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№01 疾走、逃走、失踪

「いやっほぉぉぅっ」


 太陽は燦々と輝き、地平線まで広がる草原を照らしている。

 そんな中、見る者によっては狂気を感じてしまう程の喜色満面で叫びながら、筋肉を躍動させ疾走する十代半ばから後半程の若者がいる。

 その若者をよく見ると耳が4つある事に気付くだろう。

 顔の横に人の耳が2つ、ライオンの鬣のような金髪に隠れがちだが頭の上に獣耳が2つ。

 その事から、この世界の一部の純血獣人からは4つ耳と蔑称される、獣人とそれ以外の人種との混血である混血獣人だと分かる。

 だが、獅子の尾に似た尻尾を上下させながら草原を疾走している混血獣人である彼、タイガはそんな知識を今は持っていない。

 何故ならタイガは地球とは異なる世界、この誕生世界と呼ばれる世界に来たばかりだからだ。

 彼は誕生世界で訪問者と呼ばれる存在、地球世界から誕生世界に訪れた者だ。

 地球世界にタイガという混血獣人が居たのか? と問われれば、それは違う。

 彼は地球では紛う事無く唯の人間だったが、誕生世界では混血獣人なのである。


 地球世界と誕生世界を行き来する事が出来る不思議な寝袋がある。

 その寝袋は現代科学では成し得ない、意識だけの転移を行う。

 転移先は仮想世界ではなく現実の異世界。

 但し中間地点に、ある意味では仮想世界と言えなくもない空間が存在する。

 その空間で地球人としての肉体に良く似た仮初の肉体から誕生世界用の肉体に入れ替わる。

 タイガは、そこで混血獣人になった。


 この出所不明のとんでもない寝袋は、誰かに紹介さえして貰えれば何か特別な理由でもない限りインターネット経由で誰でも簡単に購入できる。

 誕生世界の草原を疾走するタイガ、地球人名、真井まさい大我(たいが)も友人からの紹介で入手する事になった。


 初めて訪れる地球人、誕生世界で言うところの訪問者は誕生世界にいくつもある浮遊大陸のどれかに必ず転送される。

 その時に自分に寝袋を紹介してくれた人と同じ浮遊大陸に転送されるのだが、そこで紹介者と合流して誕生世界を案内して貰うのがよくある流れだ。

 タイガに寝袋を紹介した友人であるハッシュ、地球人名、初芝(はつしば)祝人(しゅうと)も多くの人と同じように寝袋を紹介したタイガと待ち合わせをしていた。

 だが、いつまで待ってもタイガは待ち合わせ場所に来ない。

 ハッシュは仕方なく誕生世界と地球世界を結ぶ中継地点である個人空間に戻り、そこでなら使用可能な擬似携帯電話でタイガを呼び出す。


「もしもし? 大我?」

「はいはい?」

「はいはい? じゃねえよ。いま何してんのよ?」

「え? 電話してるけど?」

「いや、そうじゃなくてさ。寝袋使ったろ? 転移できたろ?」

「おう、勿論だぜ」

「だよな。流石だぜ。いや、そうじゃなくてさ。転移したら割と近くに街があるから、そっちに来るように言ったよな?」

「てへ」

「お前が言っても可愛くねぇしっ! で? どうしたのよ?」

「なんか身体が軽くて力が漲ってるから少し走ってみたら気持ち良くてね。草原を走り回ってたんだよ。そしたら電話の着信音がして、面倒臭いけど余りにもしつこいからさ、うるせー! 出るから待ってろ! って思ったらここに居たから、近くで鳴ってる携帯電話に出たけど?」

