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紳士は異世界でメイドハーレムの夢をみる 作者:むらのとみのり

第三章

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義兄弟

 祭りが近づいているせいか、街は活気にあふれている。
 祭り見学か行商人かは分からないが、明らかに異国風の出で立ちのものもいて、見ていて楽しい。
 今朝はカプルとサウに付き合って、できたばかりのビラの原画を持って印刷屋に行ってきたところだ。
 こちらの世界の印刷は活版印刷ならぬ石版印刷といって、錬金術士が錬金術で精霊石の板に、シャミが見せてくれた3Dプリンタ的な要領で版を起こし、刷り上げるらしい。
 今回頼んだのは、オボコボ印刷所という、従業員4人の小さな工場だ。
 すっかり頭の禿げ上がった職人気質のオヤジとその子3人の家族経営だそうだ。
 祭り前の忙しい時期だが、どうにか頼むことができた。
 注文した帰り道、サウは寝不足で赤く腫らした目をこすりながら、興奮気味に話す。

「私の描いた絵が、たくさん刷られて配られるなんて嘘みたい」
「いいビラに仕上がってたと思うよ、お疲れ様」
「こちらこそ、本当にありがとう。やっと私もスタート地点に立てた気がするわ」
「はは、まあコツコツ頑張るだけじゃ難しい仕事だと思うけど」
「そうね、でも常に何かをしてないと」

 そう言って自分の言葉に自分で頷くサウ。

「しかし、ここの印刷ってああやって錬金術でやるんだな」
「ご主人様の故郷では違いましたの?」

 とカプル。

「うん、まあ色々とな。あの版を作る部分は原理は違うが似たようなもんかな。ただ、ああいう平らな版を一枚づつ押し付けるんじゃなくて、丸いローラー上に作って、回転しながら紙をどんどん押し出して行ってたような」
「ローラーで? インクはどうしますの?」
「さあ、よくわからんけど、自動で補充されるんじゃないか?」
「自動で補充……そうですわね、紙との接地面の反対側に補充用の仕組みを……でも、そんなに紙が綺麗に送れるものかしら? いえ……紙も巻物状にしてローラーと同期をとって送れば……」

 とカプルはブツブツ言い出す。
 なんか変なスイッチをいれてしまっただろうか。

「カプルさんどうしちゃったの?」

 突然独り言モードに入ったカプルを見て、サウが聞いてくる。

「さあ、なんか閃いたんだろう。そっとしとこう」

 うちに帰ると、そのままカプルは閉じこもってしまい、サウも今日はもう寝ると自宅に帰っていった。
 俺は一仕事終えて、少し余裕ができたので、ちょっと散歩に行くことにする。
 今日のお供は手の空いていた紅と燕の自動人形コンビだ。
 散歩には平均して2,3人ずつ連れて行くが、組み合わせはわりと決まっている。
 同じ主人に仕える従者同士の相性はいいので誰とでも仲良く出来るものらしいが、これだけ数がいると、それなりにグループが出来る。
 戦闘組と家事組で分かれるし、年少組と年長組、仕事の分担でも別れる。
 相性が良いなら普段一緒に行動するほど、余計仲が良くなるのだろう。
 紅と燕は人形同士ということもあるが、自称元姉妹の女神様らしいので特に仲がいい……のかどうかはいまいちわからない。
 紅は基本的に無表情で淡々としているし、燕は誰とでも仲良くしようとするので、あまり個人間の付き合いの差を感じないんだよな。
 一口に従者と言っても、ホロアと古代種と人形ではまた違うものなのかな。
 さらに言えば人間であるウクレやエクはどうなんだろう。
 違うといえば、従者と妻の違いもよくわからないけど。

「あら、ピーチの旦那、散歩ですか?」

 通りを反対から歩いてきたのは、果物屋のエブンツの妹エイーラだ。
 去年結婚したばかりの新婚さんだ。
 苦労人だが気は強そうなので、もし彼の夫が二人目の妻を持てば苦労しそうだなあ。
 実際、古代種ではない人間のカップルはほとんど一夫一妻らしいので、やはり妻と従者とは別物なのだろうなあ。
 それはそれとして、新婚夫婦と同居して、未亡人に恋慕してるエブンツのことを考えると、同じ男として熱いものがこみ上げてくるが、まあそっちはどうでもいい。

