サークル。
自分に戦闘シーンを書く才能はありませんね。読みづらい。
「あーもう……めんっどくせぇーなー……。」
「まあまあ、諦めなさいや。文句はサークルにぶつけて、な?」
場所は、再び時計塔。しかし今度は根元ではなく天辺、しかも現実世界ではなく電脳平行世界である。
2時近くを指す時計塔の時計の前に立って、レオは不機嫌全開でブー垂れる。それを慰めているようでその実楽しんでいるのは、尖ったサングラスで目元を隠している男。
綺麗にアッシュに染め上げた髪のその男が、レオを電話で呼び出した張本人である。背の高い体に裾の丈が短いライダースジャケットを着た男を、横目で睨む。
「そう言われてもですね、こちとらデート中だったってのに……。」
「おや、ライオン君に彼女がいたとは驚きだな。意外だ。」
「余計なお世話です。つか彼女じゃないんで。」
相も変わらず口は悪いが、それでも一定の敬意は払っているというか、敬語と呼べなくもない言葉遣いで話すレオ。人生の先輩だから、というだけではないのだろう。
主任研究員である八坂 涼子にも敬語を使っていなかった彼に敬語を使わせている男は、愉快そうに笑う。
「なんだ、意中の相手ってとこか? 頑張れ若人。」
「だから余計なお世話ですって。あと違いますって。」
「いやーしかし今日はラッキーだぜ。俺、ライオン君と仕事すんの好きだぜ? 楽だから。」
「俺は班長と仕事すんの嫌いですよ。適当だから。」
皮肉ったように言い返してくるレオの発言に、班長と呼ばれた男はわざとらしく口を尖らせる。
「なんだよー、じゃあ堅物の方がよかったってか?」
「いや……あれはあれで嫌ですけど……、」
ソリッド、と班長に呼ばれている人間の顔を思い出して、レオは苦い顔になる。本当に、堅物すぎて困るのだ。先日の仕事の時もどこぞの軍隊のような通信を送ってきたし、というかミリオタだし……。
「つまり、俺の方がイイってことだな! うんうん。」
「いや、」自信満々に、そう勝手に結論づけた班長を半眼で睨む。「そもそも選択肢が両極端なのが問題なんすけどね。」
おどけた様子で「えー?」などと言っていた班長の雰囲気が、不意に一変する。飄々とした気配から、鋭利な刃物のような気配に変化する。
その変化を肌でビリビリと感じて、レオの神経が逆撫でられたようにひりつく。咄嗟に、サングラスで見えないはずの視線を追っていた。
向いた先は、遥か下方の街道。
「……そろそろ、お出ましみたいだな。」
呟いた班長も、頷いたレオも、それが見えていた。頻りに周りを気にしながら、どこかふらふらと走る、電脳化した人間。
「あの動き……、」
レオの呟きに、班長が続く。
「ああ。ありゃ25%調律だな。あいつの目には今、街にごった返すポリゴン人間が見えてんだろうよ。」
そう言う班長やレオの目には、今、現実世界の人間の一切が映っていない。対する男の目には、休日をモールで過ごす人間たちのポリゴン体が見えているはずで、頻繁に目線を振っているのは追っ手や待ち伏せを警戒しているのだろう。
もっとも、まさか時計塔の上に居るとは露ほどにも思っていないみたいだが。
「ハーフリンクが出来ないのか、そもそも存在を知らないのか。どっちだと思います?」
「後者だと思うぜ? なにせ今回の相手は、相当電脳に適応してるみたいだしな。」
班長の発言で、そう言えば、と思い出す。
「そう言えば、アイツはどんな電脳犯罪を起こしたんすか?」
電話では特に説明も無く『早く来い』とだけ言われていたので、具体的に相手がどんな犯罪者なのかをレオは知らなかった。適応している、と言うぐらいなのだからそれなりの凶悪犯なのだろうか? そんなことを考えての質問に、
「んー……残念ながらもう話してる時間は無さそうだな。」
