№12 親子、宿敵、約束
赤獅子族は獅子族獣人としては珍しく商業に通じている。
集落は発展を遂げており、その規模は集落と呼ぶには大き過ぎる程だ。
村ではなく街であり、人口も多く、赤獅子族以外の人種もいる。
そして武闘大会が開催される闘技場も、その規模に見合う程の立派な物が最近完成していた。
円形闘技場で観客席は階段状になっており、観客収容人数は数千人を誇る。
その数はコノメ大森林だけでなく、この浮遊大陸においても屈指だ。
そんな大規模円形闘技場のこけら落としが獅子系獣人八部族の盟主を決定する大会であり、その規模は例年を大きく超えるものとなっていた。
その円形闘技場の貴賓席、上から全てを見下ろせる豪華な一室に赤獅子族族長と息子であるグラントが居た。
「それで? お前の言う赤獅子族が盟主の座にとかいう計画は順調なのか?」
「父上が喜ぶ結果をお見せしましょう」
「ふん。別に盟主の座なんぞ、どうでもいい。だが、拒む理由もない」
「はい」
「だが、相応の金も使っているのだ。失敗したら息子といえど責は重い」
「はっ、承知しております」
「分かっていればいい。下がれ」
「失礼します」
赤獅子族族長の言葉により退室するグラント。
父である族長に計画の念押しをされた訳だが、その表情に重圧からの緊張は無く、自信に満ち溢れていた。
彼は自身の思う通りに闘技場を動かせるように建造させていた。
開催者有利なのは世の道理といえなくもないが、グラントが施させたそれは巧妙かつ勝つ為だけには度が過ぎたもので、自身の勝利を疑う理由は無かった。
◇
場所は変わってタイガ達の滞在している宿泊施設。
ここには赤獅子族以外の大会出場選手たちが宿泊している。
クインと共に集落見物に行く約束をしたタイガは、彼女を待つために宿泊施設のロビーに居た。
柔らかなソファーに身を沈め、寛ぎながらクインを待つ予定であったが、目の前で揉め事が起こりそうなので、それを眺めながら待つ事にした。
獅子系獣人にしてはかなり背の低い、ともすれば幼女と見紛うほどの女性が、対照的に獅子系獣人としては背の高いほうに分類されるであろう女性に文句を言っている。
その近くのソファーに座るのは、背の高い女性よりも更に大柄な女性。
それを見て余裕の笑みを浮かべている。
そもそも、背の高い女性が大柄な女性に喧嘩を売った事から発したその揉め事は、何時の間にか幼女と見紛うほどの女性と背の高い女性の揉め事に変化してしまった。
背の高い女性は長尾獅子族のロズ。
短く切り揃えられている金色の髪に小麦色の肌、手足と尾が長く、女性らしい部位はほどよく主張しておりスタイルが良い。
そのうえ背が高い事から、地球人が見たらモデルの様に見えるだろう。
一人称が俺の俺っ子女子である。
大柄の女性は大獅子族のジェーン。
短く切り揃えられている金色の髪に白い肌、尾はそれ程長くはないがロズと同じ様に手足は長く、女性らしい部位はロズ以上に見事に主張している。
ジェーンは前回、前々回大会で準優勝だったが、今回は二連覇中であったクインの兄のウィルが出場しないので、優勝候補ナンバーワンだ。
だがロズは、その事が気に入らない。
ロズもウィルに負けているから、今やれば勝てると思っているが当時の自分よりもウィルの方が強かったのは認めている。
だが、ジェーンに負けた訳では無い。
それなのにジェーンは、さも自分が優勝するだろうと余裕の態度を見せているようだった。
ロズはそう感じたからこそ噛み付いた。
「アンタ、もう優勝した気でいるのかい? それはちょっと夢を見過ぎなんじゃないのか?」
「ふん。そんなつもりはないが? そう見えるのなら、お前さん自身がそう思っているんだろうさ」
「あん?」
「お前さんも私が優勝するって思ってるのさ。だから、やっかむんだろ?」
