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星に願いを

作者: 空人

 夜の校舎は昼間の喧騒を移す鏡。

 月は静かに闇夜を照らし、校庭の静寂を見守っている。

 これから私が行うのは、一種の召喚術だ。本来ならば複数人で輪を作り、呼びかけを行う必要が有るらしいが、友人たちはこの儀式を眉唾物だと訝しみ、あるいは愚行だと罵った。

 心に曇りなく純粋に願わなければこの儀式は成功しないと検索結果には書いてある。彼女たちを交えてしまえば成功率は下がってしまうのではないだろうか。

 ならばと私は代案を考えた。空から見えるこの校庭に人が輪になっている図形を描いてしまえば良いのではないだろうか、と。人の頭とそれをつなぐ腕とを円になるように白線で描けば、それはさながら召喚のための魔方陣のように見えて、私はその出来映えを自賛した。

 さあ、準備は整った。私は円の中央へと歩み入り、誰にもつなげられない自分の手を胸の前で組合す。召喚の呪文はできる限り大声で、と書いてあった。心を沈めるために大きく息を吐き出し、夜に冷やされた空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「ベントラー、ベントラー!」


 静寂を切り裂いた私の声は、校舎に跳ね返り、夜空に溶ける。


「ベントラー、ベントラー!」


 仰いだ空に月は微笑む。声の限りに夜空に煌めく星へと捧ぐ。祈りを。


「ベントラー、ベントラー!」


 けれども届くはずも無く、呼吸は乾き、喉に突き刺さる。負けじと張り上げる声にしかし最初ほどの勢いは無く、込められるのは想いばかり。儀式の失敗が頭をよぎり、そして結果は与えられた。


「コラーッ! そこで何をしてるんだっ!」


 成果は妥当なものだったと言わざるを得まい。

 職員用の昇降口から召喚されたのは、この日宿直だった我らが担任さまからのありがたき説教だったのだから。





 ところで件の召喚術において、呼び出す対象が何だったのか。賢明な者ならば呪文のみからでも推察できたであろう。

 ――――未確認飛行物体。即ち俗に言うUFOである。

 『ベントラー』はそれを呼びつける言葉として広く広まっているらしい。一昔前ほどに一部の人々の間で流行したというこの言葉は、UFOそのものを指し示す言葉であるらしく、自分の素性や住所などを一緒に唱えるとか、UFOの所有者を示す『スペースピープル』と付け足して唱えるとかいろいろつたえられているらしい。しかし『ベントラー』が彼らの言葉であるのなら、日本語や英語らしき言葉を混ぜてはたして通じるものなのだろうかと私は考えたのだ。故に私に出来た選択はただひたすら闇雲に『ベントラー』を叫ぶことのみであったのだ。


「おっはよう、ミドリ。どうしたの、暗い顔してさ」

「おはよう。……別に、なんでもないよ」


 隣の席に腰を下ろしながら気さくに話しかけてきた奇特な人物は、数少ない私の友人である。しかし彼女は昨日の儀式において、私の誘いをあっさりと気持ちの良いくらいにキッパリと断ってくれた者の一人である。

 故に私の機嫌が仮にも悪いなどということが有ったのだとしたら、それは彼女に原因の一端が有ると言っても過言ではないのではないだろうか。もちろん言及したりはしないが。

 かわりに視線をずらし溜息などを吐いて見せるが、私のそんな好ましいとは呼べない態度は彼女に言わせればいつもの事らしく、少しは気にして欲しいという私の思考さえも無視して気楽なままに話しかけてくるのである。おかげでこちらの気も多少なりとも楽にはなるのだが。


「そんな事より、アレ。あんたの仕業でしょう?」

「?」


 彼女が指し示したのは校庭であり、そこには確かに昨夜行った儀式の痕跡がそのままになっているのである。具体的に言うと、白線で描いたいびつな輪っかとか。

 儀式の最中は上手く描けていると思い込んでいたが、こうして上から見ると少々赤面してしまうくらいに曲がりくねっているのが解る。人の頭の象形である小さな輪さえ潰れていて、それらをつなぐ大きな円に至っては、最早円であったのかどうかさえ疑問に思えるほどであった。