「まあね、そっちこそ買い物かい?」
「ええ、亭主と兄の二人分面倒見なきゃならないから大変ですよ」
「そりゃ大変だ」
「でも、旦那が来てからウチの兄も少しは商売に力を入れるようになってくれて。店も見違えるようになったし、ちょっとずつだけど、お客さんも増えてるんですよ」
「そりゃ良かった」
「昔は仕入れのない日は日がな一日ぼーっとしてるぐらいで、ほんとにどうしようもなかったんだけど」
「はは、好きな女でも出来たんじゃないのか? だいたい男が真面目になる理由なんて、それぐらいのもんだ」
「ほんとですか? 誰だろう、仕入先のサミに気があったみたいだけど、彼女はとっくに嫁いじゃったし……あとはどうなのかしら?」
「今度聞き出しといてやるよ」
「頼みますよ。兄は人見知りする方だから、旦那とはよほど馬があったんでしょうねえ」

 エイーラは兄の片思いにはまだ気づいてないようだな。
 彼女と別れて市場に向かう。
 やっぱり屋台の出店が増えてるな、なんか旨いものないかな、などと考えている俺の腕にしがみつきながら、燕がつぶやく。

「それにしても平和よねえ。ふつう、これぐらいの文明レベルの世界って、もっと戦争に明け暮れてるもんじゃないのかしら」
「そんなことはないだろう。日本でいえば江戸時代ぐらいじゃないのか? あの頃も長い間大きな戦争はなかったんだし。もっともこの国も国境ではそれなりにいざこざがあるようだが」
「ここも、国境が近いんじゃないの?」
「北の方は山があってその先は魔物が巣食う無法地帯って話だな。それも紛争みたいなもんだが、西の方は広い森を挟んで国境らしいが、こっちはもう長いこと平和らしいぞ」
「ふーん」
「冒険者と商売人が終始行き来してるから、なかなか戦争にもなりづらいらしいな」
「そんなものかしら」
「よくわからんけどな。それより、なんかくおうぜ」
「えー、じゃあ甘いもの。お団子とか」
「おう、どれがいいかな」

 と通りに並ぶ店を見比べる。

「食べればわかると思うわよ」
「いい事言うなあ。よし、買おう」

 焼きたての団子を頬張りながら、三人で歩く。
 街中で高価な自動人形を二人も連れていれば、それなりに目立つようだ。
 紳士と知らなくても、どこかの大店の若旦那か、貴族の三男坊ぐらいには見えるのだろう。
 すれ違う人も、ちら見したり、意識して距離をとったりしているようにも見える。

「おう、兄さん。ちょいと待ちな」

 そこに警吏がふたり、声をかけてきた。
 一人は一回り以上年上だろうか、もう一人はまだ10代っぽい体の大きな若者だ。
 詳しくは知らないが、街の警吏というのは騎士団の管理下にあって、彼らはその下で働く兵士のようなものだが、大半は市民がボランティアで参加している。
 日当は出るが常勤ではない、消防団みたいなイメージかな。
 あるいは江戸の火消しか。
 リーダー格の人間は騎士団の歩兵が務めているらしい。
 年上の方は、訓練された兵士の身のこなしをしているので、たぶん騎士団の人間じゃなかろうか。

「ちょっとなによ、あんた達」

 と無駄に威嚇する燕を引っ込めて話を聞く。

「少し話を聞かせてもらいてえんだが、なに、手間は取らせねえ」

 年配の方が複雑な笑顔を作りながら話しかけてくる。
 何を考えているのかわからない顔だが、しいて言えば親分さんって感じだろうか。
 ようは時代劇の岡っ引きみたいな感じだ。

「何かあったのかい? 親分さん」
「ちょいとね。あんた、名前は?」
「俺かい? 俺はサワクロ。シルクロード通りに店を出してる、しがない商人さ」
「シルクロード? ああ、最近出来た倉庫街の向こうの……」

 男は少しだけわかりやすく顔をしかめると、話を続ける。

「通報があってね。女人形を連れた貴族と、別の貴族がトラブルだとか」
「へえ、だが俺達は見ての通り、ただの散歩中の商人さ」
「そのようだな。若いのに貫禄はあるが、貴族って柄でもねえしな。だが、女の自動人形なんざ、そうそう見かけるもんでもねえんでな」
「そりゃそうだ」

