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中学生と絆創膏だらけの顔

 

 中学生を引きずりながら、大通りに出る。

 帰り足のサラリーマンや飲み会に急ぐ大学生たちが、せわしなく行きかっていた。

 (ここまでくれば……)

 奴らが追ってきても、人ごみに紛れて逃げればいい。逃げ切れる可能性が格段に上がる。

 油断は禁物だが、最悪の状況は脱したと思う。


 掴んでいた中学生の腕をようやく離す。

 突然の逃走劇に巻き込まれた中学生は、腕を気にするより先にへたり込んでしまった。

 歩道に嫌悪感もなく座り込むのだから、相当つらいのだろう。

 現に肩で息をしていて、苦しそうだ。

 過呼吸一歩手前の息遣いは、見ているだけで心配になってくる。

 しゃがみこんで、中学生の薄い背中をなだめる。見るからに線が細い。

 運動の苦手な子かもしれない。

 長い事走らせてしまうはめになったことに、今さらながら罪悪感が湧いてきた。


 息が整いかけてきたところで、心から詫びた。

「悪かったよ。巻き込んで……」

 この子が来てくれなきゃ、本当に危ないところだった。

 あのままリンチが続いていれば、今頃、救急車かあの世行きだろう。正直ゾッとしない。

 もちろん、この子にしてみれば巻き込まれたこと自体、いい迷惑でしかないのだろうが。

「あの人、たち……追って、来て、ないで、す、か?」

 息切れが重なって、合間に変なスタッカートが入っている。

「ここまでくれば、大丈夫だと思う」

 ちらりと裏路地に目をやるが、あいつらの気配はまるでなかった。

 そもそも、奴らはこちらを完全に見失っていた。

 多分、近くに隠れたと思って、まだ住宅街を探しているのだろう。


「それより、怪我はしてない? 派手に自転車落としたみたいだけど」

 不意に、思い至って中学生の体を確認する。

 巻き込んだ上に、怪我をさせたのでは目も当てられない。

 あの時、この子は足元に自転車を落としていた。もし足の上だったら大変なことだった。

 ……いや、それ以前に怪我しているかもしれない人を、走らせてはいけなかった。

 自分の間抜けっぷりに落ち込んでいると、中学生が慌ててパタパタと手を横に振った。

「だ、ダイジョブです! 僕、結構、自転車落とすんで、とっさに足を抜きましたから!」

「なら、よかった」

 それはそれで、どうなんだと思うが、本人が大丈夫っていうなら大丈夫なんだろう。


 いい加減、路上にへたり込むのも、周囲の視線が痛い。

 立ち上がって、中学生に手を差し出した。

「あ、ありがと……う?」

 手を取ろうとした中学生が、俺の顔を見て凍り付く。

 なんだか、引きつった笑顔だ。心臓によろしくない。

「ど、どうしたんだ。俺の顔になんか付いて――――」

 言い切ることも許されず、引っ張られてまた座り込む羽目になった。

「……というか、人の心配してる場合、じゃないです! どう見てもあなたの方がボロボロでしょう!?」

「う、うん?」

 おとなしそうな見た目に反して、突っ込みが激しい子である。

 言われて自分の体を見下ろすと、夏服の袖から伸びた腕には赤いアザができていた。

 シャツもコンクリートを転げまわったせいで、ほつれておりみすぼらしくなっている。

「そこも酷いですけど、顔のここ、すごい擦り傷できてますよ」

 中学生が指した頬に触れる。 

 ざりっと、指先に固まりかけの血の塊がついた。

 掌で触ってみると、指4本分ほどの割と大きな擦り傷だった。

(地面に伏せたときに擦ったのか?)

「……気付かなかった」

 傷を意識したせいか、心なしかじくじくと痛みだした気がする。

「僕の心配してる場合じゃないです。……生きててよかったですね、ホントに」

 中学生は、安堵のため息を吐くと、鞄から絆創膏を出した。

「ホントは消毒した方がいいんですけど、……傷、ジロジロ見られるの嫌でしょう?」

 言いづらそうに口ごもりながら、中学生はぺたりと俺の顔に絆創膏を貼った。

 指で触ってみるが、焼け石に水というか――全く傷は隠れきっていない。

「あれ、1枚じゃ足りなかった」

 止める間もなく、何枚もペタペタと張られた。なんだこの手際の良さは……。

 あっという間に4枚の絆創膏が俺の頬を埋め尽くした。

 呆気にとられてされるがままだったが、絆創膏を持つその指がかすかに震えていることに気付く。

 ――怖かったのか。

「……もう、いいよ」

 手で傷を隠すと、やっと手が止まる。何やら泣きそうな顔をしていたが、目が合うと素早く顔を伏せた。

 ……俺も見なかったことにする。


 今度こそ、手を引っ張って立たせた。

 ぱたぱたと手と制服に付いた砂利を払っていた中学生だったが、あることに気付いて顔を青ざめさせた。

「そうだ、自転車……。明日学校あるのに!」

 そういえば、逃げるのに必死で自転車を持ってくるのを忘れていた。

 中学生の顔に焦りが浮かんでいる。

 取りに戻っても、まだあいつらがいるかもしれない。

 さりとて、置きっぱなしにしたら壊されるかもしれない。

 そんな迷いが透けて見えるようだ。

 裏路地をちらちら見ているが、怯えて足はすっかり止まっている。

「……明日の朝まででいいなら、届けられると思う」

「!? ――ダメですよ」

 全部言い切る前に、食って掛かるように止められた。

 それだけでは足りないのか、ガッシリ腕を掴まれた。

「あれだけ、ボコボコにされたのに戻る気なんですか!? 今度こそ殺されるかもしれませんよ!」

「いや、俺は戻らないよ」

「武器を持ってたし、あれで殴られたら――――って、え?」

 鳩が豆鉄砲くらったような顔だ。でこピンしたくなる。

「俺は、戻らない。この騒動の仕掛け人に始末をつけさせる」

「仕掛け人って――」

 中学生は二の句が繋げないほど、呆気にとられている。

 俺は後ろめたい思いでそっと視線を外した。

「嵌められたんだよ、俺は。……巻き込んで悪かった」

「は、はめられた……?」

 よほど聞きなれない言葉なのか、うわ言のように、こちらの言葉を繰り返している。

 詳しい話をするわけには、いかない。

 ただでさえ、迷惑をかけているんだから、これ以上巻き込むつもりもなかった。

「住所か電話番号――いや、捨てアドでいいや。連絡先教えてくれないか。自転車は必ず届けるから」


「……」

 ザッと中学生が後ずさった。

 気付くと中学生の俺を見る目が、恐怖に満ちていた。底に軽い嫌悪感も見える。

 そりゃそうだ。嵌められるほど恨まれるなんて、どんな極悪非道な真似したのかと思うだろう。

 軽く首を振って、気を取り直す。

 少し、笑った。

「俺が信用できないなら、それでもいいよ。自転車は警察に届ける。防犯登録をしているなら、そこから連絡が行くと思うから」

 中学生は、何も言わない。ただ、困惑した眼だけが迷いを伝えていた。

「話つけてくるよ。急がないといけないから、悪いけど送っていけない。ごめん」

「……女の子じゃないんだから、必要ないです」

 固い声だった。

「そうだった。帰り道には気を付けて。……絆創膏ありがとう」

 返事が返らないことは、わかっている。

 こちらも振り向かず、戻るために路地裏に足を進めた。

 ただ、中学生の固い視線は、いつまでも俺の背中に張り付いているような気がした。



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