「なんだと!?」
ロズがジェーンに詰め寄り、見上げながら睨みつけ、握り拳に力を込める。
だが、決して手を出したりしない。
出場選手に手を出したら、その時点で出場資格を失うからだ。
ジェーンはそれを知っているからこそ、ロズをより煽っていく。
「確か、ロズさんは準々決勝戦での敗退だと記憶してます。決勝戦まで勝ち続けたジェーン先生と比べたら格下です。格下は格下らしく振舞った方が良いですよ」
そこへ更にロズの怒りが増す事を言う人物が現れる。
ロズとジェーンに比べると幼女と見紛うほどに背の低い、牙獅子族のベッキーだ。
牙獅子族は獅子系獣人の中でかなり背が低い。
だが、その身長の低さをカバーするように敏捷性が高く、牙と爪が大きいのが特徴だ。
牙と爪は獣人化の段階を上げれば顕著になるが、獣化一段階目の今は可愛い八重歯といったところか。
「さすが、ベッキー。良い事を言うじゃないか」
「ベッキー? 誰だいそれは? 俺にはアンタ以外が見えないんだが? 一体何処に居るんだ?」
ロズがキョロキョロと辺りを見回す。
背の高いロズからすれば下を見なければベッキーが視界に入らないのは当然だが、そのニヤニヤとした表情を見れば気付いていながらもわざとやっているのが分かる。
だからこそであろう。
それを逆手にとってベッキーが反論する。
「下方に注意が向かないとは愚かですね。そんなだからジェーン先生より格下なのです」
「口の減らないチビっ子だね? 気付いてるっちゅーの」
「それは前言を覆すと言うことですね。なんとも残念な知能です」
「な、な、なんだとぉ!?」
ロズの顔は怒りで真っ赤になり、今にもベッキーに対して何かのアクションを起こしそうな雰囲気だ。
だがロズは、かすかに残る理性を懸命に働かせて自制しているようにタイガには見えた。
「ふん。大会で対峙した時に思い知らせてやるよ」
だが冷静さを取り戻したのかロズは陳腐な捨て台詞を吐いて、ロビーから自室に戻った。
その様子を見て胸を張るベッキーに対して、彼女の頭を撫でるジェーン。
ベッキーはジェーンにかねてより憧れており、それを知ったジェーンが彼女に指導したところ、ジェーンを先生と呼んでいる。
ベッキーも牙獅子族の代表となる実力者であるのだが、その彼女に先生と呼ばれるジェーンの実力の高さも窺い知れるだろう。
そんな様子を見ていたタイガだったが、暴力沙汰にならずに結局は何事も起こらなかったので、またソファーに身体を預け、その身を沈める。
クインは未だに来ない。
「はぁ、どうなる事かと思った」
震えた声で言いながらタイガの後ろのソファーにドカッと大きな音を立てて座り込む巨体の獅子獣人が居る。
タイガが振り返ると、巨体の獅子獣人は無理矢理に身をすくめて申し訳無さそうな顔をする。
「ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」
「ぼ、僕が大きな身体でソファーに座ったから迷惑が掛かったかと思って」
「いや、大丈夫だから気にする事は無いよ。振り返ったのは、なんとなく気になったからさ。俺は金獅子族のタイガ。君は?」
「ぼ、僕は大獅子族のウェイドです」
「それにしても、ウェイドはどうしてそんなにオドオドしているんだ? 一族の代表なんだよな?」
「そうですけど……」
ウェイドは獅子族獣人の中で特に身体的に恵まれている大獅子族の中にあっても、その身体能力は群を抜いている。
だが、その力は彼に不幸を呼んだ。
それは不幸な事故だった。
ウェイドは半分の力すら出していない。
だが、それで親友を傷付けてしまった。
自分が力をふるえば誰かを傷付けてしまう。それならば力をふるいたくない。
そう考えるようになるにつれて、元から積極性が高くはなかった彼の性格は、より消極的になった。