 男が更に何か聞こうとしたところに、騎士が二人、騎乗でやってきた。
 一人はモアーナだ。
 レルルの元同期で、俺のこともよく知っている。

「これはサワクロさん、何かお困りのことが?」
「なに、善良な市民として、警吏のみなさんに協力してたのさ」
「そうですか。ヘンズ曹長。この方は我が騎士団とも深い関わりのある御方です。粗相のないようにおねがいしますよ」
「へえ、かしこまりまして」

 親分さんは苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「それで、何があったのです?」
「いえ、人形連れの貴族がなにやら揉め事と聞いて、探しておりやしたもので」
「ああ、その件ですか。サワクロさんはなにかお心当たりは?」
「いやあ、俺もいま来たばかりでね」
「だそうです、ヘンズ曹長、他をあたりましょう」
「へえ、かしこまりやした」

 とモアーナにヘコヘコ頭を下げてから、俺に向かって頭を下げずに声をかける。

「ま、悪く思わねえでくだせえよ、こいつも仕事なもんで」
「気にしちゃいないさ、お務めご苦労さん」
「それじゃあ、失礼しやす。おいコズ、行くぞ」

 と去っていった。
 ほんとに岡っ引きっぽいな。
 ああいうのはドラマだとすごく有能か、裏で悪いことしてるかのどっちかが定番だが、さてあの男はどうだろう。

「なあに、あれ。感じ悪いわね」

 と不機嫌な燕をなだめる。

「感じの良いおまわりさんってのも、それはそれで頼りないだろう。あれぐらいでちょうどいいのさ」
「そうかしら? あっちの騎士は知り合いなの?」
「ああ、レルルの同期らしいぞ、見習いの頃、一緒に修行してたらしい」
「へえ、でも結構腕は立ちそうよね」
「騎士は大抵、強いよ」
「レルルは私より弱いわよね」
「まあ、そうかもしれん」
「最近頑張ってるみたいだけど」

 そんなことを話しながら街を歩くと芝居小屋に出た。

「ねえ、お芝居やってるわよ? 見て行きましょうよ」
「どれどれ、地底の楽園……どんな話だ?」
「えーと、伝説の傭兵が地底世界で邪教徒と戦うらしいわよ」
「おもしろそうじゃないか」
「でしょ、見てみましょ」

 やることがあるわけじゃないので、弁当を買って芝居小屋にはいる。
 この街はいくつも芝居小屋があって、コーザスのように、何ヶ月も先まで前売りが完売、ということはない。
 見たくなったらこうしてすぐに入れるのはいいもんだ。
 しかし実際入ってみると、前に見たのとはだいぶ感じが違うな。
 舞台がかなり小さいが、それよりも木製のベンチがおしりに優しくない。
 野球場の外野席じゃないんだから、もうちょっとどうにかして欲しいところだなあ。
 前に行ったVIP席は快適だったのに。
 舞台も含めて内容の方も、前のがお上品なオペラだとすれば、こっちは新喜劇というか。
 はっきり言って、こっちのほうが見てて楽しい。
 主人公の男が、これが伝説の傭兵らしいのだが、とにかく強くてどんどん悪者を倒す。
 あと、どんどんモテる。
 出てくる女が自動的に主人公に惚れる、みたいな安易なシナリオに非常に親近感を覚えた。
 そうそう、こういうのでいいんだよ。

「いやー、面白かったわね。伝説の傭兵が地底で出会った魔族の娘の助けを得て竜を撃つとことかすごかったじゃない。うちもああいう冒険をすべきよ」
「チャンバラは良かったな。結構凝ってたし」
「でも、なんであの二人一緒にならなかったのかしら。種族なんて違ってもいいと思うんだけど」
「そりゃそうだが、まあ悲劇は受けるしなあ。あと主人公がナンパすぎて、あんな一途な娘とはつりあわんのじゃないか?
「それはあるわね。あの主人公、創作かしら、それとも実在の人物?
「よく聞く白薔薇の騎士とか言うのは実在の人物だったらしいけど、これはどうだったんだろう」
「デュースなら知ってるんじゃないの?」
「あとで聞いてみるか。紅はどうだった?」
「面白かった、と思います」
「そうよねー、いいわよねー」

 劇場の側のカフェでお茶を飲みながらそんな話をしていると、なにやら聞き覚えのある声が飛んでくる。
 今度は誰だ?

