、彼女は実力を大きく上げたが、それでもロズに勝てるかどうかは分からない。

 ジェーンは嫌な予感を抱きながら選手控え室で魔導モニター越しに一回戦第六試合を観戦する。


「ああ、この二人って昨日揉めてた二人か。ある意味、因縁の対決か」


 多くの選手達と同じ様に魔導モニター越しに闘技場を見ているタイガは、次の対戦カードが昨日に口論していた二人だと気付いた。

 揉めていた事を知っているタイガにとって、戦前から少し興味深い。


「それでは一回戦、第六試合を始めましょう。互いに礼をして下さい。ではいきます。始め!」


 審判の掛け声と共に、素早く超近接距離まで間合いを詰めたロズは、ベッキーの鼻をつまむ。

 カッとなったベッキーはロズに殴り掛かるが、その時にはもう間合いを大きく取られていた。

 一瞬で上がった血圧を深呼吸で落ち着かせようとするベッキー、ロズを警戒するのも忘れてはいない。

 ロズはといえば、ぎりぎり手の届かない戦闘域のやや外で顔を左右に揺らしながら目を見開き、舌を出している。

 挑発を繰り返し煽りまくるロズは、相手を怒らす事で自分のペースにするのが狙いだ。

 そしてベッキーは見事に術中に嵌っている。

 ベッキーは落ち着こうと思っているが、それ自体が余計な行動であり、その分だけ判断が遅れる。

 また、ベッキーの長所は小さい身体を雄大かつ機敏に動かす、ジェーンから学んだ大獅子族らしい動きと牙獅子族の敏捷性を混ぜ合わせた動きなのだが、心の平静があるからこその動きであり、それを阻害されている今は長所を消されている状態だ。