「くっ……もう少し綺麗に描けていると思ったのに」

「いや、そうじゃないでしょ。てか、やっぱりあんたなんだ。じゃあ例の儀式とやらも本気だったりするわけ?」

「……昨日そう言った、はず」


 自分的にはこれでもかというくらい本気の目線で訴えながらの懇願だったのだが、いつも陽気な友人様には伝わっていなかったようである。


「じゃあ、何か見えたの? たしか宇宙人を呼ぶんだっけ」

「UFOを、ね。残念ながら何も。途中で田口に邪魔されたし」


 思いのほか食いついてきた。説明したはずの事を間違っていたりするが、興味が無いものとばかり思っていた友人が話題に上げてくれるようになったのなら、一人ぼっちだった儀式は全てが失敗だったわけではないのだろう。


「大変だなあ田口先生も。じゃあ、アレが残っているのは先生が消し忘れたんじゃなく、あんたに消させるためかもね。全校生徒の前で、さ」

「う、なんて陰湿な……」


 どうやら担任は、深夜の学校侵入や白線引きやグラウンドなどの無許可での使用を許してくれる気は無いようだ。罰として自らの手で処理を終わらせる事は罪に比べて軽いのかもしれないが、観衆の目線を浴びる事を考えれば、犯人さらしという一面も現れてくる。それは即ち同じ事件を繰り返す事への抑止力としても一役かっているということだ。しかも自らの手を一切汚さずに。

 眉間にしわを寄せうなだれている私を、友人は励ますように撫でていてくれたが、そんな癒しの時間さえ予鈴にかき消されてしまう。

 もうすぐ担任がやって来て、私に引導を渡すと共に毎日のように繰り返す日常へと導いてくれるのだろう。


 しかしこの時の私はまだ知らなかったのである。

 望んだはずの非日常は、既に日常を侵食し始めていたということを。




 教室のドアを開けて入ってきた彼は、教室全体をかたきか何かのような目線で見回し、教卓の前へと進んだ。彼は生徒の名前を順に呼んだりはしない。名簿にある名前の人物をその目でとらえ、出席を確認するのだ。それは顔と名前が一致していないと出来ない所業であり、我らに対する愛の現われでもあるのだろう。しかしその値踏みするようなねっとりとする視線は、けして評判の良いものではなく、生徒からは嫌悪の感情が返されていることを彼は知っているのだろうか。

 と、そんなことを考えてるうちにその視線が私をとらえた。そして、まるで挑発でもしてるが如く言葉を飛ばしてくるのだ。


「く@ジュ☆○れ×△ks区」


 私は震え上がった。それは言葉なんて優しいものではなかった。電波に載せた快音そのものであった。彼の触手の一本が聞いているのかとばかりに私の方へ向けられる。そしてくねくねとしなやかな軟体を揺さぶるのだ。

 そう、彼は人間の姿をしてはいなかった。歪な肉塊から幾つもの触手を伸ばし、丸く見開かれた大きな目はたった一つ、顔らしき部位の中心に居座っている。なのに見慣れたメガネや趣味の悪いネクタイは間違いなく我らが担任のそれなのだ。

 私が目をそらし、うつむいているのを一応の反省だと捉えたのか、担任らしき生物は名簿に視線を戻した。メガネを押し上げる所作には間違いなく彼の面影を見ることが出来る。

 あまりの衝撃で固まった私は、それ以上何も考える事が出来ず、悪夢のようなホームルームは彼の退場をもって終了を迎えるのだった。


「……何? あれ」

「ん? ああ、田口先生ね。確かにあそこまで言うこと無いのにねえ」


 私のつぶやきはごく小さなものだったのだろう。聞こえたのは隣の席の友人だけだったらしい。その友人が発した一言は、私を再び衝撃の渦の中へと落とし入れたのだ。

 彼女には彼の言葉が普通に理解できていて、その姿は異様な物として映ってはいないのだ。

 教室を見回してみても、私のように動揺しているクラスメイトを見つけることが出来ない。いつもと同じ教室の雰囲気だ。

 その後も授業は滞りなく進み、帰りのホームルームを迎えた。彼はやって来て一言二言電磁波を飛ばし、去っていった。私のほうをひと睨みしたのは、気のせいだったと思いたかった。