「おお、心の友ではないか。貴殿も芝居見物か?」

 ボルボルか。
 人形マニアの変態で、かつて俺の大事な従者を巡って争ったこともあるが、今ではまあ、友人と呼べなくもない程度の関係だ。

「ボルボル、どうしたんだ、こんなところで」
「なに、私の大切な人形の一人が、主演の男のファンでな。どうしても見たいというので、こうして……おお、新しい人形を連れているではないか、さすがは心の友だな」
「ああ、こいつは燕だ」
「はじめまして、私は世界一人形のために尽くす男、ボルボルともうします。お見知り置きを」
「あら、立派なお殿様。よろしくお願いしますわ」

 と燕は目一杯お上品に挨拶する。

「そうだ、お前さん、なにか揉め事は起こさなかったか?」
「ふむ、よく知っているな。さっき気に食わぬ男にからまれたものでな、すこし懲らしめておいた」
「あんただったか。騎士たちが探しまわってるぞ。やり過ぎたんじゃないのか?」
「うん? 別に暴力はふるっておらんぞ。口頭でやりあったのみで、周りに被害はあたえておらんはずだがな」
「ならいいけどな。面倒だから、さっさと帰ったほうがいいぞ」
「なるほど。心の友の忠告だ、素直に聞くとしよう」

 そこで紅がポツリと呟く。

「もう、遅いようです」
「どうした?」
「囲まれています」

 外にでるとボルボル同様、人形を連れた貴族っぽい男が立っていた。
 色白でなよっとした中性的で綺麗な顔立ちだ。
 まあ、だいたい貴族は美男美女が多いようだが。
 このボルボルだって黙っていれば男前だしな。
 微妙に判別に困る外見だが、ボルボルも男と言ってたし、たぶん男なんだろう。
 男装の美女なら好みなのに。

「見つけたぞ、ボルボル。今度こそ引導を渡してやる」
「ふん、性懲りもなくまたやられに来たか、アンチム。貴様のような男に仕えるのでは人形たちが哀れというもの」
「何をいう、どちらが真の人形好きか、思い知らせてくれる」

 うわー、なんだか面倒な奴らに関わっちゃったぞ。
 こんな面倒くさそうなのは男でいいです。

「口で言ってわからぬなら仕方がない。セレネ、スピラ、サモス、いけるかね?」
「お任せください」

 ボルボルの人形が三人、剣を手に前に出る。

「おい、ボルボル。こんなところで刃傷沙汰はいかんだろう」
「むう、しかしあのような輩をのさばらせておいては、人形たちの未来が」

 このままだと面倒な連中の巻き起こす面倒な事態に巻き込まれそうだったので、常識人の俺が仲裁してみることにした。
 一歩前に出て、ボルボルの喧嘩相手に話しかける。

「そちらのお人も、町中で物騒なことはやめたまえ」
「む、何だ君は、僕は人形のためならどんな危険も……」
「そんなに人形が大切なら、人形同士で争わせるんじゃない!」
「むう、それは最もだが……しかし、庶民に人形の何がわかる!」
「わかるっ! 俺も数こそ二人だが人形を従えている。彼女たちは実に素晴らしい存在だ、だからこそ君たちにはそんなことで争ってほしくないのだ」
「むむぅ、その人形は……、君は何者だ!」
「俺は通りすがりの商人だよ」
「ぐぅ、商人風情がなにを」
「君は身分で人形を愛するというのかね!」
「むぐぅ、そ、それは……」
「さあ、どうするね? 君ほどの人物ならばわかるはずだ」
「むぐぐぅ、では、どうしろというのだ!」
「どうもこうもない、我ら人形を愛する者同士、わだかまりを捨てて手を取り合おうじゃないか、さあ、ボルボルも」
「むう、貴殿の申し出とあれば……」