一歩、踏み出しながら班長はそう応えた。答えは得られなかったが、確かにそろそろ時間だ。
「そろそろ来るぜ……【電脳犯罪者】さんがよ?」
その声を合図に、
二人は、時計塔の天辺から飛び出した。
「――――了解。」
そう呟いたレオの声は、下から吹き付ける強風で掻き消された。「ヒャッハアァァ!」と楽しそうに叫んだ班長の声が、風切り音に紛れてレオに届く。
電脳の空を、レオは急降下していく。痛いほどに風圧を全身で感じながら、何度か回りつつ『下』を目指す。
目標は、走る電脳犯罪者。
半分以上も降下した辺りで、レオは思いっきり時計塔の壁を蹴って更に加速する。まるで弾丸のように突き進む彼の耳元ではビョオビョオと風がなり、視界は霞みかけているが、真っ直ぐにサークルへと向かっていると確信があった。
確信すれば、それは現実になる。
徐々に地面が迫る。同時にサークルも。
残り30メートル。と目測で判断した瞬間、迫ってくる影に気付いたのか、犯人が顔を上に――レオの方に向けた。
そして、目と口を大きく開いた。唖然、とその顔には書いている。当然だ。上から人が急降下してきたのだから。
「お、うおぉぉぉァア!?」
瞬間、猛烈な衝撃。
犯人は咄嗟に後ろに飛び退き、一瞬前まで犯人が立っていた場所に、レオが着地する。
着地した瞬間、レオはしゃがみ、膝の関節をクッションにして衝撃、Gを全て地面に流すように【イメージ】。ドゴオッ! と強烈な音を発して、落下のインパクトを全て受け止めたモールのコンクリートが放射状に砕け散った。
「あ、【アンチブレイン】かッ!?」
叫ぶサークル。その顔は驚愕の色が濃かったが、同時に抵抗の意思が見て取れた。
その顔を見て、レオはニヤリと口元を歪める。
次の瞬間には、彼の姿はサークルの前から消え去っていた。再び目を見開く犯人の後ろから、
「ご明察。」
レオの声。その声に反応して勢い良く振り返った犯人の目に映る、空中で大きく足を横に振りかぶったレオの姿――。
「――――ッ!」
レオの空中回し蹴り。それがサークルの横っ面に炸裂――しかけた瞬間、サークルが素早く屈みながら横に跳んだ。
ブオン! と空を切った蹴りと同時に、レオの立っていた地面が再び、今度は横方向への衝撃で砕けて吹き飛んだ。レオの超速移動で生じた衝撃波が、遅れて地面を破壊したのだ。
「おっ?」
全力の回し蹴りを回避されたレオが、間抜けな声を出して地面に着地する。意外とは思っているが、ショックは受けていない様子である。対するサークルはと言えば、圧倒されていた。
「おいおい……ここまでとは聞いてねーぞ……!」
ボソリと漏らした発言には本気の焦りが見て取れたが、しかし諦めた雰囲気でもない。徹底抗戦するというのか――
「いいね、頑張ってくれよ?」
「ふざけろッ。」
なめくさった発言に青筋を立てた犯人が、勢い良く両手を合わせる。それをそのまま地面に叩きつけ……た瞬間、レオの足元が僅かに揺らいだ。
「!」
即座に反応して大きく飛び退いたレオの目の前で、一瞬前まで自分が居た空間に巨大な円錐体が突き出してきた。半透明だが圧倒的質量のそれは、
「……【イマジネ】か!」
なるほど確かに、電脳にしっかりと適応しているらしい。かなり離れた距離にこれだけ大きなイマジネを創り出すのは、一朝一夕で出来ることではない。
「まだまだァ!」
再び、サークルが両手を合わせ、地面に叩きつける。今度は足元でなく、目の前の空間にそれが形成された。人の頭台の四角い箱。それから鋭く、太い針が何本も飛び出てきた。
「うおっと!」
針をブリッジの姿勢で躱したレオは、あのイマジネの仕方、某漫画の錬金術みてーだな、とどうでもいいことを考えていた。まだ余裕、ということだ。
