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5人目の正体

 

 路地裏に入ると、えた臭いがじっとりと鼻をついた。

 季節は初夏も過ぎた6月半ば。湿気自体が空気の腐敗を助長している。

 大通りの雑多だが無機質な空気が、懐かしく感じるほどだった。

 逃げていた時には路地裏の臭いに気付かなかったが、それほど必死だったということかもしれない。

 

 本当なら、戻りたくない。襲われた現場にはまだあいつらがいるかもしれない。

 それでも戻るのは、義理を通すためだ。

 偶然巻き込んでしまった中学生が現場に落とした自転車。

 あれを取り返さない限り、絆創膏をくれた優しい中学生に顔向けができなかった。


 ゆっくりと歩みを進めながら、周囲の様子に気を張り巡らせた。

 

 最初に、警戒網に引っかかったのは野良猫だ。

 小さい体が、じっとこちらの様子をうかがっている。気配は背中で感じとった。

 

 しかし、俺が探しているのは人間で、もっと気配の絶ち方が上等である。簡単には見つからないはずだった。

 俺は、体をこわばらせている猫を無視すると、薄暗い路地裏の更に奥を目指して歩を進めた。


 

 自転車を取り戻すのに一番確実な方法は、5人目を探し出してその保護を依頼することだ。

 あの暴行の場に居ながら、姿を隠し、手を出さなかった5人目――。

 

 俺の考えが正しければ、その5人目は『運営』の"監視役"だ。

 

 学校の秩序を守るため、俺をガス抜きのサンドバックと定めた『運営』。

 一方で『運営』は、俺が壊されたり、殺されたりしないように気を使っている。

 サンドバックは殴るためにあるのであって、使い物にならなくなったら、不満のはけ口がいなくなるからだ。

 まぁ、うがった見方をしなくても、生徒が殺されたら外聞が悪いというのもあるだろう。

 

 つまり、俺がサンドバックにされているときには、陰に必ず『運営』の"監視役"がいたはずだ。暴行者がやりすぎないように、制止する役目の"監視役"が。

 俺は、ブラインドポイントを使う事情から、周囲の視線には敏感だ。

 だが時折、視線の本数と人の数が一致しない事があった。

 恐らく、その視線が"監視役"のものだったのだろう。


 袋小路に足を止めたとき、ヂリッ、っと背筋が総毛だった。

 身に覚えのある気配でもあり、殺意に満ちた気配でもある。

 ――――見つけた

 素早く身をひるがえし、駆けだした。

 気配はかなり薄いが、俺なら十分たどれる。

 

 しかし意外なことに、気配は前でも後ろでもなく、上から漏れていた。


 たどり着いた建物を見上げる。

 そこは、古ぼけた7階建ての公営マンションだった。


 ……監視には十分な高さかもしれない。けど、乱闘をすぐ制止できるかというと微妙な距離だ。


 マンションの外階段に足を掛ける。 


 向こうも俺の接近には気付いているはず。だが、逃げるつもりはないのか、気配はまだとどまったままだ。


 慎重に気配を探りながらなので、ことさらゆっくり上がることになった。

 もし、先走って踏み込んだ部屋が、無関係の住人の部屋だったらシャレにならない。

 

 しかし、とうとう階段も尽きてしまったのに、あの気配のある部屋はついぞ見つけられなかった。

 この鉄製の扉の奥は、もう屋上である。


 (ここに居なければ、また気配探しからやり直しだ……。でも、諦めるわけにはいかない)


 決心して、ひんやりとしたドアノブに手を掛ける。

 普段なら施錠されているであろう扉は、少し力を込めて押すとあっさりと開いてしまった。


 扉をまたいで、屋上に出る。

 一見して、ごく普通のマンションの屋上だ。

 床のコンクリートは所々ヒビが入っており、隅には給水塔らしき巨大な円筒状の物体がそびえたっていた。


 

 視線を巡らすと鉄柵の手すりに張り付くように、黒い人影が座り込んでいた。


 ――もしかして、あいつが5人目か?


 そっと近づく。


 そいつは、薄手のパーカーを着て、そのフードを目深にかぶっていた。

 座り込んで何をしているのかと思っていたが、……どうやらカメラの三脚を分解していたらしい。


 いまだに、こちらに背中を向けたままだ。

 俺との距離は、5歩くらい。

 いい加減、気付いていないわけでもないだろう。


 それなのに、奴は俺などいないかのように黙々と三脚を分解し続けている。

 偏執的といってもいいかもしれない。


 ……このまま、ずっと立ち尽くしているわけにもいかない。


 焦れて、正体を確かめようと口を開きかけた。

 その時――。


「もう、あいつに関わるな。化け物」


 パーカーが機先を制するように、低い声でしゃべった。


「……お前」


 俺は、何を尋ねようとしたのかすら一瞬で忘れてしまった。


(だって、その声は……)



 俺の呆然とした声に、興が乗ったのかもしれない。

 パーカーはバラした三脚を置くと、ようやく振り向いた。


「ひでぇ間抜けヅラだな。えぇ? ≪不発弾≫?」 


 そいつはご丁寧にフードをずり上げて、俺の顔をまじまじと見上げた。そして、これ見よがしに鼻で嗤った。 


 声だけなら、まだ疑いも持てたが、顔を見てしまったなら認めるしかない。


 ――――5人目の正体は、クラスメイトの伊藤。


 俺の兄貴に、アキレス腱を断たれたサッカーの特待候補生。

 その弟だ。


 俺に殺意があるのは当然。今日の昼だって俺が犯人の弟だからと、喧嘩腰で食ってかかってきた。

 だが、なぜ兄貴を恨んでるやつが、"兄貴の創立した"『運営』に所属して手下なんかやっているんだ!?



 屋上の風はにわかに強くなって、惑乱した俺を嘲笑っているようだった。


 ……長い夜になるかもしれない。


伊藤は第三話に登場してます

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