 と立ち上がり、ボルボルは俺の差し伸べた手を取る。
 その手を相手の男と重ねて、声高に宣言する。

「さあ、これでいい。君たちの争いなど、誰も望まぬ、何より人形たちが望むはずもないのだ」

 俺の行き当たりばったりの説得が、何故か功を奏したようで、二人の人形馬鹿は喧嘩をやめてくれたようだ。
 人形同士を闘わせることへの後ろめたさが、後押ししたのかもしれない。
 まあ、変態どもの考えることはよくわからんけど。
 集まってきた野次馬も、解決したと知って去っていった。

「ははは、こうして手を取り合えば先ほどまでのわだかまりが嘘のようだろう」
「いかにも。僕もいかにも狭量でした。思えばこれほどの人形を従える人が悪しきはずもない。むしろお二人には教えを乞うべきことばかりに思えてきました。このアンチム、これからはお二人を兄貴分として義兄弟の契りを結んでいただきたい。いかがでしょう?」
「うむ、それがいい。クリュウ殿、私も年長の貴殿をこれからは兄と呼びたい。いや、呼ばせてくれたまえ」

 まじかよ、と思いつつも、この場で断れる状況じゃないよな。
 こいつらの考えがさっぱりわからん。
 なんでこんな面倒なことになっちまったんだ。
 まさかとは思うが、類友じゃないよな?

 そこに騎士がぞろぞろとやってくる。
 見ると先頭には麗しのダーリンが立っていた。
 俺たち三人の顔を見ると、たいそう面倒臭そうな顔をして尋ねる。

「なにやってるの、ハニー。貴族が揉め事起こしてるって言うから慌てて飛んできたのに」
「見ての通り、仲良く飲んでるだけさ。君もいっぱいやってくかい?」
「お生憎様、私はちょー忙しいのよ、まったく」

 そこでボルボルが、思い出したかのように声をかける。

「む、メルニエではないか」
「フランシーヌ、あなたフランシーヌなのね。あなたまで何してるの?」

 フランシーヌってボルボルの名前か?
 ひでえな。

「ふん、貴様こそウェルディウス家の名に恥じぬ働きをしておるのだろうな」
「あなたよりは貢献してると思うけど?」
「たしかに減らず口がたたける程度には人並みに成長したようだな」
「あら、もしかして気を使ってくれてたの? 嬉しいわね」
「わかったらさっさと行け。我らは今、義兄弟の契りを交わしたところだ、これから大いに飲まねばならぬ」
「義兄弟? あなた達が? まあいいけど、あんまり人に迷惑かけないでよ、まったく、この忙しい時に……」

 気の毒なエディはブツブツいいながら去っていった。
 疲れてそうだなあ。
 後ろ姿を見送っていると、

「大兄はあの騎士団長ともお知り合いで?」
「まあ、いろいろあってね」
「大兄は商人と言われたが、ほんとうは何者なのです?」

 と尋ねるアンチムにボルボルが、

「いかにも、クリュウ兄者は、かの桃園の紳士だ。我らが兄と仰ぐにふさわしい立派な人物なのだよ」
「なんと、噂は聞いておりましたが、あなたがあの飛首退治の」
「わけあって身分を隠しているんでね、春までは隠居の身さ」
「試練ですね、なるほど、試練を控えた身であれば、世を忍ぶのもうなずけます」
「まあ、そういうことだ」
「では、兄者の試練達成を願って、改めて乾杯いたしましょう」
「うむ、それがいい、乾杯!」