 それはロズがベッキーを研究したからこその結果であり、決して侮っていないということの証左でもある。


 その長い手足を生かして、ベッキーの戦闘域外から攻撃を繰り出すロズ。

 それは速度重視の攻撃であったが、普段のベッキーであれば回避可能であろう攻撃だ。

 だがベッキーは、その攻撃を良い様に当てられている。

 それは速度重視である為に、ダメージの軽い攻撃ではある。

 とはいえ、何度も受ければダメージも蓄積される。


 ベッキーは顔面各所に青痣を作り、口を切り、鼻血を出し、幼さが残る可憐な容姿は惨たらしい姿に変化する。

 それは凄惨な光景であり、その様子を見ていた観客の中には目を逸らす者もいる。

 ジェーンなどは苛立ちを控え室に置いてある物にぶつけ、部屋を目茶苦茶にしてしまった程である。

 だが当のベッキーといえば、それだけのダメージを受けたことにより、ようやく落ち着くことができていた。


 少しずつロズの攻撃が当たらなくなっていく。

 自身の戦闘プランを二段階目に移行する必要を感じたロズは、ベッキーの戦闘域外から内へと入る。

 それは敏捷性に勝るベッキーの攻撃を受ける覚悟のある前進だ。

 ベッキーは小さいながらも身体を大きく使った力強い攻撃をロズに繰り出す。

 ロズは攻撃は受けつつも決定的なダメージを受けないように捌き、長い手足を撓らせながら反撃する。

 ベッキーはロズの攻撃を少しは受けるものの、回避が上手くいくと反撃する。

 一方的にダメージを受けていたベッキーの反撃に多くの観客が声援を送り、会場はベッキー応援ムードに染まる。

 その応援を糧にベッキーの動きに活力が漲る。

 そんな攻防が獣化段階を上げつつ繰り返されていたが、完全獣人化する前に勝負は決着する。


 もし互いに同じ条件であるならば、ベッキーとロズの勝敗の行方は違ったものになっていたかもしれない。

 だがベッキーは最初にロズの攻撃を多く受けていた。

 そのダメージは確実に彼女を蝕んでおり、彼女が実力の全てを出す前に意識を手放さなければいけない要因となった。

 互いに攻撃を受け合った乱打戦は蓄積ダメージの大きかったベッキーの動きがやがて鈍り、そこへロズの攻撃がクリーンヒットし決着となったのである。


「勝負あり! 勝者、長尾獅子族代表ロズ!」


 審判の声が会場に響くと多くの観客から残念そうな感嘆の声が聞こえたが、ベッキーは満足そうな笑みを浮かべながら気を失っていた。

 それは上段蹴りがベッキーの側頭部にクリーンヒットし意識を手放しそうになった瞬間にロズの呟きを聞いたからである。


「なかなか苦労させてくれたね」


 その言葉を聞きベッキーがどうして笑顔を浮かべたかは彼女にしか分からないが、その笑顔は彼女がこの闘いに満足した証拠であるかもしれない。

 その顔を見たロズは、バツの悪そうな顔を浮かべると闘技場から退場した。


「これより一回戦第七試合を始める! 両者、前へ! 始めっ!」


 一回戦、第七試合は赤獅子族族長の息子であるグラントと白獅子族代表で獅子獣人としては少し小柄なブレインとの対戦だ。

 またもや審判が代わり、互いへの礼も無いままに試合が開始されるが、両者は様子見をしているのか動かない。

 だがそれは、多くの観客にそう見えていただけで、正確にはじりじりと少しずつ動いている。

 互いに自身が闘い易い角度と間合いを保持しようとしているのだが、互いがそれを譲らないので大きく動けない。

 だが不意にグラントが動き出す。

 飛び込む様に間合いを詰めると、その勢いで前宙しながら踵でブレインの顔を狙い、見事に鼻に減り込ませる。

 古武道でいうところの浴びせ蹴り、雷神流闘法でも同じ呼称であるそれは、意外と大技で序盤で簡単に決まるような技ではない。

 だというのに、なぜグラントはその大技を簡単に決める事が出来たのか? それは彼が闘技場の建設に大きく関わったからに他ならない。

 グラントは自身がどう戦闘するかを想定し、有利に物事を進める為の仕掛けを各所に施していた。

 今の浴びせ蹴りを綺麗に当てる事が出来たのは、グラントが前宙する為に前屈みになった瞬間にブレインの眼に強烈な光が当たり彼が硬直したからであるのだが、それはそうなるよう仕掛けられているからだ。

 それは高度な魔術による仕掛けであり、魔術に詳しい者が少ないとされているコノメ大森林で、どのようにしてそれを仕掛けられたのかという疑問は残るが、グラントはそれを可能にしており、そのお陰で先制攻撃を見事に決めた。


 綺麗に決まった浴びせ蹴りだったが、それは致命打にはならなかったようで、ブレインは鼻血を派手に垂れ流しながらも素早く地面を転がり、グラントから距離を取ろうとする。

 だがグラントはそれを黙って見逃しはしない。

 素早くブレインに駆け寄り、彼の顔面をサッカーボールをシュートする様に蹴り上げる。

 激しく血飛沫を上げるブレインは、続け様に仕掛けられるグラントの攻撃を受け続ける。

 その攻撃は決して反則ではないが、堂々とした闘いを好む獅子獣人達には不評でありブーイングが飛び、ブレインに対しては応援の声が大きく掛かる。


 だが、もう遅かった。

 ブレインは何度目かのグラントの攻撃で意識を失っていた。

 闘技場の床には血溜まりができており、その中にブレインは倒れたままでピクリとも動かない。

 ようやく攻撃をやめるグラント。

 そこでやっと審判が動き、闘いの終了を告げる。


「勝負あり! 勝者、赤獅子族グラント」


 静まり返った観客には、医療スタッフがブレインに駆け寄る足音だけが聞こえる。

 グラントはその様子を黙って見ていたが、暫くの間の後に数少ない観客が勝者に拍手を送り、ようやく退場した。

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