しかし、サークルの行動は中々理に叶っている。イマジネを創造するまでの工程をしっかりと想像出来ればそれだけ早く、正確にイマジネを創り出せる。その為に有効な行為が、既に存在する型に倣うことだ。成功のイメージが固めやすく、効果も高くなる。
分析をしながら、レオは素早くバク転をして距離を取った。そしてもう一度手を合わせようとする犯人よりも早く、駆け出す。
「そうなんども――、」
「!」
急接近するレオに焦り、犯人は急いで両手で地面を叩く。刹那、僅かに体を横にずらしたレオの顔面スレスレを尖頭の棒が通過していく。
「通用するか!」
踏み込みながらのボディーブローが、ゴッ! と犯人のクロスした腕にめり込む。一瞬の膠着は、すぐに終わる。
バガァッとその場で踏み込んだ右足が地面を粉砕し、レオが右腕を振り抜く。「くぉ……っ、」と苦悶の声を漏らしながら犯人は吹っ飛んでいったが、しかしダメージはそれほど深刻ではなさそうだった。
――咄嗟に、後ろに飛びやがったな。
心の中で舌打ちする。今ので動けなくさせるつもりだったが、相手も場数を踏んでいるらしい。
無理に抵抗せず一度地面を転がってから起き上がった犯人。ゆらりと立ち上がった犯人は、
「あっ、はははは!」
と突如笑い出した。踏み出そうとしていたレオはぎょっとして立ち止まる。
「ははは……いやぁーヤベェなアンチブレイン。どんだけかと思って試してみたけど……こりゃあ噂以上のバケモンだな。」
「……はぁ?」と、レオは顔を顰める。
「いやいや、いくら電脳っつってもよ、人を片手でぶっ飛ばすとか反則だろォ。そんなん出来んのは【アレ】くらいだって思ってたんだけどよ……アンチブレインなら誰でも出来んだなァ。」
急に饒舌になったサークルに、レオは内心でなんだこいつと思っていた。急にべらべらと話し出して、何だコイツ?
見るからにチャラそうな見た目通りの話し方にややイライラしつつ、レオは一応、確認を取ってみた。
「戦力差は火を見るより明らかだ。それが分かったんなら、大人しく投降しろ。」
「イヤだね。捕まるなんてゴメンだぜ!」
中指を立てた犯人に、青筋を立てる。イラッとした。
「……なら、」
実力行使だ。そう、言いかけたレオよりも早く、
「行っくぜぇー!」
そう叫んだ犯人が、もう一度勢い良く両手を合わせた。そして、地面に叩きつける。
今度は何だ? と身構るレオに向かって、
地面から、何本もの柱が生えながら、迫ってきた。
「なっ!?」
地面から何本も何本も生えてくる柱に驚きながら、レオは迫ってくる柱のコースから外れるように全力で横に逃げる。直後にごうん、とすぐ後ろに柱が2、3本生えた。
同時にこれだけの量のイマジネを創造出来ることにやや驚きながら犯人を探したレオは、思わず舌打ちする。
犯人は既に背を向け、モールの奥へと逃走を始めていた。
「チィッ、逃げの一手かよ……!」
悪態をついて走り出す。邪魔な柱群を横殴りにへし折りながら走るレオの斜め上空から、「いやー」というのほほんとした声が聞こえてきた。
「彼、すっごいなぁ。中々この数のイマジネは創れないぜ。」
その声の主は、先程までずぅっと傍観を決め込んでいた班長だった。イマジネの足場を創りながら、空中を走っている。
「って班長! なんでさっきまで隠れてたんすか!」
「いやははは。ライオン君に任せとけばいいかなって。」
「ヒャッハァァアア! とか叫んでたのは何だったんすかー!」
「ほら、つい楽しくなっちゃって。」
「ダメだこの班長……。」
アホなやりとりを繰り広げている間にもレオは柱をなぎ払っていく。班長のように上空を走ればいいのだが、柱の密集量的にも高さ的にも、間を通って上空に抜けるのは面倒だ。
それに、レオの特性的にはこちらの方が速い。
「邪魔だッ。」
叫びながら砕いた柱で、ようやく柱群を抜ける。犯人との距離がかなり開いていると思ったが、予想外にむしろ縮んでいた。やはり変に小細工せずに直進したほうが、レオは速い。