 アンチム、ボルボルの両人としこたま飲んでから、帰路につく。
 まったくひどい目にあった。

「なんだったの、あれ」
「知らん。まったく、とんだ災難だぜ」

 終始呆れ顔だった燕に聞かれても、答えなどわかるはずもない。
 うちに帰って今日のことを話していると、元白象騎士団のエーメスはアンチムのことを知っていた。

「アンチムといえば、名門サーハーン家の3男である、アンチム・ホグバン卿ですね。たしか、カルテン村に封じられていたはずですが」

 とエーメス。

「どういう人物だ?」
「さあ、為人までは存じませんが……、いや、そういえば人形の収集家として知られているとか」
「そうらしいな」
「他には特に。さほど素行に問題があるわけでもないかと。サーハーン家といえば、ご主人様もご昵懇であるフューエル様の母方のご実家でもありますし」
「え、そうなのか?」
「はい。フューエル様の父君リンツ卿は現在、アルサ北東のエサ地方を治めていらっしゃいますが、そもそも祖母であるリースエル様はその功績により聖女の名を国王よりいただき貴族として列せられました。ですが、それだけでは領地も継承権もない、いわゆる名誉貴族でした」
「ふぬ」
「そこで名門であるサーハーン家からリンツ卿に妻を娶ることで、あの地に封じられたとか。平民が貴族になるにはよくあることですが、三代目のフューエル様の代で社交的な意味でもやっと真に貴族として認められるのです」
「ほほう、ややこしくなってきたな」
「貴族の家系とはややこしい物。ご主人様にも慣れていただかねば」
「まずいかな?」
「そう思います」
「なら、頑張って覚えよう。しかしエーメスは詳しいな、そういうのも騎士の仕事なのか?」
「正騎士ともなれば、それだけでも準貴族。嗜みとして近隣の貴族のことはわきまえておかないと。晩餐に出ることもありますし」
「そういうものか」
「もっとも、白象の場合はそうした上流階級とは無縁でしたが。赤竜のほうがよほど交流があったのでは?」

 と言うと元赤竜騎士団であるオルエンが、

「私は、見習いの…まま、お仕え…する時に、騎士となりました…ので」
「そうでしたか」

 なんにせよ、それほど変な人物でなければいいや。
 ボルボルだってああ見えて、どうにか付き合える範囲の変人だし。

 翌日。
 フューエルが珍しく俺に会いにやってきた。

「よう、デュースは今買い物に出てるから、少し待たないと」
「今日は紳士様にお話があってまいりました」
「俺に? デートの誘いならいつでもOKだけど」
「そういう冗談は嫌いです」
「すんません」
「まったく、何やらアンチムがご迷惑をお掛けしたとか」
「アンチム? ああ、あいつか。べつに迷惑ってほどでもないが」
「あれは私の従兄弟にあたりまして、少々…その、趣味の方が」
「人形好きなんだろ? いいじゃないか、男の子はそういうのが好きなんだよ」
「しかし、成人しても妻も娶らずに人形ばかり、先日もあれの母がうちに来てこぼしていったばかりで」
「おれも独身なんだけど」
「はやく結婚してください」
「春になったら称号もらってくるからそれまで待っててよ」
「そういう冗談も嫌いです」
「すんません」
「まったく」
「で、わざわざそれを言いに来たのかい?」
「似たようなものです。なにやら義兄弟の契りを結んだとか」
「成り行きでねえ」
「それを聞いた叔母がいたく感動したらしく、ごりっぱな紳士様の薫陶を受ければきっと生まれ変わるのではと、今朝方使いを寄越して、ぜひともお礼申し上げたいなどと」
「見境なく従者を従えるスケベ紳士だって先に伝えといてくれよ」
「言えるわけがないでしょう。そんなわけですから、その旨をご留意いただきたく」
「ご留意っていってもなあ」

 ふぅ、と二人同じタイミングでため息を付いたのに気がついたフューエルがひとつ咳払いをする。

「そういえば、エンディミュウム様と先日お茶をご一緒したのですが、お疲れのご様子」
「昨日、ちょっと顔を合わせたけど忙しそうだったからなあ」
「どうにかされてはどうです? 心の友なのでしょう」
「そうなんだけどな、いかんせん仕事を代わってやるわけにもいかんだろう」
「それはそうですが」
「エディとは仲がいいのかい?」
「おかげさまで、仕事柄騎士団にも世話になっておりますが、共通のお知り合いが出来ましたもので、最近は仲良くして頂いております」
「そりゃあ何より。それより、君も疲れてるだろう。顔に出てるぞ」
「むう、そんなはずは」

 と綺麗な頬に両手をあてる。
 美人だし、性格はキツイし、いうこと無いよな。
 俺に冷たいところが、なおいい。

 そこにモアノアがお茶とおやつをもってくる。
 今日はワッフルだ。
 先日のホットサンドメーカーの要領で型を作っておいたのだ。
 ほんとはたい焼きを作りたかったんだけど、あんこがないんだよな。
 あずきを探さないとなあ。

