表題『放課後』
かちかちかちかち。
音のほとんど無い部室のなかに、時計の音のみが鎮座する。
大きな机と、椅子が数個しかない薄暗い教室の中で、僕と先輩の二人はぼんやりと本を読む。
そんな、いつもの僕たちの放課後である。
「こーはいくん」
「……はい?」
机を挟んだ向かいからの呼ぶ声に、読んでいた本から視線を持ち上げ、先輩を見つめる。
凛とした眼差しに、うっすら幼さを残したその顔は、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「放課後―――というと君なら何を思い浮かべる?」
「放課後ですか?」
「そう、友達との遊び時間や図書館にこもって勉強。塾や習い事に行く。なんていうのもあるね」
こうした唐突な疑問はよくあること。
読んでいるものに影響を受けやすい先輩のことだし、
あの書皮に包まれた本の中身は『放課後』に関するものなのだろう。
「放課後と言ったら部室ですよ。毎日のように来てますし」
「この部室?部活ではないのかい」
「部活動、って……なんですかね?」
「……君とここで本を読むこと?」
「既に目的すら見失ってるじゃないですか」
それもそのはず。
この子の部室は大昔の『**部』という表札があるだけでパッと見、何部かなんてわからない。
「まあそんなことはどうでもいい」
「どうでもいいですね」
「放課後がこの部室か……ふむ、なるほど」
そう呟いて本に視線を戻す先輩。
パラパラとページをめくる音がして、
……唐突に本を投げ捨てた。
「本を大事にしましょうよ」
「ふん、あてにならない本など、どうでもいい」
「……?」
先輩の投げ捨てた本を拾い上げて中身を、見る前に奪い返された。
どこか焦ったように笑みを浮かべて本をカバンに入れてしまった。
「帰りに古本屋によるとするよ」
「いや、何を読んでたんですか」
「そんなことよりそろそろ帰ろうか」
「そんなことって……」
そんな風に気になる話の切り方をされては、納得がいかない。
もう少し食いついて、
「一緒に帰るなら甘味処によって行こうと思うのだけど?」
「さあ帰りましょうか」
甘味が僕を待っている。
「……」
「どうしました?」
「いや、いいんだ。君の切り替えの速さは大変好ましいよ」
「なんのことやら」
聞かれたくないことを無理に聞くほど、野暮じゃないつもりですって。
そんなものより甘味の方がよっぽど大事だ。
「そうと決まったら早く行きましょう先輩」
「はいはい」
ゆったりと椅子から立ち上がり、準備をする先輩を見ながら思う。
僕にとっての放課後とは、こうした先輩との日々であると。