「出たけど? じゃねぇしっ! って事は誕生世界の身体はそのまんまになってるじゃねーか!!」

「そうなっちゃうんだ? あはははは」

「笑い事じゃねぇしっ! 誕生世界に戻りたいって念じれば戻れるから、今すぐ誕生世界に戻れっ!」

「わかりました隊長」

「ったく、隊長ってなんだよ。ああ、ちょっと待った! 電話切るなよ?」

「なんだい?」

「向こうに戻ったらとにかく街に来るように。いいな?」

「はーい。頑張ってみるぜ」

「いや、そうじゃなくて約束しろよぉっ!」


 プーッ、プーッ、プーッ。


 電話が繋がっていない音がハッシュの耳に空しく響いた。


「あいつは殺す」


 ハッシュは物騒な一言の後に、急いで誕生世界に戻ると街を飛び出した。


 一方のタイガはその頃、獣人の身体に戻り目を覚ますと眼前に少女が居た。

 金髪の巻き毛をショートにした可愛らしい少女がタイガに顔を近付けて様子を窺っている。


「顔、近くない?」

「わ」


 少女は、意識を無くしていたタイガの身体の様子を見ようと顔を近付けていた。

 だが、意識を取り戻したタイガに、突然話し掛けられて驚いてしまい、尻餅をついてしまった。


「ごめんな。驚かしちゃったか?」


 タイガは少女に手を差し伸べる。


「ん、ありがと」


 少女はタイガの手を取り立ち上がると、お尻を叩いて服についた汚れを落とす。


「少年は何でこんな所に居るんだ? 親は一緒じゃないの?」

「少年じゃない。アネタ。偉い神様と一緒の名前」

「そうか、凄いな。カッコいいぜ」

「えへへ」


 どうやらタイガは見目麗しいアネタという名の少女を髪型だけで少年だと決め付けた様だ。

 対するアネタは、そんな事に気付いてはいない。

 それどころか、それを気にしてすらいない。


「俺はタイガだ。地球じゃ虎って意味だぜ」

「地球? 訪問者?」

「おう。この世界には今日来たんだ」

「名前が虎なのに獅子の獣人」

「そ、それは言わないで……」


 タイガは頭を抱えて地面に座り込むと胡坐をかく。

 地球人は誕生世界に来る時に個人空間で誕生世界用の肉体を選ぶのだが、タイガは面倒臭がってサポートする精霊の説明を聞かずに、タイガって名前だし虎になるだろうという適当な考えでランダム選択にした。

 すると予想に反して獅子族の混血獣人になってしまったのである。


「よしよし」


 項垂れているタイガの頭を撫でるアネタ。


「ありがとう。アネタは優しいな。ところで話は戻るけど、アネタは何でこんな所に居るんだ? 親は一緒じゃないのか?」


 自分は無節操に目的地も定めずに走り回っていたから、辺り一面に草しか見えない様な辺鄙な場所に居るけど、アネタはどうしてここに居るんだろう? それにまだ街がそんなに遠くないけど、こんな子供が一人で大丈夫なのか? 親は近くに居ないのか? 色々と心配なので、タイガはまた同じ事を聞いた。


「お父さんもお母さんも居ない。だから生きてく為に冒険者になる事にした。この先にある金字塔迷宮に行くつもりだったけど、途中でタイガ倒れてた」


 タイガは話を聞いて、こんな子供が生きていく為とはいえ、もう働かなければならないのかと不憫に思った。

 自分と同じで両親が居ないという事も悲しみを誘う。

 同情からかもしれない。

 偽善かもしれない。

 馬鹿にするなと怒られるかもしれない。

 でもタイガは言わずにいられなかった。


「そっか、ありがとな。あのさ、俺もアネタと一緒に迷宮に行っても良いかな?」

「え? 一緒に金字塔迷宮に行ってくれるの?」

「おう、大して力になれないかもしれないけどさ、アネタは俺の誕生世界での初めての友達だしな」

「ありがと、タイガ。嬉しい」


 タイガの予想に反してアネタは嬉しそうに笑った。


「いいのか?」

「ん、アネタと一緒に冒険に行こうと思ってくれる人なんていないから嬉しい」

「なんでよ?」

「わからない。ギルドで冒険者のおじさんに言われた」


 金字塔迷宮は迷宮の中でなら殺されても死なない特別な迷宮という事もあるが、その中では不思議とまるで誘導されるかのように多くの冒険者が限界ギリギリの挑戦をしてしまう。