「……ってクソッ、もう抜けたのかよー。」
チラリと後ろを振り返ったサークルがそう呟いた。直後、手を合わせる。
「げっ、」
それを見たレオが、嫌そうな声を漏らす。
彼の予想通り、再び柱が生えてくる。それも、今度は迫ってくるのではなく進行方向を邪魔するように直前でごおん、と生えてくるのだ。
ごおん。と目の前で柱が生成される。
「うおぉっ!?」
咄嗟に拳を振り抜いて砕くが、その直後にもまた柱が生える。砕いて、生えて、また砕いて――面倒この上ない。
「ありゃ、このままじゃ逃げられるねー。」
「だったら班長も手伝ってくださいよ!?」
「後方支援は任せろー!」
「……あ゛ーも゛ー!!」
上空の班長と叫び合っていて、油断した。苛ついて叫んだ瞬間、足の裏で違和感を感じ取る。
しかし、間に合わなかった。
「う、おわぁっ!」
グンッ、と視界が、景色が、下に流れていった。柱が足元で発生して打ち上げられたのだと理解した瞬間、同時にガクンと上昇が止まる。柱の上昇が止まり、体が空に放り出されたのだ。
レオの眼が、地面に生えた半透明の槍を捉える。
二重のトラップ。柱で何かを打ち上げると、それに反応して柱の周囲に槍を生成するのだ。気付いた時には体の落下が始まり――
――出した瞬間、落下が止まった。
誰かに掴まれたりしたのではない。しっかりと自分の体が地面に座っている感覚。
班長のイマジネで出来た、足場。
「だから後方支援は任せろーって言っただろ?」
「……ナイスアシスト。」
流石に心臓に悪い場面だった。あれくらいでは死なないとは分かっていても、やはり焦ってしまう。
内心の焦りも放出するように、ふぅーと長く息を吐く。
犯人の姿は、建物の影に隠れ見えなくなっていた。
「逃げられた、か。」
ポツリと呟く。
「あれほどとは、ちょっと予想外だったな。」
「……班長、あれはただものって感じじゃないですよね。アイツが犯したブレインって?」
「あー、それな、」
班長は少しいいずらそうに口ごもったが、無言で睨むと口を開いた。その内容は衝撃的としか言えないものだった。
「……不正電脳化時に電脳警備隊に見つかって捕縛されそうになり、抵抗した末に警備隊を三名殺害、のち逃亡。――電脳殺人ってやつだ。」
「なっ……、」
電脳世界で、ヒトゴロシ。
それも、電脳世界での逮捕術、護身術に秀でた電脳警備隊の人間を、三名も。
絶句するレオを傍目に、班長はまるで自分に再確認するように続けた。
「正確には、単独犯じゃねーがな。隣にはもう一人居たらしいが、そいつの行方は不明。というより、実行犯はそっちの行方知れずの方だ。アイツはただその場に居合わせただけらしい。」
「殺人犯と繋がってる大事な証人、ってことか。」
「そ。んで俺はアイツとライオン君が戦っている時に実行犯ヤローが来ないか見張ってたって訳だ。ただサボってたんじゃないぜ?」
「はぁ。でも、そんなこと可能なんすか? 普通、現実世界から電脳世界を見ることは出来ないのに。」
「さぁな。ただ、用心に越したことはねーよ。相手は警備隊を凌ぐ力を持ってんだからな。」
「…………。」
レオは電脳の空を見上げて、想像する。この世界で人を殺し、何事も無かったかのように現実世界で街に溶け込んでいる犯人。ごく有り触れた姿で、在り来たりな格好で、何事も無かったかのように、何も知らない知人の前で、ごく当たり前に笑う犯人――。
――どんな気分なんだろーな、……なぁ?
顔も知らない犯人に発した問い掛けは、どこか自嘲の色合いが含まれていた。
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ご指摘、感想等ありましたらよろしくお願いします。