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それぞれのジレンマ

 

「やっぱり、お前らは兄貴と繋がっていたんだな」


 何でもないように、兄貴の協力者が多くいることを指摘する。ちびはかすかに目を見開いた。

「僕らって……やっぱりそこまでわかってましたか。敬次さんの支援者がたくさんいるってこと」

 ちびの苦笑い。今日俺は何度その顔をさせているのだろうか。


「お前がいくら有能でも、一人だけで集められる情報じゃなかった。異世界の情報はそれだけ少ない。いや違うな。七草市は意図的に華やかな面を強調して、他の情報を流さないようにしているんだよな」


 異世界のアイドルであるトレィアしかり、かわいい動植物特集しかり。異世界と唯一繋がった市であるのに、市民広報誌ですらこの有様である。市長の悪魔的手腕でうまくいっている、と言われれば納得するのが七草市民だった。

 また、ゲートを閉じれば向こうからの厄介事はシャットダウンできる余裕からか、市民も楽観的になっているのかもしれない。


「まぁ、だから今日は時間がなくて必要な分の情報しか集められなかったんですけどね。時間かけていいなら、他の情報も頑張って集めて紛れさせて、君に違和感なく村の安全状況を教えてあげられたんです。……ほんとですよ」


 今日の失態の言い訳か、それとも情報収集能力を疑われるのが心外なのか。ちびはバツの悪そうに、だが必死に言い募った。


「別にそれは、疑ってないよ」

 言い訳せずとも、ちびが優秀なのは兄貴が認める所なんだろう。数居る兄貴の信望者の中から、俺を任せたくらいだ。今日のちびはちょっと芝居くさかったが、それさえいつもの俺なら騙されていたかもしれない。



 俺の顔を(うかが)っていたちびが申し訳なさそうに肩を落とす。

 俺は……穏やかな表情をしているとはいえないだろう。ちびが兄貴のスパイだということが確定してから、顔の筋肉がうまく動かなくなった。

 わかっていたはずなんだ。だが、それだけでしかない。ちびを追い詰めて吐かせたのは俺なのに。


「やっぱり、あまりいい気はしませんよね……。お兄さんの命令で教えられるのって」

 沈んだ声。罪悪感で苦しんでいるのが、顔を見なくてもわかった。


「まぁな。そこまでガキと思われるのは正直むかつく。

 あとは、俺も情報を集めてたんだけど、それすら兄貴の手下に及ばなかった。格の違いを見せつけられたようで、情けない。なけなしのプライドがボロボロだよ」



 ――――違う。問題の本質はそこじゃない。

 ちびから視線を外して、木目が消えかかっている床に視線を落とす。


 今でも胸にざりざりとした怒りがあった。

 伊藤の憎悪に彩られた目を思い出す。そして、怒りに満ちた罵声も。

 伊藤の苦しみは、俺の兄貴たちのせいだ。

 俺が代わりに当たり散らされた原因も兄貴たちだ。

 ――――なのに、俺は兄貴に助けられている。

 兄貴のおかげで俺の学校生活はだいぶ楽になったし、助けられた生徒も多いはずだ。

 俺もそいつらも兄貴には感謝している。


 そのはずだ。



「始君……?」

 はっと、顔を上げるとちびの滑らかな顔が視界いっぱいに広がった。

 俺の顔を覗き込んでいたらしい。そのまん丸い目に心配という文字が透けて見えるようだった。


 こいつは一体いつから兄貴に付いていたんだろう。こいつも兄貴の命令とは言え学校を守るために、何年か自分の高校生活を犠牲にしたのだろうか。


「あぁ、ごめん。なんだっけ」

「そのですね。敬次さんの命令だったってこと、黙っていてごめんなさい」

 身を引いて、ちびが俯く。やけに硬い声だった。


「謝んなくていいよ。その兄貴の命令だってことを隠すのも指示されたことだったんだろ? 

 俺が兄貴の命令だと知ったら突っぱねると知って、あえて隠したってところか」

 苦笑ぎみに言う。兄貴の考えそうなことだった。


「そうですが、……そうじゃなくて」


 なんだ、なにか様子がおかしい。

 ちびの声がわなないていた。まるで何かを耐えるように。


「なに?」

「敬次さんに黙っているように頼まれたのは事実です。ただ、それを抜きにしても始君に味方したかったのは本当なんです。それなのに僕は始君に表だって味方するのに躊躇してしまって、こんなこそこそとしたやり方で……」


「……同情か?」

 思い当たるのはそれしかなかった。


 ちびは顔を上げて、キッと俺を見据えた。

「そんなんじゃありません!

 僕らは敬次さんの理想を実現する組織です。だけど、今じゃ本質を見失って始君を犠牲にして学校の秩序を保とうとしている。

 僕は始君が普通の人だって知っています。こんなの、耐えられるわけがない。学校のみんなの恨みを受けるなんて、人身御供じゃないですか……!

 私も! 私もその片棒を担いで、こんな……っ!!」


 口調が激しい。

 ちびのつぶらな目にはうっすら水の膜が張っていた。泣くのだけはこらえたいのか手がきつく握りしめられている。

 こいつが昼間ニコニコしていた仔犬のような少女だとは、クラスメートも信じがたいだろう。



 束の間、俺はちびの懺悔に唖然とした。

 俺の間の抜けた顔を見てちびはうつむく。衝動的な激昂(げっこう)を恥じているようだった。


「……ごめんなさい、大声出して」

「いや――」


 これがちびの本音なのだろうか。

 あいまいにするわけにもいかず、俺は呆然と問いかけた。


「――俺を犠牲にしたと思って、後ろめたかったのか?」


 ちびは頷いた。

 白くなるほど握り締められた指が、痛ましかった。




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