 だが、死んだ場合は迷宮で手に入れた物を全て失った状態で入り口に戻される。

 それはつまり、死ぬ可能性の高い冒険者は荷物運びにすら使えないと言う事だ。

 戦って勝って生きて帰れる者しか必要とされていない。

 少しでも足を引っ張る可能性のある人材は必要としないのだ。

 そういった金字塔迷宮に関しての知識をタイガは持っていなかったが、単純に子供は足手纏いと大人の冒険者が考えるのも当然なのかもしれないと思った。


「でも今からは俺が一緒だからな」

「ん、ありがと」


 タイガは思っていたよりも遥かに動きやすい混血獣人である今の自分の身体と、今はもうやっていないが子供の頃から十年続けた空手の技術があれば、少しはアネタの力になれるかもしれないと思ったし、力になりたいと思った。


「タイガあぁっ!」


 そんな決意を持ってタイガがアネタと歩みを共にしていると、大きなアーモンド型の釣り目を血走らせた金髪碧眼中背痩躯の男、ハッシュが大声でタイガを呼び止めた。


「やべえ、逃げるぞアネタ」

「どうして?」

「あいつは子供が大好きなんだけど、好き過ぎておかしくなった変態魔人なんだ。アネタみたいな可愛い子供は捕まると大変だぞ」

「誰が変態魔人だコラッ! そんな設定(でまかせ)どっから出てきやがった? お前は必ず殺す!」

「逃っげろー」


 タイガはアネタの手を引っ張り走り出す。

 アネタは頬を赤く染め、楽しそうに笑いながら一緒に走る。


「あははははは」


 暫くハッシュから逃げ回っていたタイガだったが、何かに躓いて大きく空中に跳ね上がった。

 タイガと一緒に走っていたアネタは勿論の事、追い掛けていたハッシュも同じ様に続く。


 バシャン!


 三人が三人とも浅い泉の中に入ってしまった。

 タイガとアネタは視線を合わせると大声で笑い合う。


「あははははは」

「いや笑い事じゃねぇしっ! ってか、この天使のように可愛い子はなんだ? 誘拐か? とうとう誘拐までしたのか?」

「落ち着け変態魔人。俺はショタじゃねえ」

「いや、ショタって……この子は完全におん」

「黙れ変態魔人。この子はなあ、アネタはなあ、この年で両親が居なくて、一人で生きていく為に迷宮に行こうとしてるんだ! それがどういう事か分かるか?」

「俺の話を聞いてくれよ! と言うより変態魔人設定はまだ続くのかよっ!」

「タイガ」

「どうした、アネタ? 俺はこの変態魔人に説明という名の言い逃れをしなければならないんだ」

「言い逃れかよっ! その時点で誠意が伝わってこねぇわっ! って言うより変態魔人扱いを止めてくれよっ!」

「そんな事より、なんか変。泉が光ってる」

「そんな事よりって、え?」

「どした? ん?」


 タイガとハッシュは自分の足下を見た。確かに光っている。


『これってもしかしてヤバいんじゃね?』


 そして二人同時に同じ事を考え、二人同時に同じ様な行動を開始する。

 タイガはアネタの右脇に手を入れ、ハッシュはアネタの左脇に手を入れてアネタを持ち上げると泉から出ようとする。

 すると、タイガ達を逃がさないかの様に泉の光は強さを増していき、三人を包み込もうとする。


「うわああああああっ」


 絶叫を上げながら三人で泉から出ようと走るが、とうとう三人とも全身が光に包まれてしまった。


 暫くすると泉の光は消え、タイガ達三人も消えていた。

 泉にはただ静寂だけが残った。

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