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ちび教授の楽しい講義

 

 それから、とっぷり2時間……。

 最初はしょんぼりと講義(?)を始めたちびだったが、徐々にテンション高く熱く語り始めた。


 あんまりにもうるさ――熱心だったので思わず起きてしまった。

 こいつもちびっことはいえ女子なのに、なんでこんなに異世界の同性アイドルに入れ込んでいるんだろうか。男がジャニオタになるようなものだ。


 そして、今は鼻息も荒く、黒板に数式を使って証明をしている。

 命題は『三次方程式で解くトレィアちゃんの可愛さ』


 黒板はよくわからない数式で埋め尽くされた。とどめにハート型のグラフが色付きチョーク3本使って可愛らしく描かれている。ただ、背が届かないのに大きく書いたためか、ハートの上の方が掠れていた。


 ……というか、ハートも数式で表せるんだな

 証明の最後に音高くQ.E.D.と書いて、ちびはこちらを振り向く。カカッとチョークをへし折りそうな筆圧だった。



「っというわけなんですよ! わかりましたか?」

 紅潮しきった顔がりんごのようだ。


「わかった。フラ村では農業が主な産業。なので、職業戦士はいない。しかし、村々で交易をおこなっているが、夜盗が出るのでしばしば警備隊が組まれる。昼間は村から出なければ危険は少ない……ってことだな」

「そうそう……って何を聞いてたんですか、始君!?」


 あー、もう! と、ちびは頭を抱え天に向かって吠えた。そりゃ普通なら、2時間に及ぶアイドルの話で聞き手が学んだのが、村の状況だけでは泣きたくもなる。


「今更なんだよ、トレィアの可愛さなんて。あっちこっちで噂されているから嫌でも耳に入る」

「え、始君。――あ、いや」


 あからさまにバツの悪い顔をされた。テンションが高かったのでちょっと口が滑ったらしい。どうしようどうしよう、と頭の中は罪悪感で一杯になっているのだろう。少し涙目だ

 別に慣れているからいいんだけどな。


 ちびは友達じゃないが、いい奴だ。

 こいつに居たたまれない顔をさせるのは、少しかわいそうだ。軽く流すことにする。


「友達は居ないけど、うちのクラス、お前みたいな声のでかいやつ多いだろ。勝手に耳に入ってくるんだよ。それにトレィア特集なら新聞でも時々やるから耳タコだ」


「そりゃ、そうでしょうけど……」

 ちびはうだうだ言いよどんで、またしょんぼりし始めた。


「僕がトレィアちゃんのこと誰かと話したかったのは事実です。でも、始君に変な噂持ち上がるの僕、本当に嫌なんですよ。トレィアちゃんの可愛さはみんな認めることですから、始君もそういう俗っぽいところを見せれば、みんなあいつも普通の人間だなって安心すると思うんです……」



 そういうことか。


 これが、俺とちびの根本的な違いだった。俺は、別にそういう噂になってもどうでもいい。そう思わなければやっていけない。


 伊藤の時も思った。

『何かを馬鹿にしないと居心地の悪さを隠せない。それは別に悪いことではない。』

 今だって朝島に連なる俺を馬鹿にしないと、学校中に染みついた《カウントダウン》の恐怖から逃れられないのだ。


 俺は学校の毒抜きだ。

 カウントダウン最後の一人である不発弾(おれ)は、ただの無害な人間である。

 もし、俺に朝島兄弟の役割があるなら、兄貴たちの恐怖で硬直した学校で、恨みの受け皿となること。それしかないのだ。不名誉な噂もその一つに過ぎない。


「だから、始君が少なくとも皆のトレィアちゃんの話題に乗れるように――いろいろ教えたかったんですが、ごめんなさい、余計なお世話でしたね」

 苦い笑顔だ。


 こういうときは茶化すに限る。ことさら真面目な顔をしてみせた。

「お前の好意はありがたい。だけど、俺が急にトレィアのファンになってもそういう噂がなくなるわけないと思う。事実、女にあまり興味がないんだ」

「!?」


 ガタン、と教壇が大きな音を立てた。ちびがチョークまみれの黒板に背中を張り付けて、ドン引きしている。俺から必死に遠ざかろうとする様は、まるで狼に食べられる寸前のうさぎのようだった。そんなにヤバいやつに見えるのか俺は。


 そこまでドン引きされたら、もう笑うしかない。

「だからって、男に興味があるわけじゃない。

 まぁ、言い方が悪かった。女子じゃなくて、うちの学校の女子に興味がないんだ。この学校のどいつもこいつも俺に対して敵意まみれだ。恋愛成就より殺される心配をしなきゃならない。

 この高校から出られれば、人並みに好きなヤツができるかもしれないけど……ここにいる限り、そういう浮ついた気分になれねぇよ」


「始君……」

 ちびには、気づかわしげな視線ばかりもらっている。いつもがいつもなので、こういうのは新鮮でこそばゆかった。


 だが、勘違いするわけにはいかない。こいつも俺に敵意がないとはいえ、俺の味方ではないからだ。

 ――――そう、こいつも例外ではない。



「俺が不思議なのは、お前がどうして俺にそう肩入れするのかってことだ。学校の厄介者に肩入れしたってお前の立場が悪くなるだけだ。女子にも言われただろ? 俺とつるむのやめろって」

 苦笑交じりに、ずっと疑問に思っていたことを聞く。笑いながら聞くと、警戒心が薄れる。


 案の定、ちびも戸惑いながら理由を教えてくれた。

「言われましたけど、僕は始君とお話したかったんです。始君僕をからかったりしないし、優しいですから。今も興味ないはずのトレィアちゃんの話にえっと……え、ウソ2時間も経ってる!?」


 言葉の途中で腕時計を確認したちびは、思ったより進んでいた時計の針に驚いている。実のところ、俺も途中で気になることがあって聞き入っていたのでそんなに時間がたってることに気づかなかった。


「あわわわ!! ごめんなさいごめんなさい! 僕30分だけのつもりだったのについ夢中になっちゃって……!」


 ひとしきりあわあわすると、ちびは教壇から飛び降りて、ぺこぺこと頭を下げた。滑らかな頬が紅潮している。


「いや別にいいって。放課後付き合うって約束したし、約束は守るって決めてるから」


 最初に逃げようと考えていたことは、都合よく無かったことにする。

 約束は守るが、嘘はつかないとは言っていない。



「始君……」

 感激したような恐縮したような、複雑な表情だ。


 俺が何も気づいていないと思っているらしい。そのうえで、良心の呵責に苦しんでいるようにも見える。


 ついでにとどめを刺しておこうか。

「お前もそうだろ? だから、俺に急に接触してきたんだよな? 兄貴との約束を守るためにさ。そうでなきゃ、俺を相手にするわけがない」


 ザッと、ちびの顔が凍り付く。

 引き攣った笑顔が、その子供じみた顔を彩った。



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