№11 緊迫、出発、襲撃
ハッシュとアネタが合流してから十数日、二人は金獅子族の人々と沢山交流した事で親睦を深めていた。
金獅子族は多くの者が狩りを生業としているのだが、ハッシュは狩りに同行し得意の魔法で大きく貢献する事で村人達に感謝され認められていた。
アネタは狩りに参加し貢献する事もあったが、多くの時間を闘士団にまだ加われない成人未満である十四歳以下の少年少女達に雷神流闘法を指導する事で、村人達に感謝され認められていた。
一方タイガはというと、クインに指導したり自身の修行をしたりしかしていないのだが、大会に出場する二人は強くなる事が優先されているし、タイガの強さと指導力は村人の誰もが認めるところなので、それを非難する者など居ない。
それに大会で優勝する事こそが、一番大事であると金獅子族の人々は思っていた。
トラブルらしいトラブルは、アネタが少年少女達の中でもクインの弟であるフィンとは特に仲が良かった為に、彼と恋仲であったレイチェルという少女と揉めた事ぐらいだろうか。
だがそれはもう過去の話で、今では誤解の解けたレイチェルとすっかり仲良くなっている。
そんなレイチェルに雷神流闘法を指導していると、初めて接する気配の持ち主が村に近付いて来るのをアネタは感じた。
「アネタ、どうしたの?」
「ん、知らない誰かが来た」
「分かった。族長に伝えてくるね」
レイチェルが族長の家に向かい、アネタはその後ろ姿を見送ると、村の入り口に注意を向けた。
師匠であるライには及ばないが、タイガに届きそうな濃厚な強者の気配を感じる。
アネタは何者か知らないが、村の入口に来ているのは赤獅子族族長の実の息子であるグラントと名目上は義理の息子であるアシュリーだ。
グラントは身長が百八十八センチとタイガと同じ位の長身だが、それ以上にアシュリーの身長は高く、二メートルをこす。
そして、二人とも来る大会の赤獅子族代表であるが、見る者が見ればその実力差は明確だ。
グラントとて代表であるのだから実力はそれなりのものがあるのだが、比較対象がアシュリーとなると、その実力は霞むどころか雲泥。
アネタは勿論アシュリーを警戒している。
ジッと村の入り口で村民と話しているアシュリーを見るアネタ。
すると、アシュリーがアネタに目を合わせてきた。
アネタは気配を消すのを失念していた事を悔やんだが、時はすでに遅し。
ニヤリと笑うとアシュリーはアネタに近付いてくる。
「よお、お嬢ちゃん。なかなか勘が鋭いな。獣人には見えないが、なんでこの村に居る?」
「お嬢ちゃんじゃないよ。アネタだよ」
「そうかい。で、アネタはなんでここに居るんだ?」
「なりゆき?」
「はっ、難しい言葉を知ってるんだな。そりゃつまり、言いたくないって事かね?」
アシュリーが剣呑な雰囲気を漂わせると、アネタはいつでも剣と盾を取り出せるように構えた。
武器を出さずに構えたのは戦意ありと見なされない為の行動だったが、構えた事によって互いに緊張感が走り、いつ戦闘が始まってもおかしくない雰囲気になってしまう。
そこに新たな登場人物が現れる。
「まるで今から戦いそうな雰囲気だな」
「ん、タイガ」
そんな雰囲気の場所にタイガが突然と現れた。
アネタを庇うように彼女とアシュリーの間に立ち塞がる。
「おっ、保護者の登場か?」
「保護者? アネタとは友達だ。まあ、俺の方が兄弟子だけどな」
「ん、一秒だけ兄弟子」
「で? その一秒だけの兄弟子が妹弟子の代わりに俺の相手でもしようってのかね?」
「そうしたいのなら、それでも別に構わないぜ?」
不敵に笑うタイガに牙を剥いて笑い返すアシュリー。
互いの闘気が膨れ上がり、どちらが、いつ、何かを仕掛けてもおかしくない。
だが、更なる登場人物が現れたお蔭で、その機会は訪れなかった。
「何をしているっ!?」
金髪を短く刈り揃えていたが最近はタイガを意識して少し伸ばし始めたクインの登場である。
遅れてグラントが不機嫌そうな顔を隠しもせずにタイガ達に近付いて来る。
クインはタイガをグラントがアシュリーを注意し、この場は収まる事となった。
タイガ達はその場に留まり、グラントとアシュリーの訪問は族長に金獅子族の部族代表を正式に発表して貰う為だったので、族長の家に向かう。
道中、グラントはアシュリーに確認する。
「奴はどうだった?」
「出来れば少し手合せして手の内を見たいところだったな」
「貴様が興味を持つ程度には強いと言うのか? あんな四つ耳が」
「四つ耳だが強い。だが、四つ耳だからこそ獣人化の段階を上げれば差が広がる」
「つまりはこちらが勝てるという事だな。所詮は四つ耳という事だ」
四つ耳だからとタイガを舐めきっているグラントは、侮蔑の笑みを浮かべていた。
アシュリーにとってグラントは雇い主であるが故に、例え愚かだと思っても口にはしないが、思うのは自由だ。
そして愚かな男だとは思うが、強い相手と戦えるのは彼の望むところであり、それを用意してくれるグラントに雇われた事は正解だったと自身を納得させる。
一方のタイガ達はというと、クインがアシュリーの印象を二人に聞いていた。
