表題『電卓』
「4、7、14、3、9、32、49……」
「何をやっているんですか?」
ふらりと部室にやってくると、先輩が何やら集中して作業していた。
手のひら大の機械に何かを打ち込んで……あれは電卓だろうか。
「くっ、今話しかけない……あーわからなくなった」
「何か大事な作業中でしたか」
「いや、そんなことはないよ。ほら、これだ」
そう言って電卓を渡される。
何やらカウントダウンが始まっている。
「なんですかこれ?」
「計算ゲーム」
カウントダウンが終わると、簡単な足し算が表示された。
「3+5=8と」
「どれだけ早く25問溶けるかというゲームだからな」
「早く言いましょうよ」
答えを打ち込んでいくと、次々に問題が現れる。
足し算、乗算、引き算……終わりか。
むむむ、意外と時間がかかった。
「終わったかい?何秒だった?」
「53秒でした」
「ふむ、なかなかいいんじゃないかい?初め、まごついていたし」
確かに、少なくとも2・3秒はロスした気がする。
しかしそれでも50秒か・・・。
「ちなみに先輩は何秒なんですか?」
「うん、私かい?うーん……」
何を悩むことがあるのだろうか?
しばらく悩んだ素振りを見せた先輩は、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そしてこちらに近づいてきて……。
「近くで見てればわかりやすいだろう?」
「……ちょっ、ほんとに近いですって!?」
僕に後ろから後ろから抱きつく形で、電卓を操作しだした。
た、確かにこれならすごく見やすいけども……。
「ほらほら、始まるぞー?」
「は、はい」
一問一問正確に答えていく先輩。
すごく早いってことはなんとなくわかるけど……。
集中が全くできず数式やらは頭に全く入ってこない。
「終わりっ」
「う、うう」
「ふふふ、早すぎてぐぅの音も出ないか」
完全に勘違いです。
ただ恥ずかしくて何も考えられていないだけです。
「ふむ、なかなかいい秒数だな」
「そ、そうですね」
結果に満足したのか、先輩は離れてくれた。
一息ついて文字盤を見れば、26秒と表示が点滅している。
問題数が25問だから、一問一秒以内に答えているようなものだ。
「本当に早いですね。何かコツとかあるんですか?」
「……」
無反応。
こちらに背を向けて先輩はぼんやりしている。
いや、深呼吸しているのだろうか。
「先輩?」
「ん、ああ、どうしたんだ?」
「いや、今コツか何かあるのかなって」
「暗記だ」
振り返る先輩。
そしてさらりと不思議なことを言い出すわけだ。
「別に難しいことじゃない。やり込むうちに簡単な問位は覚えるさ」
「いったい何回やっての言葉ですか……」
「今日は朝から授業そっちのけでやってたから、もう何回かはわからないな」
授業に集中してください。
とは言えない。
僕も授業中は集中なんて出来てない。
「それにしてもこんな電卓もあるんですね」
「ああ、昨日私も見つけて驚いたよ」
電卓と言えば、計算するだけの機会というイメージである。
「他にも、時間が表示されるものや、文字まで表示できるものもあるとか」
「へぇ、面白いですね」
時代が進歩すれば電卓も変わるのか。
なんて若輩の身で思ってみる。
「興味があるなら、売っていた雑貨屋に行ってみるかい?」
「雑貨屋ですか」
「うん。電車に乗り継いでいくから休日になるけれどね」
「それはひょっとしてデー」
「教えるついでに大きな買い物をするから、君は荷物持ちね」
トなわけがないですね。
少しだけ肩を落として考え直す。
休日に一緒にいられるだけでもいいだろう。うん。
「わかりました。どんな重いものでも任せてくださいよ」
「なんだかわからないが、すごい意気込みだな。期待しておくよ」