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最大公約数の盲点 (ブラインドスポット)

 

「……っつ!」

 遠心力のついた鉄パイプをかわしきれず、とっさに腕で頭をかばった。

 ズンと体の芯にまで重い衝撃が響く。次いで灼熱感が骨を駆けあがっていった。


 (くそッ)


 痛みに気がふれたように、反対の手に持った鞄を振り回す。

 その実、鞄の角を正確に、相手の側頭部に向けて叩き込んだ。


 間抜けな声を出して、鉄パイプ男は、勝ち誇っていた顔をゆがめた。それだけだ。

 さすがに、ペラい鞄では大したダメージにならない。


 肩で息を切らせていると、今度は背後から鈍い痛みが神経を駆ける。

 前に転んで衝撃を逃がす。

 無防備になった背後を別のヤツに殴られたようだった。


(4人相手は、キツイ……)


 致命傷は避けているが、囲みを抜け出さないと、遅かれ早かれ力尽きる。

 気絶なんてしたら、その後どうなるか。考えたくない。

 何しろ、向こうは俺を”殺し”たいのだ。

 今さら、躊躇してくれる保証はなかった。


 俺を甚振いたぶるのが心底楽しいらしく、4人はニヤニヤと、嗜虐的な笑いを顔面に張り付けている。

 それぞれ顔貌かおかたちが違うはずなのに、歪んだ笑顔は気持ち悪いほど似ていた。


「なぁ、死ぬ? そろそろ死ぬか?」


 奴らは掌で鉄パイプをもてあそびながら、あるいは指をバキバキ鳴らしながら、歪んだ笑顔で俺を見下ろしている。

 ねずみや猫を殺すより、人間を殺す方が楽しいのかもしれない。


 尻もちを着いたまま後ろへいざる。

 制服のズボンがコンクリートにすれて、ザリザリと嫌な音を立てた。


「勘弁してください。死ぬのなんか御免だ。俺が何をしたっていうんだよ!」


 震えた声で命乞いをした。

 生き物をなぶって喜ぶ奴は、大抵獲物が怯えることを楽しんでいる。

 そいつらにとっては、生きがい、とすら言えるかもしれない。


 案の定、4人はけたたましい笑いを上げると、俺の顔や体ギリギリに足や鉄パイプを振り下ろした。完全に遊んでいる。


 激しくなる暴行に、悲鳴を上げて頭を庇った。体を丸める。

 奴らはその情けない姿に、ますます興が乗ったらしい。

 何発かは、脅しではなく愉楽が多分に含まれていた。

 子供が、昆虫をぐちゃぐちゃにバラすような楽しみを感じているのかもしれない。


 痛いのは嫌だ。

 バラされるのも、殺されるのも御免こうむる。

 それなのに、じっとリンチに耐えているのはわけがあった。

 4人もの囲みを抜ける方法は、アレ――『ブラインドスポット』しかないのだが、隙がなかなか見つからないのだ。



『ブラインドスポット』の発動に必要な条件は、4つ。


 1.全員の視線のベクトルを把握すること


 2.相手の眼球の振動(眼振)がわかること。

 (多人数相手の場合、全員の眼振の振幅を把握すること)


 3.逃走ルート上に、全員のブラインドスポットが複数出現していること。


 4.ブラインドスポットを使う前に、全員の視線を一か所に集中させること。



 このうち、1つ目と2つ目はクリアした。

 こんなに殴られていれば、相手の視線のベクトルなんか、嫌でもわかるようになる。

 基本的に奴らの視線は、視線は殴ろうとしている部位に集中していたからだ。


 難関なのが、3つ目と4つ目。

 逃走ルートを見つけても、ルート上にブラインドスポットが現れるとは限らない。

 全員の視線・立ち位置・意識などから、生まれるソレは、一見強いランダム性を有していた。

 視線その他を誘導すれば、スポットを任意で出現させることもできるが、いかんせん4人の意識を一瞬で誘導するのは難しい。


(何か、何か、奴らの意識を一瞬で逸らすもの……)


 焦りと痛みで、頭が白くなる。

 ――ここまでか?


 諦めかけたその時、奴らのずっと後ろにぼんやりと白いナニカが見えた。

 次いで、機械を落としたような派手な音が響き渡る。


 目を凝らすと中学生くらいの男子が、青ざめた顔で後ずさっていた。

 彼の足元には、自転車が落ちていた。中に浮いた車輪が力なく空回りしている。

 ……どうやらあの派手な音は、この自転車を落とした音らしい。


 例の4人も弾かれたように中学生を振り返った。

 暴行の目撃者の唐突な登場に、一瞬その動きが止まる。


 ――――チャンス!


 眼のフォーカスを意識的に切り替えた。

 ぼんやりとした視界のなかに、いくつか黒いスポットが現れる。


 ブラインドスポット――『最大公約数の盲点』


 このスポットは、襲撃者4人全員の意識から外れた、いわば強化された死角だ。

 4人の眼振や視界の広さ、視線のベクトルから導き出された共通した盲点。

 残った力をすべて足に込めて、跳ねるように立ち上がる。


 コンクリートを蹴る音に反応した4人が、こちらを振り向く。

 4人の意識が俺に集中しきる前に、ブラインドスポットに飛び込んだ。



「なんだあいつ! どこ行った!?」


 4人が凶暴な咆哮を上げた。

 奴らには俺が消えたように見えているのだ。

 わずかに目を離した隙に掻き消えたのだから、動揺するのも当たり前だ。


 ブラインドスポットは複数現れている。

 俺はぼやけた視界に映る見つけ出したスポットを辿って、4人の意識から消え続けたまま逃走を開始した。

 スポットをすべて辿るには、本来なら数十本の針の穴を一つも漏らさずに、糸を通すほどの緻密ちみつさが必要だ。

 だが、襲撃の度にこの手を使っているので、もう目をつぶってもできる。


 ふと、自転車を落とした中学生と、目があった。

 突然現れた中学生のブラインドスポットは、算出している暇がなかったので、彼にだけは俺が見えていたのだ。


「ひっ……」

 その眼には恐怖がにじんでいた。


 中学生にはこの場が、さぞかし理解不能に映ったと思う。

 暴行現場を目撃して、身の危険を感じた。

 次いで、暴行されていた本人が、素早く立ち上がり囲みを容易く突破。

 それだけならまだしも、自分の目には確かに見える被害者を探して、暴行犯たちが右往左往しているのだ。


 俺は、不運すぎる中学生に手を伸ばして、ブラインドスポットに引き込むと、引っ張るように共に現場から逃走した。




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