表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/26

二兎を追うもの

 

 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 今日は色々ありすぎて、しかも起きた出来事が複雑に絡み合っている。

 その全てに、場当たり的に対応したが、失敗した方が多いのかもしれない。

 もはや、考えることすらおっくうだった。


 だが、一応の決着は着いたと思う。

 伊藤に後始末を任せたところで、今日の俺の役目は終わりだ。

 今はとにかく、家に帰って休みたい。


 ? ……足が、動かない。


「《不発弾》」


 後ろから、低い平坦な声が響いた。

 振り向くと、座り込んだ伊藤が、何か長い銃身のような筒を抱いて、じっとこちらを見ていた。

 無機質な表情だが、それだけに差し迫った迫力が重く漂っている。

 伊藤は、手元の筒をガチッと鳴らして強く握りしめた。


「ちびすけを、てめぇの勝手に巻き込むなよ」


 思わず、顔がこわばる。

 伊藤が言う“勝手”とは、成人式の情報を得るためにちびを巻き込んだことだろう。

 あの時、伊藤は近くに居なかったはずなのに。

 こいつは、どうやって知ったんだろう。



「巻き込む……? 何のことだ?」


 しらばくれると、伊藤の歯がぎしりと軋んだ。


「とぼけんな。教室で、ちびすけに『運営』の情報を流すように仕向けたくせに。とっくにばれてんだよ」


 ピリピリとした殺気で肌が焼け付く。

 今にも殴り掛かってきそうな殺気は、俺が伊藤の働きをなじった時よりも強い。


 下手な言い訳だと、怪我一つでは済まないかもしれない。


「……仕向けたつもりはないよ。ただ、結果的にそうなってしまったのは、否定しない。ちびには悪いと思っているけど」


 刺激しないように、言葉を一つ一つ選ぶ。今、殴り合いになったら絶対に勝てないことはわかっていた。

 だが、伊藤は、俺の小細工じみた言葉には騙されなかった。


「殊勝なふりなんてやめろ。吐き気がする」


 取り付く島もない。


 俺は、かすかに首を振って疲れを無理やり追い払った。

 終わりしなに引き留められたと思ったら、とんでもない爆弾を投げられた気分だ。

 返答次第では、『運営』に通報されるかもしれない。


 ……そういえば、ここに来た時、伊藤は俺に「もう、あいつに関わるな。化け物」と言った。顔合わせにしては妙な言葉だ。

 そもそも、自転車のことで頭がいっぱいだったが、考えてみればこんなにも簡単に伊藤を見つけられたのはおかしい。

 何せ、何度も伊藤に見張られていたらしいが、俺はそのことに気付いてさえいなかった。

 あからさまに殺気を振りまいたのは、俺をおびき寄せるためと考えるとすれば。

 むしろ本題は、これからか……?


「俺のことを勝手というけど、ちびも今回の成人式を疑問に思っている。たまたま二人の目的が一致したから、協力する。それだけだ」


 つたない反論は、伊藤にバッサリ切り捨てられた。


「馬鹿か。俺が危惧きぐしてるのは、あっちこっちで恨まれているお前とちびが組んでるってことだ。ちびにとばっちりが行かない保証はない。成人式うんぬんより、ちびすけの安全が優先だろうが」


 この上なく、正論だ。

 だが、ちびも『運営』の一員なら、俺が襲われることだって知っているはずだ。

 そのうえで俺に協力を申し出たなら、ちびも、何かしらの自衛の手段の心得があるんじゃないか? 


