講義の後は質疑応答
問い詰められたちびは、慌てて反駁した。
「な、何言ってるんですか。始君のお兄さんって《カウントダウン》の? 違いますよ、僕はただ始君とお話ししたくって――」
「今日は、エスパーが多い日だな。どいつもこいつも俺の考えを読んでくる。
……なんてことはない。俺の行動を報告し合う協力者がいたからなんだよな。卒業したはずの兄貴は、俺のクラスメイトの親の職業知ってた。どうも、この学校に兄貴に情報を上げている奴がいるらしい」
だが、どこにいるのか、それが誰なのか兄貴は言わなかった。
せいぜい、現生徒会かそれに近い組織かとあたりをつけていたが……まさか学校について早々容疑者が現れるとは思わなかった。
じゃなきゃどうして、ちびは俺が学校に広報誌を持ってくるのを知っていたんだ。
俺が広報誌も持ってくる理由を当てるに至ってはなおさらおかしい。
俺とちびは思考を読めるほど踏み込んだ関係ではなかった。
じゃあ、どうやってそれがわかったのか。
兄貴から連絡を受けたに決まっている。
横目でちびを見やる。
ちびは、いかにも心外だと言わんばかりに目を見開いた。こんなあからさまに疑われたら、だれだってそうなる。
「僕がそれだとでも言うんですか?」
案の定むっとしている。子供じみたふくれっ面だ。
「可能性としては考えていた。お前は、男子と女子の間をうまく泳ぐ。おまけに警戒心を解くのがうまいときた。いろんな奴から情報を聞き出すにはもってこいの特技だ」
座ったまま見上げる俺と、見下ろすちびの視線が交差する。
数秒の沈黙の後、ちびは苦笑した。
「褒めてもらった気がしませんね……」
子供の癇癪をなだめるような表情。付き合いきれないと言外ににじみ出ている。
「尋問中だしな。でも本格的に怪しいと思ったのは講義前のセリフだよ。お前、『すごいガンバって異世界の資料集めた』って言ったよな。講義の内容を考えたら『トレィアの資料を集めた』って言うのが普通じゃないか? 」
ちびが壇上に上がったとき、俺は『突っ込みどころは多い』といったが、その一つがこの違和感のあるセリフだった。
他にもなんで白衣を着ているのかとか気になってしょうがなかったが、今はどうでもいい。どうせ、単なる趣味だ。
「そんなこと、……トレィアちゃんは異世界にいるし、その背景を説明するのに異世界の資料が必要だったんです」
ちびの顔に冷や汗が浮いてきた。苦しい言い分だというのは自分でも気づいているらしい。
「ちょっと苦しい言い訳だな。でも本当の決定打はお前の講義内容だよ。俺が、お前の講義からトレィアのこと以外でくみ取れたことは、全部村の安全に関することだ。
村を守る者の有無、夜盗、警備隊、村から出なければ安全……。情報が偏りすぎたな。村の守備のことなんかアイドルとはいえただの村娘のトレィアとは関係が薄い。ことさら、それについて調べようと思わなきゃ出てこない情報だ。トレィアのついでとはいいがたい。
むしろ、村の安全性が俺に伝えたかったことで、トレィアの方がおまけと考えたほうが自然だ」
これは、ちびの明らかな失態だった。
講義の中で不自然にならないように、上手く成人式の情報を紛れ込ませる。ちびはそれをやるつもりだったらしい。
いつもの俺ならあの講義でも騙されてだろう。ただ、今朝の兄貴の発言で学校に兄貴のスパイがいることがずっと気にかかっていた。
その警戒にちびは引っかかった。
ちびの表情が硬くなっていく。辛うじて口元だけが引き攣った笑顔を残していた。
「…………僕が、トレィアちゃんより君を取って、村の情報を第一に調べたかもしれないじゃないですか。《カウントダウン》とのつながりはなくて、僕の個人的な好意で。確か始君は、あの市長のおふざけが真実かとても気にしていましたよね?」
ちびは俺を睨みつける。
嘘つきは目を逸らす――という警句もある。ちびは自分の潔白をその目で証明しようとしているのかもしれない。
その必死さが、いじらしかった。
「粘るな。そんなに、兄貴の命令だとばれるのが嫌か?」
「濡れ衣ですからね。好意を否定されるのはつらいです」
好意……それは噛みつきそうな目をしているヤツが言うセリフじゃない。
「は。好意ね。兄貴に対する好意じゃないか?
……あの子、親がPTAの子の口を割らせるのに兄貴の名前使ったな。PTAは兄貴に対して協力的だ。兄貴の命令とあらばPTAの資料を出すのにためらいもないだろう。そしてあの子は親との繋ぎのために、今日の休み時間をほとんど潰した。俺が、今日その子をなかなか捕まえられなかったのはそのせいだ。
事実、さっきの講義、PTAじゃなければ突き止められない情報が盛りだくさんだった。兄貴の命令でなければ、そこまで詳細な情報は得られない」
睨みあう。俺は椅子に座ったままなので、立ったちびを見上げる形になる。
ちびの瞳は、静謐で透明に凪いでいた。
あえて感情を揺らすように問い詰めたが、その瞳の表層にはさざ波ひとつ立てられそうになかった。こらえているのかもしれない。
普段の小動物めいた、感情を表に出し過ぎる眼はどこに隠したのだろうか。
数分の沈黙
ふぅ、と溜息をついてちびが姿勢を緩めた。かすかに笑って頭を掻く。苦笑い。
ふわふわした髪の毛に細い指が絡んで、こんな時なのに妙に愛嬌があった。
「……、始君はどうしてそんなに鋭いんですかね。頭は悪いのに。敬次さんとは違う勘の良さだ」
とうとう、認めた。
「こういうのには鼻を利かせるんだよ。頭の出来は関係ない」
「むぅ、動物のような嗅覚ですね。……いやワイルドで素敵だなって意味ですよ」
「褒め言葉なのか、それ?」
出来の悪いコントめいた、バツの悪い軽口。
あははは、と空笑いをしていた、ちびがやるせないように眉尻を八の字に下げた。
「……ごめんなさい、始君」
「やっぱり、お前らは兄貴と繋がっていたんだな」