アネタもタイガも答えは強いと言ったが、戦えば勝つのは自分という意見も同じだった。
「相変わらず大した自信だな。だが、あのアシュリーと言う男は只者ではない」
「そうなんだ?」
「この浮遊大陸ではかなり名の知れた武人だ」
「確かコノメ大森林の出身じゃないんだよな? なんでそんなに有名なんだ?」
「どこかの人間族の街の出身だと誰かが言っていたな。大森林の大会に出た事は無いが、その他の街の数々の武闘大会で優勝している」
「そうか。ところで、あの二人は何しにここに来たんだ?」
「今回の大会は赤獅子族が主催だからな。族長である父上に大会出場者の確認をしに来たんだろう」
「ふーん」
そんな一悶着もあったが、大会までの日々はつつがなく進んでいく。
金獅子族に害意のある者から、何かしらのアクションがあるのでは? と考えていたタイガ達だったが何も無かった。
使い魔を通して赤獅子族の集落や召喚魔方陣のあった二つの洞窟を調査していたハッシュにも、これといって収穫は無かった。
不安は拭い切れなかったが、大会の開催日は近付き、開催地への出発の日となる。
出発するのは、大会参加闘士であるタイガとクインの二人だけである。
本来は開催地までの道のりは、そんなに厳しいものではないが、魔物や魔獣等が出ないとも限らないので選手達が疲弊しないように護衛がつけられる。
だが、二人だけでの出発となった。
「襲撃があるかもしれぬのだから、より多くの闘士を護衛に付けた方が良いのでは?」
出発日前夜、族長とタイガは今後のスケジュールについて話し合っていた。
族長は正体不明の敵の目的は、金獅子族の大会優勝の阻止ではないかと予測している。
コノメ大森林では、金獅子族は獅子系獣人八部族の盟主の座を近年ずっと維持しているのだが、それ以外に自慢できるものなど無い。
もし金獅子族から何かを奪うとすればそれ位しかないと、族長は考えたのだ。
それが的確であるならば、出場選手の二人だけで行動している場合は格好の餌食といえるので、襲撃されて然るべき状況だろうと考えていた。
「襲撃が来るならそれで構わないんです。俺とクインの背後にはハッシュとアネタをこっそり尾行させます」
「なるほど、その四人ならどうとでも対応出来ると? だが、それは慢心ではないか?」
「更に遅れて族長と闘士団にも来て貰います」
「つまり、自ら餌になるということか?」
「喰い付いて来るかは分かりませんけどね。金獅子族の代表である俺とクインを侮っていてくれるのなら襲撃はないかもしれません」
「ふむ……なんにせよ、警戒は怠らないようにしよう」
タイガとクインは、道ともいえぬ道を大会開催地である赤獅子族の集落に向かって歩いていた。
クインは背後にハッシュとアネタが尾行している事は知らされていないので、まるで逢い引きのようだと舞い上がっていた。
敵が召喚される洞窟に毎日二人で行っていた事は頭には無い。
慣れとは怖いものである。
だが、せっかくのクインの盛り上がる気持ちに水を差すかのように邪魔者が現れる。
「クイン、さっきから俺達の様子を窺っていた角猿の群れが、どうやら襲ってくるみたいだ」
「角猿の愚かさには驚かされる。奴等には序列というものが分かっていない」
「いや、こっちが格上である事ぐらいは分かっているだろう。でも、数はそれだけで力に成り得るからな。数で押せば格上にも勝てると思っているのさ」
「ではその思い違いを正すとしよう」
角猿とはコノメ大森林に広く生息する体長六十センチ程で頭に角がある好戦的な猿だ。
見た目は日本猿に似て可愛らしく、単体での戦闘能力も俊敏性以外では特質すべきものが無い。
だが群れ単位で行動し、自分達の領域に侵入した者が少数でなおかつ食料を持っている場合、それを奪う為に襲い掛かってくる。
襲い掛かってくるとはいえ、食物を奪いにくるだけで態々殺しには来ないのだが、抵抗すれば数を頼りに容赦なく殺しに来る。
目をつけられたら、食料を放り投げ逃走するのが一般的な対策ではあるが、タイガはともかくとして、クインにそのつもりは無かった。
「っ」
いままさに角猿達が襲い掛かってきそうになった瞬間、クインは咆哮し、殺意をばら撒く。
その咆哮が耳に届き、殺意を体感した瞬間に、角猿達は恐怖による硬直で身動き一つ出来なくなる。
多少の格上ならば、自身の俊敏性と群れによる数の暴力で自分達の優位性は変わらないと分かっている角猿達だったが、圧倒的格上の殺意に遺伝子レベルで恐怖が浸み込まされ、触れてはいけない者の存在を知る。
「で?」
クインが殺意を緩める。
すると身体の硬直が解けた角猿達は一目散に逃げ出した。
それを確認したクインはタイガに笑顔を向ける。
「これで角猿も少しは学習しただろう」
「ああ、そうだな」
タイガはクインに笑顔を返す。
角猿の襲撃が敵の策略である可能性を考えたタイガだったが、角猿の襲撃はよくある事だし群れの数にも異常性がない事から、可能性は低いと結論付ける。
そして、以降も何事も無いままに無事に赤獅子族の集落に辿り着いた。