「おはr■_」


 次の日は文字化けから始まった。隣の席の友人が異形と化しているのだ。一応人型は保っているらしく、日本語らしきものを発音できている。


「……おはよう」


 若干のけぞりながらも挨拶を返す私に、友人は不思議そうに首をかしげて席に着いた。それから毎日、少しずつではあるが彼らの仲間は増えていった。変化は教室内に留まらず、また学校の中に留まる訳でもないようだ。町中には多種多様な異形がうろつき、異質な建造物が増えていく。

 自分の方がおかしくなっている可能性は否定できず、保健室へ相談にも行ったのだが、その翌日から保健の先生も異形になっていて、自身の健康状態さえも把握できない現状だ。

 いつか私も彼らの仲間になるのかもしれない。いっそ、そうなってしまえば気は楽になるだろうが、それを待つにしても出来うる事は試してみようと思うのだ。

 そう、私にはまだ出来る事がある。





 夜の校舎は変わらずにひんやりとした空気をまとっている。

 月には雲が寄り添っているが、闇が辺りを支配するには至っていない。

 グラウンドにはあの日の名残がまだうっすらと残っている。生徒に踏み潰されずにすんでいるのは、そこがグラウンドの端であることに加え、不審な図形に足を踏み入れることを本能的に忌避しているのだろうと推測できる。

 どうせ陣はいびつなのだ。描き直す必要も無いだろう。私は図形の中央付近に歩み入り、今回もまた、誰にもつなげられないままの自分の手を胸の前で組合せる。静かな夜を吸い込んで、星の空へと解き放つ。祈りを。


「ベントラー、ベントラー!」


 懇願にも近しい叫び声は、早くも喉に痛みを与える。


「ベントラー、ベントラー!」


 月は嘲笑うかのように、私の声を吸い込んで。


「ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー、ベントラー!」


 最早声はかすれ、力なく、涙は溢れ、嗚咽が漏れだす。その先に光明を見い出さんがため、それでも唱える声は続く。そして――――。

 精も魂も尽き果てた頃、涙でにじんだ視線を横切る一筋の光。


「べ、ベントラー! ベントラー!」


 声を発するたびに光は増えていく。小さくは有るが、蛍のように明滅したりはしない。色が変わるものもいる。


「ベントラーッ、ベントラー!」


 それは間違いなく、未確認の飛行する物体であり、私が欲した非日常そのものだ。ならば私は彼らに願わなければならない。今、私の周りに存在する超常的な事象の終結を。


「お願いっ、私を元の日常にもどしてっ!」


 無数の小さな星たちが集まっていく。それは大きくなる程に光度を増し、やがて目視できない程に溢れ出す。

 

「ベントラ――――ッ!」


 目をつぶったまま、私は最後の力を振り絞った。





「コラーッ! ここで何をしてるんだっ!」


 光の中から召喚されたのは、いつもの姿の我らが担任さまだった。聞きなれた声、見なれた容姿。安堵に胸は振るえ、涙が溢れる。


「せんせえぇっ」

「うおっ、なんだ、どうしたんだ!?」


 思わず抱きついてしまった私の頭を撫でながら、田口先生はメガネを押し上げる。困ったように笑いながら、優しい声をかけてくれた。


「事情はよく解らんが、片付けて帰ろう。送っていくから」

「はい」


 差し出された触手を自分の触手で絡めとると、私たちは帰路についた。

 私たちが在るべき日常へと。




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