 俺の訝しげな顔を見て、伊藤は舌打ちをした。

 頭の足りない馬鹿は考えが浅はかすぎる、とでも言いたげな苛立たしさがにじみ出ていた。


「ちびすけがうまく立ち回れるのは、常識が通用する世界だけだ。今日、何があったか思い出してみろ。あの時、ちびすけは、尾行しているやつらに気付きもしなかっただろうが。国津先生の介入がなければ、お前、あいつを庇いながら4人を相手にする羽目になっていたはずだ」


「それは……」


 反論の言葉も見つからないまま、勢いで否定しようと口を開く。

 伊藤は、往生際の悪い俺を黙らせるように、コンクリートの床に長い筒を打ち付けた。

 ガンッと、金属とコンクリートがぶつかる鈍い音が、空気を震わせた。


「はっきり言うぞ。あいつは、喧嘩なんて見たこともないド素人だ。『運営』でのあいつの役回りは、情報収集と各部署の繋ぎ。そもそも、お前が夜な夜な殺されかかっているなんて、『運営』でも一握りしか知らねぇよ」


 淡々と言葉を続ける、その語調に反して伊藤の殺気じみた視線はますます尖っていく。


「あいつは、お前が“学校で不当にイジメられている”程度の認識でお前に関わろうとしている。お前と居る限り、ちびすけはその間違いに気付かないまま、お前の殺し合いに、巻き込まれるだろう……お前、あいつを殺す気か?」


 束の間、俺と伊藤の視線が交錯こうさくした。

 伊藤の強い視線の底には、静かな痛みが横たわっている。

 恐らく、足を壊された兄の、その苦しみを間近に見続けて、受けた傷だ。


 兄の人生を狂わせた奴、そいつの弟が、今度は、クラスメイトの人生を狂わせようとしている。

 やはり、伊藤は、それを見逃せる奴じゃなかった。


 長くもない時間にらみ合って、

 ……先に視線を逸らしたのは俺だった。


「まさか……。ちびを死なせるつもりなんてない」


 俺は、力なく首を振って否定した。

 ため息が、喉にはりついてひり付いていく。

 唾を飲み込み、言葉をつないだ。


「俺とて同じ気持ちだよ。確かに、ちびの安全は言うまでもなく、最優先だ」


 なら、と。伊藤は噛みつくように鋭い舌鋒で迎え撃った


「なら、早々にちびすけと手を切れ。あいつは何も知らない。だからこそ、死んでから気付くなんて真似は避けなければならない」


「……もし、ここでYesと言わなければ?」


「死ね」


 伊藤は、先ほどから抱えていた筒を突きつけ、俺の眉間に狙いをつけた。

 俺の脳天に寸分の狂いもない。


 その筒は、一見、ライフル銃のようだった。

 だが、銃じゃない。

 トリガーもなく、マガジンもない。ただ、おおぶりの照準器が目を引いた。


「それは?」


「俺の得物だよ。俺は『運営』の一握りの例外だ。お前がやりすぎたとき、もしくは襲撃者が度を越したとき、武力で征することが許されている」


 伊藤は、静かに呼吸を整えていた。

 心臓の鼓動に合わせて、筒の先が一定間隔で振動している。

 俺を撃つ準備は終わっていると、張り詰めた空気が伝えていた。


 俺は、ちびを死なせるつもりはない。

 だが、異世界成人式を、ちびのサポートなしで乗り切れるとは思えなかった。


 根拠は、馬鹿馬鹿しいが、妙な胸騒ぎだけだ。

 なればこそ。

 自分の勘を頼りに生き延びてきただけに、俺は、その胸騒ぎを無視しきれない。


 今、「ちびと手を切る」ことに同意しなければ、伊藤にやられる。

 だが、同意すればちびのサポートを得られずに、最悪、異世界成人式で死ぬかもしれない。


 どうする。どっちつかずで、どちらも取りこぼすか?


 頭ばかりが先走って、とりとめのない思考が脳裏を走り回る。

 得体のしれない武器を突きつけられて、まともな思索が及ぶはずもなかった。

 伊藤の尖った視線が銃身をなぞり、指はいらだたしげにグリップを引っ掻いている。


 長くは、もたない。



 ……?

 不意に、頭の片隅に引っかかるものに気付いて、呼吸が乱れた。



 今までの会話が、フラッシュバックのように、脳裏によみがえる。


 ……もしかして、伊藤のペースに乗せられすぎて、大事なことを見落としていたんじゃないか?



 考えをまとめる間も惜しく、俺は突き動かされるように口を開いた。


「っ……伊藤、取引しないか?」


 伊藤の銃口がピタリと止まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