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夕暮れカーテンとハイテンション白衣

 

 夕焼けが教室を照らす。

 今日は疲れた。

 心洗われるような落日だが、今の俺の心は無感動になっている。それぐらい疲れた。

 

 座ったまま机に頬を擦り付け、ぼんやりと考えてみる。

 俺は、なんでこんなに疲れているんだろう。


 クラス内の、受験勉強でカリカリしていた雰囲気にあてられたのか? 

 それとも、梅雨の蒸し暑さにやられたのだろうか? 


 ……伊藤のことじゃないな。あれはいつも通りだったから。


 

 放課後になって、みんなあっという間に教室を出て行った。教室には俺一人。


 受験のために自習室に駆け込んだり、塾へぶつくさ言いながら行ったり、あくびしながら帰ったり。

 みんなそれぞれ行く場所がある。

 なにも用のないものもいるだろうが、俺と同じ教室にいるのは嫌だったんだろう。

 全員どこかに消えた。


 俺はどうしようか。


 伊藤のあとPTA会長を母親に持つ子にも聞いてみたが、やっぱり何も聞いていないようだった。あの子は休み時間のたびにどこかに行くので、捕まえるのに苦労した。

 こうなると、兄貴の言う通り、あの手紙は真っ赤な嘘だったってことだろうな。そう結論付けるしかない。もう、今日の収穫はこれで十分だろう。


 疲れから瞼が自然と下がる。


 

 その時、パタパタと廊下を走る軽い足音が聞こえてきた。

 女子か? 

 どうせこの教室は通り過ぎると思って、眼をつぶって脱力した。心底どうでもいい。


 しかし、足音の主はこの教室の入口でぴたりと止まる。


「はー、資料集めでこんなに遅くなっちゃった。まさかコピー機があんなに混むとは思わなかったよ。これから始君を探して……って居たぁ!」


 この声……。


 

 なついていた机から頬をずりずりずらして、入口側に顔をこてんと向ける。

 教室の入り口ではちびが、大量のコピー紙を抱えたまま、目を輝かせてこちらを凝視していた。



 しまった、逃げるの忘れていた……。

 ぼんやりと、もはや手遅れなことを考える。


 そこからのちびの行動は素早かった。重そうなコピー紙の山を教卓に置くと、廊下にある自分のロッカーから白衣を取り出し羽織った。あれは理科の実験用の白衣だろうか。


 勿論サイズが大きすぎるので、子供が大人のまねをしているように見える。身長的に引きずらざるをえなかったのか、白衣の裾がほころびていた。



 そして、ちびはだんっと音を立てて教壇に飛び乗り……。


「えー、お待たせしました! これより講師ちび君による、フラ村のトレィアちゃんのファンタジックな可愛さ解説をはじめようと思います!」


 ……お前の方が可愛いと思う。なんかもうそれでいい。


 ちびは指示棒を自分の手の平にぺしぺし打ち付けながら、俺の方を見下ろしてふふんと笑った。なぜ得意げな顔しているんだ、お前は。

 大好きなトレィアの話ができるからか、テンションが異様に高い。


 無言でじっとりと数十秒見上げる。



 沈黙が長引くにつれちびは狼狽しだした。

「え、なに始君? なんか僕間違ってた?」


「いや。突っ込みどころは多いが別にいい。……勝手に始めて、勝手に終わってくれ」


 俺はぺたんと、また頬を机に擦り付けた。目を閉じる。うるさいが寝られないこともない。こいつの声はクラスの女の甲高い声よりは低いし、落ち着くからまぁ許容範囲だ。


「えぇ!? 僕の講義を聞いてくれるために待っててくれたんじゃないの? 僕すごいガンバって異世界の資料集めたんですよ! ちょっとくらい聞いてくれてもいいと思うな」


「質問が合ったら、最後にまとめて聞くよ。だから勝手に始めてくれ」

 力の抜けた手を軽く上げて、ぶらぶら振った。もうくたびれた、と態度で示してみる。


「そんなこと言うと、本当に始めちゃいますよ! それも始君の耳元で講義しちゃいます!! いいんですか!?」

 必死にちびが言い募る。


 あんまりにも必死なので、おっくうながらも頭を上げて説得を試みる。


 瞼が落ちかけの俺の顔はあまり見せたいものではないが、この顔の方が説得力がある。

「疲れて反応(リアクション)ができないんだよ……。ちゃんと聞いてるから、それで許してくれ。な?」


 これで気力が限界だと伝わらなければ、もう無視するしかない。リアクションする気力もないというのは本当だ。

 ちびには悪いことをしたと思うが、テンション高いやつの相手はくたびれるのだ。大目に見てほしい。



「うぅ、もう始めちゃいますからね。本当にちゃんと聞いててくださいよ。」

 ちびはさすがに空気を読んだ。だが、こいつは言葉は曲げない頑固者でもある。

 聞き手が潰れているのに講義(?)とやらは、きちんとやるらしい。


 俺は本格的に休もうと、机の上に腕を組んでそこに頭をうずめた。



 ちびの講義で眠る気はないが、……誰かがいる教室は懐かしい匂いがした。




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