「ま、これでも食ってくれ。元気が出るぞ」
「では、遠慮なく」

 とフューエルは一口。

「おいしい、バターの香りが濃厚で、甘さの中にほんのり効いた塩気がとてもあいますね」
「そうだろ。こっちのジャムをたっぷり付けて食うとなお旨い。甘いものは疲れもとるしな」
「そういうことを、して差し上げればよいのです」
「覚えとくよ」
「では、本日はこれで。祭りの前はとにかく忙しいのですよ」
「そうだ、こいつも持って帰ってくれ」

 と作りおきのべっこう飴を渡す。
 これも型を用意して作ったものだ。
 サウのデザインしたデフォルメの効いた武器や鎧の図柄で、冒険者飴とでも名づけて出そうかと思っている。
 最初、モンスターのデザインにしようとしたんだが、試しにひとつ、ギアントの型を作ったらとても受けが悪かった。
 殺し合いする相手をデフォルメするのは良くなかったかなあ、などと思ったが、聞いてみると単に気持ち悪いという。
 なるほど、俺も虫の形の飴とかだと、お金を出してまで食べようと思わないだろうしなあ。
 そういう感覚なんだろう。
 袋に入った飴を一つ取り出して、フューエルが眺めながら、

「これは、もしかして盾をかたどったのですか?」
「ああ、他にも剣とか斧とかあるぞ」
「色々考えるものですね」
「まあな。日持ちするから、仕事の合間にでも食べてくれ」
「よろしいのですか?」
「よろしいさ、君のために作ったんだ」
「そういうセリフは、私以外の女性に言うべきですね」
「すんません」

 フューエルはそれで帰っていった。
 まあ、義兄弟云々はその場限りのノリだろう。
 ボルボルは都に帰っていったし、アンチムも、北東の自分の村に帰ってしまった。
 当面、顔を合わせることはないだろう。

 そんなことより、祭りの支度が目白押しだ。
 今から、ガラス工房の人間と会わなければならない。
 頼んでおいた食器の試作品を持ってくるはずなのだ。

「シロワマ工房の方が見えられましたよ」

 そこにアンが呼びに来た。
 表に出ると、浅黒い健康美人が大きな荷物を抱えて立っていた。
 シロワマ工房とは以前切子を貰ったガラス工房で、彼女の名はハマシロだ。
 工房の経営者の娘で、今は実質彼女が仕切っているらしい。
 20代後半だが、子供が二人いると聞く。
 そうは見えないな。

「やあ、待ってたよ。奥にどうぞ」

 と店の商談部屋に通す。
 ルチアも呼んできて、物の確認だ。

「見せてもらったゼリーってやつ、あのカラフルな色を引き立てるために、カットをより細かく刻んでみたんだ、どうだろう」

 そう言ってハマシロが取り出したのは、台座の部分まで丁寧な細工の施されたデザートカップだった。

「こいつは光を当てることで見栄えが引き立つんだ」

 というので、さっそく作りおきのゼリーを盛りつけて、ランプで照らしてみる。

「まあ、素敵」

 とルチアがうっとりするのもわかるぐらい、鮮やかにきらめきながらカップは輝いている。
 ゼリーの多彩な色を受けた光が、更に複雑に刻まれたカットで屈折し、テーブルに美しい幾何学模様を描いている。

「ランプもいいが、陽の光もいい。冬の控えめな明るさも、夏の刺すような日差しも、それぞれに違った表情を見せてくれる。こいつなら一年中、いろんな表情で楽しませてくれるはずさ」

 とガラス職人のハマシロ。
 たしかに、こいつはいいもののようだ。

「ちょっと表でも見てみるか」
「そうね、当日は外で食べるんだし」

 といって、用意してくれたカップにゼリーを盛り付けて、みんなでぞろぞろと表のルチアの店に行く。
 今日は生憎の曇り空だが、それでもテーブルクロスに柔らかい光がうっすらと模様を描く。

