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狂的な提案

 

 一瞬で、伊藤の手にあったライフル銃は姿を変えた。

 伊藤の頭を吹っ飛ばして、血だまりの中に転がっていた、あの、ライフル銃。


 その幻影を否定するように、伊藤の手の中に、代わりに現れたのは……。


「カメラの、三脚……?」

 屋上で伊藤が偏執的に、分解していた……あの三脚のパーツだった。

 伊藤が手を開くと、分解されただの筒となったパーツが、ばらばらと床に落ちていった。


 言葉を失う俺を、伊藤は鼻で嗤った。

「俺は、はなっから銃なんて持っていない。てめぇの頭は、ここに来た時からイカレ始めたんだよ」


「馬鹿な……」

 いや、思い至ることは、確かにあった。

 伊藤の持っていた武器は、当初金属の筒に照準器が付いた不格好なものだった。

 伊藤も、『俺の得物』と言ったきりで、それが銃とは明言しなかった。


 あの時は確かに、それが銃には見えなかったのだ。

 それが、伊藤と綱渡りめいた命のやり取りをするうちに、次第に銃に変化した。

 握りしめられたグリップ。外れたセーフティ。指の掛かったトリガー。俺に、狙いを定めた銃口。


 ――それが、全部、俺の頭が作りだした幻覚だとしたら?


 呆然と、目を見開く。

 伊藤の言うことが正しいと、納得しているのに。

 頭の片隅では、どうしても受け入れられなかった。


「おまえは頭に銃弾受けて、確かに死んで――なら、あの死体も幻覚か?」


 血だまりに、足を踏み入れた濡れた音を覚えている。

 伊藤の傷口に手を突っ込んで、ぐしゃぐしゃにかき回した、ぬるつきも。

 血のにおいもまだ鼻の奥に残っている。

 あの、指に触れた、肉のざらつきが――幻?


「チッ……。まだ、夢の中かよ」


 混乱する俺を尻目に、伊藤はナイフで、柵に纏わりついた何か(・ ・)をもう一本切った。 


「つっ――!?」


 さっきより、強い違和感。

 頭を雁字搦がんじがらめにまとわりついていた、強張りが途切れた。

 途端に視界がクリアになる。


 またたく度に、かすみが晴れていく。


 伊藤は、千切れた何か(・ ・)の欠片をつまんで、ひらひらと振って見せた。

「もう一度、言うぞ。お前はここに来た時からイカレてんだよ。こいつのせいで、だ」


 伊藤のつまんだ指先には、細くよりあわされた糸がからみついていた。


「……糸?」


 かすかに、痛みを感じ始めたこめかみを押さえながら問いかける。

 現実に、頭が追い付かない。


「結界の欠片だ。」


 伊藤は、冷めた目で指をはじいた。

 糸が、するりと落ちていく。本当にただの糸のようだった。 


「『運営』は、暴行現場に一般人を近づけないように、人除けの結界テリトリーを張ることがある。

 こいつは、幻覚を見せて、あるべきものを無いように錯覚させるんだよ。お前が三脚を銃だと誤認したのもこいつが原因だ」


 魔法のような技だと思った。とはいえ、タネはあるんだろう。

 糸に微細なワイヤーでも仕込んで、電流を流すことで発生する電磁波を利用しているのかもしれない。

 問題なのは、俺にはそれが見抜けず、おめおめと術中にはまってしまったことだ。


「正直言うと、てめぇが、こうも簡単に幻覚に引っかかるとは思わなかった。幻覚使いじゃないのか、お前。普段、幻覚で消失したように見せかけて逃げている癖に、幻覚の耐性は低い。どういう手品を使ったんだか。こっちは三重に仕掛けたっていうのにとんだ無駄骨だ」


 俺の≪最大公約数の盲点≫は、幻覚を使わない。

 人間の眼球運動と目の構造ゆえに、誰もが持っている、ただの盲点を利用したものだ。

 それを、『運営』側が、俺は幻覚で逃げていると誤解したのも無理はないのかもしれない。

 ……できれば、誤解したままでいてほしかった。だが、そうもいかない。今回の件でさすがにバレただろう。

 酷い失態だった。みすみす弱点を晒したに近い。


「三重の結界か……。派手な歓迎で嬉しいよ」


 力なく、皮肉を言う。


「ひでぇ、負け惜しみだな。結界が効きすぎて、混乱した挙句、過呼吸になりかけてた奴のセリフか?」


 あぁ、そうか。こいつの首絞めにも意味はあったらしい。

 過呼吸になった俺を絞め落として、呼吸を安定させるつもりだったんだろう。

 もう少し、まともな方法をとってほしかったが……。


「全部、幻覚か。……もしかして、最初から、俺を殺すつもりはなかったのか?」


「……まだ寝ぼけてんのか? 幻覚で殺す方法なんかいくらでもある。今回もそうするつもりだった」


 柵に寄りかかりながらも、伊藤は冷めた目で俺を睨み据えている。殺意は消えていなかった。


「わかった。言い換える。もう俺を殺すつもりはないんだな」


 伊藤は、混乱の極地にあった俺を、殺さなかった。

 あの絶好の機会をあえて逃したのなら……つまり、そういうことなんだろう。


 伊藤は舌打ちして、睨みつけた。

 ナイフをくるくると弄んでいるが、刃先はこちらに向くことはなかった。


「自分でそう仕向けたんだろうが。……いいか、手を引くのは今回だけだ。次があれば殺す。お前は危険だ。てめぇのために、何も知らないガキを危地に放り込む、とんでもない畜生だ」


 伊藤は強い口調で俺を弾劾だんがいした。

 先ほど伊藤自ら噛み切った、口の端の肉がまた裂けたらしい。

 傷口から血がじわりとしたたり落ちている。


 自らの傷には無頓着で、他人のために戦う。伊藤の姿は、『運営』として象徴的ですらあった。 


「ちびのことが、そんなに心配か?」


「当然だろ。あいつには、身を守るすべがない。それがわかってるのにあいつを引き込む。……お前がおかしいんだよ、イカレ野郎」


 おかしいか。イカレているか。

 ……そうだな。自分でも、そう思う。



 だから、ためらいもなく自分の命をしちにいれられるんだろう。



「……なら、俺を殺せる機会をやろうか。誰にも文句を言わせず、正々堂々、頭のおかしい狂人を殺せる、絶好の機会を」


 自分を合法的に殺せる方法を、ほのめかす。 

 俺の顔色には疲れが滲み出ているだろうが、目を見て伊藤は気付いただろう。

 俺は、本気だった。


 伊藤は、怯んだ。

 いぶかし気、というよりは、強い緊張感が漂っている。

 喉が鳴る音が聞こえてきそうだ。

 狂人の、狂気を孕んだ提案に、警戒とかすかな魅力を感じたのかもしれない。


 伊藤は、言葉少なく、一言だけ問いただした。


「……どういう意味だ?」


 唇を舌で湿す。

 俺は、とんでもない卑怯者だ。伊藤を利用しようとしている。

 だが、ちびを生かすならこの方法しか思いつかなかった。

 ちびも伊藤も、全員生きて帰れるなら、もう、それでいい。


 ことさら、右手を伊藤に差し出す。

 伊藤は、静かに俺の手を見つめていた。それでいい。

 一目して拒絶されないのなら、チャンスはある。


「取引しよう、伊藤。上手くいけば、ちびを守りながら、俺を殺せるぜ?」


 伊藤が俺の手を取るかは、俺の交渉にかかっていた。

 

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