「ぼ、僕は、人を傷つけたくないんです」
ウェイドは悲しそうにそう言って目を伏せる。
そんなウェイドを見てなんとなく事情を察したタイガだったが、彼に対してかけた言葉は同情の言葉では無かった。
「舐めた話だな」
「え?」
「俺達は闘士だ。そうだろ?」
「い、いちおう」
「そう闘士なんだよ。誰かを傷つけ、また誰かに傷つけられる事も覚悟しているはずだ」
「でも……」
「しかも部族を代表する闘士だ。皆がそれに誇りを持っている。ウェイドが傷付けたくないからと手を抜いたとしたら、それはその誇りを貶める事にならないか? それは身体を傷つけるより酷い話だ」
「誇り……」
「それに他の闘士は知らないが、俺の身体はそんなにヤワじゃないぜ」
「タイガさん……」
「もし俺と対戦したら手を抜かないと約束してくれないか?」
「……わかりました」
ウェイドは戸惑いながらもタイガの迫力に負けて了承した。
タイガは更に約束だからなとウェイドに対して念押しすると、余りにも遅すぎるクインを迎えに部屋まで行く事にした。
ロビーから階段を上り、部屋の近くに行くとタイガの耳に二人の男が争う声が聞こえる。
クインが揉め事に巻き込まれているかもしれないと、慌ててそちらに向かったタイガの目には呆れ顔のクインと言い争う二人の獅子獣人の男が居た。
片や栗獅子族のアーティー、もう片方は白獅子族のサムだ。
アーティーは地球に多数生息するライオンの鬣によく似た髪色をしているが、逆にサムの方は珍しいアルビノタイプのホワイトライオンのように真っ白な髪をしている。
また、サムは地球人のアルビノのように目が紅い。
共に身長はタイガと同じくらいだが、アーティーの方がやや低い。
そんな二人が何を言い争っているのか? それはクインも関係してくる。
何故なら二人はどちらがクインに相応しいか言い争っているのだ。
互いにどちらが先にクインに目をつけたか、クインがどれほど美しいか、自分と付き合えばどんな得があるかを必死にアピールしている。
傍目には無駄な努力としか写らないが、当の本人達は必死であるし、クインも自分が原因でもあるから知らぬ存ぜぬとはいかず困っていた。
クインは予てよりその美しさは評判ではあった。
だが更にタイガを意識する事によって美しさに磨きをかけた為に、我慢できずに口説こうとする男達が現れたのである。
「タイガ!」
クインはタイガに気付くと花開く様に笑顔を浮かべ近付いていく。
そんなクインの様子を見たサムとアーティーは面白い訳がなく、新たに現れたライバルを睨み付ける。
「おい、突然現れてクインを連れていこうとするな」
「そうだ。僕のクインとどういう関係なんだ?」
「僕のクインだって?おい、どさくさに紛れて何を言っている?」
「そんな事は今はどうでもいい」
「どうでもいい訳ないだろ?」
タイガに食って掛かるはずが二人は何故か不毛な会話を繰り返している。
ほとほと面倒になったタイガは「うるせえ」と一喝する。
「俺はクインと同族のタイガだ。クインとは約束をしていたんだが、なかなか来ないから迎えに来た。どうやらあんたらのせいで遅くなったみたいだな。人にはそれぞれ都合があるんだよ。そこんところを考えて欲しいもんだ。それと、どっちがクインに相応しい相手かって言うんなら明日から大会だ、より勝ち上がった方が相応しいって事で良いんじゃないか? 納得したか? それじゃあ俺達は用事があるから行くぞ。じゃあな!」
タイガが一息にそう言うとアーティーもサムも黙ってしまった。
そして、そんな二人をよそにタイガはクインの手を取ると、手を繋いだまま歩き出す。
もしかしたらタイガにも、嫉妬のような気持ちがあるのかもしれない。
クインは手を繋いでくれた嬉しさ以外の嬉しさも噛み締め、幸せそうな顔になった。