「いいもんだな。それじゃあさっそく」

 と手を付けようとすると、テーブルの隣にひょこっと何かが飛び出してきた。

「旦那さん、なんだいそれ、食べ物? 綺麗だねえ」

 そう言ってうっとりとカップを眺めているのはいつぞやの猿娘だった。
 たしかエットって名前だったな。

「うまそうだろう、食べてみるか?」
「え、いいの?」
「ああ、ぜひとも感想を聞きたいね」
「ほんとに、ほんとにいいの?」

 周りをキョロキョロしながら何度も尋ねる猿娘。
 ルチアなどはあまりいい顔をしていないが、ここは俺に免じてかんべんしてもらおう。

「それじゃあ、たべるよ?」
「ああ、うまいぞ」
「いただきます……もぐ……んっ!!!」
「どうだ、いけるか?」
「うま…あま…おいし……すごい……」

 猿娘のエットは感動して泣きそうになりながら食っている。
 そんなにか。

「おいしい、こんなのない、たべたこと、信じられない味、すごい」

 片言で喋りながら、必死にモグモグ食べている。
 最後の一欠片をスプーンですくい上げると、

「ああ、もうおわっちゃう。もっとゆっくり食べればよかった。でも食べたい、でも終わっちゃう……」

 切なそうに最後の一口を眺めるエットの姿に、根負けしたようにルチアが自分のカップを差し出す。

「これも食べていいわよ」
「ほんとに? いいの!?」
「ええ」
「ありがとう!」

 目の前の一口分を丁寧に食べてから、次のお皿に手を伸ばす。
 今度は大事そうに一口ずつ味わっているようだ。
 改めて彼女を見ると、ホームレスという割にはずいぶん身ぎれいにしている。
 ただ、服自体はボロボロで、襟のあたりもちぎれかけている。
 首周りと手首のところにはフサフサの毛が生えていて、毛並みはきれいなものだ。
 どこかで面倒見てもらっているのだろうか?
 でも、エレンは近くの公園で野宿していると行ってたなあ。
 主人がいるそうだが、そこから逃げ出したんだろうか?
 そんなことを考えながら美味しそうに食べる姿を眺めていたら、賑やかなのが帰ってきた。
 今日もシルビーと一緒だ。

「ただいまー、ご主人様、お外で何してるの? あ、この間の!」

 フルンがエットに気がついて身構えるが、エットは食べるのに必死で気がついてないようだ。
 肩透かしを食らったフルンは、そのとなりで仁王立ちして、エットがモグモグと食べる姿をじっと眺めている。
 その間もエットは黙々とゼリーを味わっていたが、たっぷり時間をかけて食べ終わると、お腹を擦って満足そうに息を吐いた。

「おいしかった、すっごいおいしかった。ありがとう」

 食べ終わって初めてエットは隣にフルンが立っていることに気がついて驚く。

「うわっ、なんだ、犬公、そんなところに立って。あたしはちゃんと旦那さんにお許しを貰ったんだからね!」
「犬公じゃない! フルンって名前! あなたの名前は?」
「え……私は、エット……」
「エットか、ねえ、おいしかった?」

 威嚇するように睨みつけていたフルンが、ころっといつもの人懐っこい顔に変わって尋ねる。

「え、あ……うん、すっごく」

 エットは毒気を抜かれた顔であっさりと頷く。
 すごいぞ、フルン一流の落としのテクニックを見た。

「よかった! 私もゼリー大好き!」
「ゼリー?」
「そう、ゼリー。そのデザートの名前!」
「そうなんだ、初めて食べた」
「ご主人様の故郷の食べ物だから、この街じゃここでしか食べられないんだよ!」
「へ、へえ……」
「他にもあるから、私の分をわけたげる、行こ!」

 と言ってフルンはエットの手を引いて強引にうちに連れ込んでしまった。
 シルビーもわけがわからないといった顔をしながらついていく。
 アンが怒らなきゃいいけど……。
 あとに残った俺達は、しばしあっけにとられていたが、気を取り直して商談の続きをする。
 最終的にこのグラスをまとめて注文することになった。
 今からだと若干納期に間に合わないので、祭りの前半と後半に分けて納品してもらうことにする。
 おそらく祭りの序盤はそれほど客足も伸びないだろうしな。
 チェスの大会後が本番だろう。

 商談を終えて家に戻るとすでにエットはいなかった。
 フルンとシルビーもいなかったので、どこかに遊びに行ったのだろうか。
 あの三人の組み合わせはうまく噛み合うのかなあ、とちょっと不安になるが、俺の義兄弟とやらよりは、たぶん相当マシだろうな。
 余計なことを思い出して、頭が重くなってきた。
 今日はもう終いにして、酒でも飲むか。
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